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第16話「枕投げ大会と歪みの始まり」

「……行ったか?」

 ラーカイル転生体ことソーちゃんが呟く。

 誰もが息を殺し……寝たふりをしている。

 時間は21時、大人組から「寝ろ」と言われた強制消灯直後の話だ。 

 息を潜めながら伺えるはずのない部屋の外の様子に探りを入れつつ、居残り組の男の子4名(ラーカイル転生体ことソーちゃん、正義の神の分体ジャス、邪神様の分体ゴウちゃん、マセガキのタイチ)はそっと立ち上がり部屋の電気を入れる。

 そしてしばらく無言で待つとソーちゃんの携帯が鳴り、急いで部屋のドアを開ける。

 すると興奮気味の居残り組みの女の子2人のエミちゃんとカスミちゃんが楽しそうに部屋に入ってきた。


「……なんかドキドキするね」

 スパイミッションのようなスリルだったようだ。


「さてみんな、お泊まり会といえばなんだ!」

「UNO!」

 純真なタイチが反応する。


「……これがジェネレーションギャップか……」

「いや、こいつの場合は天然だな」

 ゴウちゃんとジャスの神様分体コンビである。


「みんな、ブツは持っているか?」

 わざわざ悪い言い方をするゴウちゃん。


「もちろんだ!」

 髪をファさーっとする賢者ラーカイル……ソーちゃん。その手にはしっかりと枕が握られていた。

 そうこの悪ガキどもは就寝時間を過ぎてこっそりやろうとしているのは枕投げである。


「ルールを確認するぞ」

 主導権を握ろうとする賢者ラーカイル……ソーちゃん。


「2つのチームに分かれて布団のラインを超えない範囲で枕を投げ合う、枕にあたったものは部屋の端に移動して大人が来るのを監視……ここまで、いいか?」

「問題ない」

「たぎるな!」

「「負けない!」」

 賢者ラーカイル……ソーちゃんは各自の反応に満足して、勝手に組み分けをする。

 チーム1:ソーちゃん、ジャス、エミちゃん

 チーム2:ゴウちゃん、タイチ、カスミちゃん

 私怨が少し混じっている組み分けである。


「それじゃ早速始めるぞ、壊れそうな物は隔離してあるから大丈夫だけど、振り回して殴ってくるなよ?」

 確認する賢者ラーカイル……ソーちゃんに反応するのはジャスとタイチのみ。

 賢者ラーカイル……ソーちゃんは「そうだよな、こいつらそうだよな」と失礼ない独り言を漏らすとため息を吐き出す。


「それじゃ第一回!枕投げ大会、開始だー!」

「「「「「おー!」」」」」

 さっと、ラインを超えないように別れる両チーム。


「積年の恨み!!!!」

 真っ先に動いたのは賢者ラーカイル……ソーちゃん。狙いはもちろん邪神様の分体ゴウちゃん。ゴウちゃんは華麗なフォームから投擲された枕を難なく受けると、カウンターで賢者ラーカイル……ソーちゃんに枕を投げつける!


「あう!」

 あえなく撃沈賢者ラーカイル……ソーちゃん。


「……使えねぇ」

 辛辣なのはエミちゃんである。言うだけあってエミちゃんはソーちゃんの奇襲に意識を持って行かれたタイチにヒットさせていた。


「「……」」

 男2人すごすごと扉の方に移動する。

 2on2。エリアにある球(枕)の数も同数。

 先に仕掛けたのはジャス。ゴウちゃんの死角からサイドスローで投げつける。

 それに呼応する形で2投流のエミちゃんがカスミちゃんへ攻勢をかける。

 ジャスの一投をゴウちゃんは体勢を崩しながら避ける。するとその反応を見越していたようにエミちゃんがターゲットをゴウちゃんに変更して投げる体制を強引にゴウちゃんに向け枕を投げつける。

 しかし寸でのところでカスミちゃんに枕を捕られる。

 一拍の間、カスミちゃんとエミちゃんの視線が交差する。

 自分とゴウちゃんを交換で問題ないと初めから判断していたエミちゃん。初見のジャスだがそのセンスは確かなものがあると直感していたエミちゃん。そのジャスを温存し、曲者のゴウちゃんを除外できれば勝利の確率はかなり高くなる。そんな思惑を普段はのんびり屋のカスミちゃんに阻まれてしまった。


(……やるな)

 一方、自分の運動能力がこの4人の中では劣っていることを自覚していたカスミちゃんは勝つための最善策を考えた結果、自分に狙いをつけたエミちゃんの行動に初めからフェイントだと気づいていたのである。だからこそ、予測通りのエミちゃんの行動に対応できた。


(読み通り、でもこれで私の戦力が劣ることが露見してしまった……)

 勝ち筋を考えるカスミちゃん。頼りになるパートナーの戦力を再評価して策を練る。

 そして気づく。


「油断したな、お前ら! 球(枕)は回収させてもらった!!」

 ゴウちゃんとカスミちゃんの意識の隙をついて、ラインを完全に超えないように体を伸ばし、投げて敵陣に入っていた枕を回収したジャス。これで球(枕)も3:3の同数。


(攻勢に出て球(枕)を消費してこちらが優勢な状況だったのに……迂闊)


「……大丈夫だ。まだ状況はイーブンだ」

 許をつかれ悔しがるカスミちゃんを察したゴウちゃんが去勢をはる。身体能力で劣るこの組み合わせが勝つためには物資(枕)の差が絶対であり、先ほどの攻勢で2/3減らしたと言うのに……また不利な立場に戻ってしまったのだ。


「……なんか、これ、枕投げだよな?」

「なんかスポコンバトルものになってるね……」

 正直な感想である。


「てか、女の子2人からほぼ初めから戦力外扱いされていたような気がする……」

「……いうな! そんな事実は知りたくな……あ、お前ら!(小声) 先生が来たぞ!(小声)」

 賢者ラーカイル……ソーちゃんが勇者正の気配を察知して足早に部屋に駆け込むと、当初の予定通り女の子2人は押し入れに逃げ込み、男の子4人は素早く布団に潜り込む。そして部屋の明かりが落ちる。


カツカツカツ

 明かりを落とし、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返る。

 どこか空気が嘘の塊のような感覚が漂う中、勇者正の足音だけが響いていた。


ガチャ、ギィ


 扉が開き部屋に薄明かりが差し込む。

 子供達は皆、ドキドキしながらもどこか頬が緩むようなおかしな楽しさを感じていた。


「……寝相悪いな、こいつら……1時間でここまで乱れるかね」

 鋭い勇者正。


((((((早く、帰って))))))


 勇者正は不審に思いながらも、背を向けて部屋をさろうとして

「……お前らちゃんと寝ろよ」

 反応しない4人。はぁとため息を吐き出して部屋を出る勇者正。


カツカツカツ


「……ぷはー! あれ絶対バレてたよね!」

 意外と鋭い男、タイチ。


「大丈夫だ。まだいける!」

 ギャンブルに必ず負ける大人のようなことを言う賢者ラーカイル……そーちゃん。


「続きやるの?」

 辞めると言う選択肢を持っていない様子の女の子2人組。


「初めから仕切り直そーぜ!」

 と言うことで初めから仕切り直した子供達。

 この「先生が来たぞ!」を3回繰り返したのち短時間で終わったはずの勇者正の巡回の間にタイチとジャスが寝落ちして決着は付かずじまいで終了となったのだった。

 なお、毎回賢者ラーカイル……そーちゃんとタイチはあっという間に倒され、警戒担当アンド実況解説となっていたことは賢者ラーカイルの名誉のため言及することはやめておこう。


ーーー大人たちの視点

「旅館でのお泊まりといえば、枕投げっしょ」

「やられる側の身にもなれ、怪我したらどうする? 備品を壊したらどうする? 周りのお客様のご迷惑を考えないのか?」

 能天気な邪神様への勇者の一撃(正論)。

 邪神様は社会人としての罪悪感ダメージ30を負った。


「ご安心を、安心安全の結界魔法をあの部屋に施しております。防音もバッチリです」

 魔王は邪神様に回復を行った。罪悪感ダメージ-20。


「それにあの部屋の周りってお客さんいないじゃん」

 空気を読まない邪神様。


「ぐっ」

 勇者正はダメージを負った。


「あれ? もしかして経営無理してる? やばいならお金出すよ。おじさんたち小金持ちだからこの旅館だったら10個ぐらい余裕で買えるよ? 会社の福利厚生施設ってことならもっと楽勝だよ?」

 フォローする邪神様。成長著しい超優良企業は伊達ではない。


「……ぐっ、だっ大丈夫だ。この宿は封印施設だぞ。国の重要施設だ。補助金や助成金が豊富に出ている……」

 苦虫を噛み潰した表情の勇者正。

 邪神様と魔王は顔を見合わせ、これ以上は踏み込んではいけない状況だと察した。多分親族やらお役所とのしがらみで苦心しているのだろう、と。それは部外者の邪神様と魔王が踏み込んではいけない領域だ。ただ。


「……頼りたくなったら声かけて。俺たちもこの封印施設、特に勇者サービスがないと困るから、遠慮するな「おーい、勇気の! 子供達も寝たみたいだぞ! こっちも遠慮なく飲もうぞ!!」」

 初めての体験をした分体からの情報に満面の笑みを浮かべた正義の神が酒瓶片手に上機嫌で声をかけてきた。


「……さて、ツマミでも作ってやるか」

「あいつ馬鹿みたいに金置いて行くからなんとか頑張ってくれよ」

「……邪神に言われるまでもない、こちとら代々続く由緒正しい勇者温泉だぞ」

「封印サービス助かってます!」

「あざっす」

 おどけてこの話はここまでとする邪神様と魔王。

 まだ年若い経営者の勇者を心配しつつもお酒に舌鼓を打ち、翌日二日酔いを迎えるのであった。


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