1-2 三毛猫、人助けをする
2話目話続けて投稿します。ようやく何かが起きます。
『JMX』で走り出して30分ほどすると前方左側にこんもりとした森が見え始めた。街道はそちらの森の中へと向かうものと森を迂回して麦畑の中を走るものとに分かれているようだ。
マップ上の森の中には人を表す光点が示されており、その中のいくつかが赤く光っていた。赤い点はゲームにおいては敵、または破壊目標を表すものだ。味方や仲間は青い点で表され、白い点は中立または保護対象となる市民や施設を表す。赤い点に混じって白い点があるということは市民が敵に襲われている、と考えられるということになる。
『ノイン・ヴェルテン』は極めて自由度の高いゲームで、クエスト中に人助けをするのもしないのも自由だし、敵を倒すのも倒さないのも自由だ。中には死体から武装を回収するスカベンジャーなんて奴らもいるぐらいである。
つまり襲撃を受けているであろう誰かを見捨ててもペナルティがつく訳ではないし、かと言って助けたからと言って経験値以上のポイントがつく訳ではないので、見捨てたとしても全く構わないのだ。
しかしながら、そこは世界一のプレーヤーとしての矜持が許さない。
拾えるものは全部拾う。助けられるものは全部助ける。そうしてきたからこそトッププレーヤーに上り詰めた、と言う自負がスズタルにはある。真実がどこにあるにせよ、そうして強くなってきたのは確かなのだから。
スズタルは早くオトモたちと合流したい気持ちに一瞬逡巡したものの『JMX』を森の中へと向かって走らせた。
事が起こっているであろう少し手前で『JMX』から降りて保管庫に収納すると、不可視化して現場へと向かう。ハチ型のドローン、ドローン型のドローン、ドローンの中のドローン、まさにドローン、まぁ、そう言う便利な小道具を十数機飛ばして様子を窺う。
森の中を突っ切る街道から少し外れて広場のようになったところがある。そこの草むらの窪みに突っ込んだ幌付きの木の荷馬車が3台、既に事切れて横たわる馬が6頭、その周りを囲む10頭あまりの巨大な狼のような獣、それらの数頭には緑色の背の低い人が乗っている。
そしてそれらから馬車を守るように剣や槍を構える軽装の甲冑をきた男女が数人いる。ファンタジー系RPGの『冒険者』とか言う職業の者たちのような、それぞれがバラバラの想い想いの装備で、これまたファンタジー系RPGのテンプレートのようなモンスターと対峙している。荷馬車の護衛中のハプニングというところだろう。
どうやら数の上でも実力でも『冒険者』たちの方が分が悪いようだ。
「これはすぐ助けないと。」このまま不可視モードで突っ込んで行ってもなんとかなりそうだが、ここは安全に、ついでに武器のテストも兼ねてみようとスズタルは考えた。
ストレージからやや大きい四角いトランクケースのような武器を取り出して、肩に担ぐように構える。『FF-XI追尾型屈曲光線発射装置』。これは12個までのロックオンした対象を追尾する光線兵器だ。
普通に考えて光線が曲がって追尾なんかするわけはないので、シューティング系のゲームではお馴染みの謎科学による謎兵器の代表的なものの一つである。一部ではホーミングレーザーなどとも呼ばれる代物である。
ドローン達からもたらされた標的の情報がスズタルの頭の中のマップとリンクする。それを『FF-XI』とさらにリンクすると、狼に騎乗している小人モンスターを次々とロックオンしていく。全部で9人、9匹?、まぁどっちでもいいか、と思いながら引き金を引く。
四角い箱の先端の部分から太めの紐のような9条の光が、木々の間をすり抜けるように曲がりながら放たれる。一瞬の後にロックオンした小人モンスターたちと『FF-XI』とが、さしずめ極太の光るロープで繋がったようになる。光条はいとも簡単に標的となったモンスターたちを貫くと何事もなかったかのように細くなって、やがてキラキラとした煌めきを残して消えた。
小人モンスターたちは糸が切れた操り人形のように、どさりと巨狼たちの背から地面に崩れ落ちる。巨狼たちの方は何事が起こったのかわからず、その場でオロオロとし始めた。
巨狼たちについては、スズタルは馬と同じで命令する乗り手がいなくなったら何をしていいのかわからなくなって、走っていればそのまま走り続けるだろうし、佇んでいればそのままその場から動かなくなるだろう。うまくすれば敵対勢力でなくなるかもしれないと考えた。それだからまず乗っている小人モンスターを射落としたのだ。
そしてスズタルの思惑通り、巨狼たちの表示が赤から白に変わっていた。
何が起こったのかわからないのは『冒険者』たちも同じだ。ここで巨狼たちに斬りかかられでもしたら元も子もないので、不可視モードを解きながら、『冒険者』たちを背に庇うように巨狼たちとの間に割って入る。
何もない空間から突然現れたネコ耳ヘルメットの人物に、巨狼たちも『冒険者』たちもたじろいで後じさる。しかしながら如何せん現れたのは四角い馬鹿でかい箱を担いだ子供ほどの身長の人物だったので、後ろからは「え、子供?」とか「獣人?」とか声が聞こえてくる。言葉への心配は杞憂らしい。どうやら言葉は通じるみたいだ。それはそうと子供じゃないやい。失礼な。
スズタルはそちらを一瞥すると空いた左手で後ろに控えているように、しっしっと押し戻すような仕草で合図を出し、眼前に対峙した巨狼たちを改めてじっくりと観察するのだった。
狼たちは全部で16頭。目線がスズタルより少し上なので、体高が140〜150cmぐらいだろう。狼というには巨躯で、某アニメ映画に出てきた神様の末裔のようだな、とスズタルは思った。みんな体色が暗い灰色ではあるが、個体ごとに多少の濃淡がある。警戒を解くことなく、こちらを凝視して様子を伺っているようだった。
すると一際大きな一頭の巨狼が後ろから鼻先で他の狼たちを押し除けながら前へ歩み出てくる。他の狼たちよりも二回りほど大きく、体高は優に180cmはあるだろう。黒みがかった銀色の毛並みで鼻先から尻尾の先までの高い部分が真っ黒だ。
口には他よりもひとまわり大きいゴブリンの死体を咥えている。その首には宝石や木の実、骨などを紐で繋げた首飾りが幾重にもかけられていた。
狼は翡翠のような目でしばらくの間じっとスズタルを睨んだ後に、ゴブリンの死体をどさりと地面に落とすと静かにその場に腰を落とす。そして声を発した。
「小さき強きものよ。我は此処より北東の森に住うダークウルフの群れの長である。」
「えっ、喋った。」とスズタルは驚いた。
狼が喋るとかないわー。まるっきりファンタジー設定やん。つか言葉が通じるのは僥倖だ。とは言え、口と言葉が合ってない。アニメのキャラみたいに、口パクに音を合わせているみたいな感じに見える。というか、そもそも音として聞こえているのだろうか? 直接脳で理解しているような感じがしないでもない。
「えっ」と今度はダークウルフの長が驚く。「我ぐらいになれば普通喋るであろう?」
「えっ。そうなの。へー。」と後ろの『冒険者』たちを振り返るとみんなが其々にウンウンと頷いていた。どうやら普通のことらしい。
「小さき強きものよ。話が進まぬ。」
「ああ、ごめんごめん。で、何にゃ?」にゃってなんだーとうんざりする。
「我らはあの忌々しいゴブリンどもに嫌々使役されていたのだ。それから解放してくれたこと、感謝する。」
「うん。じゃ、そーゆうことで。」
「いや、軽く流さんでもらえぬか? 感謝しておるのだ。」
「うん。わかったにゃ。」どうも勝手がわからない。何かしたいのかなと小首を傾げてみる。「で」と先を促すと、少し照れた感じの声で巨狼が言う。
「そのだな、小さき強きものに、二つお願いがあるのだ。」
「ほー。何?」
「軽いのう・・・。あー、一つ目は我と契約してもらえぬであろうか?」
この人、人じゃないけど狼だけど、何言ってんのかわからない。と、スズタルは全体がクエスチョンマークになってしまうほど顔をしかめた。ヘルメットをかぶっていてよかった。猛烈な変顔を誰にも見せずに済んだ。
もう戦闘にはならないと踏んだスズタルはFF-XIレーザー砲を保管庫に仕舞いながら、思い切り首を傾げるのだった。
どうしたものか困って後ろの『冒険者』の方を振り返ると、ファンタジーでありがちな神官の格好をして大きな杖を持った少女が近づいてきて耳打ちした。
「騎士さま、従魔の契約をしたいと長は言っているのです。騎士さまがお強いので、庇護下に入りたいということでしょう。」
やはり微妙に口の動きと言葉が合っていない。なんと言うか、外国映画の日本語吹き替え版を見ているような感じだ。こういうところはまるでゲームまんまだな。
「騎士って我輩のこと?」とコテっと首を傾げて見せる。
「ええそうですよ」と微笑みながら神官少女は答えた。
どうやら戦闘服にヘルメットという姿が騎士のように見えるらしい。
「長が従属しちゃったら他の仔たちはどうなるのにゃ?」
「仔って。えっ。仔ですか。ほかの狼たちのことですよね。ずいぶん大きな仔ですけど・・・。ええ、こういう群れの場合は漏れ無く群れごと従属しますね。」
え〜、大変そうだけど、この場が丸く収まってくれるのならまぁいいか、と考えて、ダークウルフの長に向き直る。
「どうすれば良いのかにゃ?」
すると長が
「契約する前に、一つ障害があるのだ。この忌々しいゴブリン共が我ら狼族を従えるときに使う魔具があってだな・・・。」
「その魔具とやらの名前は何にゃ?」
「『蒼従魔の宝珠』というのだ。これが在る限り、我らはいつかまたゴブリン共に簡単に使役されてしまうのだ。もう一つの願いというのはこの宝珠を探してもらいたいのだ。」
マップで探してみることにする。アイテムとかも情報さえわかればマップに表示されるはず。少なくともゲームの仕様はそうだった。なんでもゲーム通りとは限らないけど。と思っていたら、東に2kmほど離れた所に表示がぴょこんと出た。
「『蒼従魔の宝珠』ね。あー、在るにゃ。」
「え。」と長が目を見張って口を大きく開けて、ボーッとしている。驚き過ぎたようだ。
「壊せばいいのかにゃ?」
「はぁ。ソウデスネ。」と行った直後にブンブンと横に首を振る長。「小さき強きものよ、なぜ場所がわかる?」
なぜって言われてもそれはオレにもわからん。なんせ謎科学なんだから。とスズタルは思ったが
「うーん。まぁ、なんだ。吾輩には分かるのだにゃ。」もうこれで押し通そう。と開き直った。
すると意外なことに『冒険者』の皆さんは「おお〜。」と感心の声を上げているし、目の前の狼さんは目をほそめて、ぶんぶん尻尾を振ってるし。そんなんで皆さん納得しちゃうの?と思っていたら、そばにいた神官少女が「探知魔法もお使いになるのですね。流石です。」などと言っている。
そう言うものがこの世界にあって、遠くのものが分かるとか言うことに違和感がないのならば、そう言うことにしておこう。
「壊すのなら直ぐやっちゃうけど。回収するのなら時間かかるかにゃ。」
「では、壊してもらっていいだろうか。」
「うん。任されたにゃ。」
スズタルは小型ミサイルランチャーを取り出し、えいやっと肩に担ぐ。ランチャーは小型のペンシルミサイル12基を一度に発射できる。しかもリロードすれば何度も発射できる。
方向を確認して、周りの人に排気が当たらないように気をつけて、目標をロックオン。
「ほい。」と掛け声をかけると同時にミサイルを全弾発射する。
ブシューウウゥゥという轟音と共に12基のミサイルが打ち出され、あっという間に空の彼方に飛んで行った。
音と排気の煙にびっくりしたのだろう、『冒険者』の皆さんはへたり込んでいるし、狼さん達は耳を伏せてしおしおになっている。一番近くにいた神官少女は尻餅をついて、あられもないポーズに。まー、いきなり目の前でミサイルぶっ放されたらこうなるわな。なんか、ごめん。
「あー、ごめんにゃ。」とコテっと首を傾げて可愛い反省ポーズをしてみたが、ダメかな?
遠くでドドドドドドっと連続した爆発音がする。マップ上の『蒼従魔の宝珠』の表示が点滅してやがて消えた。
「壊したにゃ。」
「まーえらく簡単に・・・確かに。あれと我を繋いでいた魔力回路が切れておる。」
長の目が少し潤んでいる。尻尾の振りがどえらいことになっていた。
「感謝する。」
「はいにゃ。」
「軽いのう・・・。では契約を。」
長が居住まいを正したので、スズタルも少し姿勢を直す。
「我、汝を主人とし契約をむすぶものなり、我に名を与えよ。」と祝詞のように唱える。あ、やっぱり名付けなんだ〜と思いながら、しばし考える。
「ウル。お前の名はウル。」
スズタルがそう告げると、目の前にいわゆる魔法陣が現れ、パァっと光って消えた。
をを、めちゃめちゃファンタジィだな、などと感心しているスズタルにウルが尋ねる。
「我が名はウル。其方は?」
「あ、まだ名乗ってなかったっけ。吾輩はスズタル・バクナクス。よろしくにゃ」
そう言った途端にスズタルの足元から広がるように魔法陣が現れ、光の粒となって消えて行った。わ、ビックリした。とスズタルは身構えてしまった。
何故がブンブンとウルが尻尾を振りまくっている。その後ろでやはりブンブンと尻尾を振りまくる狼たちがハッハッと言いながらお座りしていた。君たち、ホコリが立つから程々にね。
こっちは片付いたから今度はこっち、とばかりに、スズタルは『冒険者』たちの方に向き直る。
5人の『冒険者』たち、彼らは護衛なのだろう。先程の神官服の少女の他に軽装の革鎧と手甲をつけ、短いマントを羽織った盗賊であろう少年と、重装備の甲冑を着込んで身の丈ほどもある大盾を背負った盾剣士らしい青年、急所を金属プレートの甲冑で、他を鎖帷子と革鎧で覆った片手剣の剣士風の少女、両手にグローブのような手甲をはめ、僧侶のような格好をした武闘僧風の青年。
そして、こちらをずっと伺っていたが、安全になったのを見計らって出てきた雇主であろう女性とその侍女。7人の男女が眼前にいる。
盾剣士の青年が前に出ると、挨拶なのだろう拳をつくった右手で胸を軽く2度叩く。
「オレはダクラム。セイクリッドシールド《聖なる盾》のリーダーをやってる。見ての通り護衛騎士だ。」
「で、こいつは探索者のロッド。」と盗賊風の少年に右手を伸ばして引っ張って肩を組む。
「そんでこいつが剣闘士のジル。」そのまま左手で剣士風の少女の腕をひっばり同じように肩を組む。
「で、こいつが武闘士のボーン。」顎でしゃくるように武闘僧風の青年を呼び寄せる。
「そいでもって、こちらが守護聖人のセイラ・グレイズモア様だ。」と頭を回す。
「様はおやめくださいと。ただのセイラで結構です。」
「そうはいきません。もったいなくも貴族のお嬢様だ。ほかのやつはどうでもオレは譲れませんよ。」
ダクラムの言葉に少しはにかみながら、セイラはスズタルに会釈する。
「それから・・・」と紹介しようとすると、それを制して雇い主の女性が前に出る。
女性は年の頃は20歳前後ぐらいだろうか、身なりもよくの立ち振る舞いも優雅で、いかにもいいとこのお嬢さんと言ったところ。
「わたくしホールネンド商会の会頭の娘でミリセントと申します。こちらは侍女のアイン。お見知り置きを。」
侍女さんはいかにも10代の少女のようだが、いわゆる戦闘メイドというやつらしい。色々と武器を隠し持っているようだ。
「この度は危ないところをお助けいただきありがとうございます。」深々と頭を下げるミリセントと侍女さん。「命も荷も失わずにすみました。」
「いやいや大したことではないから、気にせんでくださいにゃ。」
「お礼もしなくてはなりませんし、改めてお名前をお伺いしてもよろしゅうございますでしょうか。」
「我輩はノイン・ヴェルテン攻略軍マーチへアズ・マッド・バンケット戦闘団所属少尉、スズタル・バクナクスにゃ。お礼についてはお構いなく。」
「そんなわけには参りません。助けられてそのままではホールネンド商会の名が泣きます。是非ともお礼をさせていただきたく、バクナクス様におかれましては、できましたらこのまま我が家までお越しいただければと存じますが?」
「スズタルでいいにゃ。」
「ではスズタル様。是非我が家に!」
「いやー、ちょっと先を急ぐのにゃ。我輩のオトモたちとこの先で会わねばならんので。」
「では、御用事がお済みになりましたらこの先のイタルレリアの我が商会までお越しくださいませ。なんとしてもお礼をしたいのです。」
その途端にマップ上の街に『イタルレリア』と表示される。
現地の有力者と知り合いになっておいて損はないだろうし、ベースキャンプがあの街にある以上、必ず訪れるわけだし、と考える。
「そうですにゃー、用事さえ済めば。是非お邪魔させてもらうにゃ。」
「ありがとうございます。」とミリセントとアインは再び深々とお辞儀をする。
「とはいえ、馬があれでは・・・」と6頭の馬の亡骸の方を見ながらダクラムが言う。
「はい。気立ての良い仔らでしたのに。」
「いやいや、お嬢。馬車は諦めるしかねぇってことだよ。歩きだと危ねぇし時間もかかるぜ。」
「あらあら。それもそうですわね。」
ミリセントの呑気な発言にダクラムが絶句する。
「どうしましょう? 」とミリセントはあまり考えていない様子だ。
そんなやりとりを見ていたダークウルフたちの息遣いがちょっと激しくなって、尻尾の振り方が派手になっている。
あー、コレはアピールだな、と思ったスズタルはミリセントに提案してみることにした。
「あー、ウルたちに馬車を曳かせてやってみてはどうだろうかにゃ。」
ダークウルフたちの尻尾振りが一層速くなる。
「お願いできますでしょうか?」
「本人たちがやる気みたいだからいいんじゃないかにゃ。」とスズタルの指し示す先にはやる気満々の狼たちがいた。
スズタルは馬車の方へ移動して馬と馬車をつなぐ留め具などを確認する。スキルが発動しているようで、何をどうすればダークウルフと馬車を繋げられるかがポンポンと頭に浮かんでくる。
「あー、この革ベルトをすこし加工して、あと何か当て布でもすれば大丈夫だにゃ。」
へー、とその場の一同が感心するのを尻目に「ところで馬の死体はどうするにゃ? 」とスズタルが尋ねる。
「このままだと魔物が集まってきて他の旅人の迷惑になっちまうし、できれば埋めてやりてぇが、土魔法使えるのがいねぇんで穴を掘るにも時間が。」と言うダクラムの言葉に、馬の方をしんみりとして皆がで見つめる。
「かと言って燃やすのも、そんな火力の魔法も使えませんし。街に運ぶことができりゃあお肉として売れないこともねぇですが、それはお嬢の気持ち的にどうかと思いやすしねぇ。」
「え、お肉にして食べるのならいいわよ。東方の国ではそうして供養するって言いますし。」というお嬢さんの言葉に冒険者一同がええーっと言いながらドン引きしている。
馬の亡骸をじっと見ていたスズタルは、雑嚢の空きスロットを確認する。サイズ的にどうなのかを確認すると大丈夫らしい。6頭全部収容できる。
「じゃあとりあえず我輩が預かっておくにゃ。」と言って馬の亡骸を、次々と雑嚢に収納した。全く気にも止めず、気軽に、ぽいぽいっと。
これにミリセントが食いついた。
「騎士様、それマジックバッグですか? え、馬が6頭も。え?」
収納し終わったスズタルに詰め寄る。
「騎士様、それお譲りいただくわけには参りませんでしょうか? 大金貨10枚出しましょう。」
というミリセントに一同がどよめく。
「お、お嬢様、いくらなんでも多すぎませんか?」と侍女のアインが諭すが。
「何をいうの、馬が6頭楽々と入ったのよ、そんなマジックバッグは見たことがありませんわ。」ミリセントの鼻息が荒い。
え、そんな大ごとだったの? 宇宙戦艦も入る無限収納庫とか保管庫なんか絶対にあるって言えないなー、しかし大金貨10枚って10億円ってことぢゃん。すげ〜なホールネンド商会。などと、やや呑気にミリセントとアインの掛け合いをスズタルは見ていた。
「いやー、盛り上がっているところ申し訳ないが、これは我が軍の支給品で、我輩にしか使えないように制約がかけられているにゃ。だから売る事はできないにゃ。」
そう答えた途端にミリセントに両肩をぐっと掴まれた。
「結婚しましょう。」
はぁぁぁぁっとスズタルは返事できずに声をあげたが、同様に全員が奇声をあげていた。
「お嬢、マジックバッグのために結婚とかおかしいから。」「早まっちゃダメですぅ。」「そもそも顔もわからんし、子供かもだし、獣人とか魔人かもしれんし。」などと、一部無礼なセリフが混じりつつぎゃあぎゃあと『聖なる盾』の皆がミリセントを押しとどめようと騒ぎ始める。
それをアインとスズタルは少し冷ややかに横目で見ていた。
「うちのお嬢様が大変な失礼を。」
「いえいえ」
「普段でしたらば、あのような理性を欠いた発言はなさらないのですが、如何せん商売人の娘、儲け話となると見境がつかなくなることが、たまにございまして。」
「たまに?」
「ええ、たまに。」
「たまに?・・・」
「・・・時々」
「時々?・・・」
「・・・・たびたび・・・」こほんと咳払いをするとアインは深々とお辞儀をする。「とにかくそういう事でございまして、すぐにいつものお嬢様にお戻りになられるかと。」
「はぁ、そうですか。」
ぎゃあぎゃあがまだ続いていたので、アインとスズタルとウルたちで道から外れて横倒しになりそうな馬車3台を道に戻し、留め具をダークウルフに合うように細工することにした。
驚いたのはアインがものすごく力持ちだったことだ。ウルの子分の狼に馬車を引っ張らせて、アインが後ろから押して道に戻したのだが、もしかしなくてもアイン一人でよかったんじゃね、ぐらいに楽々と戻すことができていた。
あれこれやっている間もぎゃあぎゃあは続いていたようだったが、どうやら一巡して落ち着いたようだ。その頃には巨狼が曳く馬車ならぬ狼車が完成していた。
喋れるウルが街に行った方が良いということで一台はウル自身が曳き、もう一台は3番目に大きいウルニと名付けた子分狼が、もう一台をウルサンと名付けた子分狼が曳くことになった。
ここでスズタルとウルたちが別れるとなると従魔の証が必要だという。
保管庫を漁って軍用ロボット犬の胴につけるベルトを見つけたので、それをすこし弄ってウルの首に合うようにしてつけてやる。
ウルの尻尾の振りがものすごいことになり、もうもうと土埃が舞う。
「で、他の仔《巨狼》たちはどうするにゃ?。さすがにこの群れがついていったら大変なことになりそうだにゃ。」とスズタルが尋ねると
「我の影に皆入って行くから大丈夫だ。」とびっくりするお答えが返ってきた。
「え、影に入れるの?」
「うむ、ダークウルフだからな。」
「あ、そ。」いや、それ答えになってないし、という言葉をスズタルは飲み込んだ。
「主人の影に我の腹心をつける。」とウルが言うとウルツーと名付けた2番目に大きな銀色の狼が見る見るうちにスズタルの影の中に入って行く。
をを、すげーなーと感心していると、「(さすがあるじ〜。あたしとお話しできる〜。)」と電脳通信にウルツーの小さな女の子のような声がする。
ウルたちは普段はこうして頭の中だけで話をしているという。テレパシーみたいなものなんだろうか。電脳通信につながったという事は電波なのかもしれないなとスズタルは思った。
「(ウルツーよろしくにゃ)」と応え返すと、見えない尻尾がブンブンと振られているのを感じた。
「あー、忘れるとこだった。」と言ってダクラムが紐に通したゴブリンの耳を差し出してくる。「旦那、これどうします?」
「は。別に要らないけど。」
「いや、討伐部位なんで・・・。」
「・・・・・・。」ナンノコトデスカ?
しばらく無言で2人は見合うことになってまった。
例によって神官少女ことセイラさんが助け舟を出してくれる。
「ゴブリンは指定モンスターなんですよ。直ぐ増えて悪さをしますから。ですのでどこで討伐したかも含めてギルドに報告する義務があるんです。」
「ふーん。そう言うことかぁ。それなら代わりに報告してくれるかにゃ。君らが討伐したことにしてくれていいし。」
「いやいや。そう言うわけにはいかんですよ。」ダクラム君、真面目だねぇ。
「つかぬことを伺いますが、ギルドに登録などはしておられますか?」と、何かに気がついたようにセイラが訪ねる。
「してないにゃ。」
ダクラムは鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてるし、後ろの『聖なる盾』の面々もえっと言う顔をする。「冒険者ちゃうんかー」とか言ってるし。
「ではこうしましょう。私たち『聖なる盾』が討伐の報告をして、スズタル様に手伝っていただいたと付け加えてご報告します。」
「まぁ、それならなぁ。いいのか。」とダクラムは渋々納得したようだ。
「そう言うことでよろしくにゃ」
こうしてミリセントたちと別れて、スズタルはオトモと合流すべくさらに南を目指すのだった。
————
「セイラ様よう。あれでよかったのかよ。」狼車に揺られながらダクラムは少し困った顔で隣のセイラに尋ねた。
「いいのよ。私たちはゴブリンライダー、しかもインフェルノウルフのゴブリンライダーと遭遇して、健闘したけどやられそうになって、そこをスズタル様に助けていただいたって正直に言えばいいの。」
「ん。」とダクラムはしばらく考える。確かに俺たちが報告して、助けてもらったと報告してるから・・・。「それでいいのか。」
「スズタル様にも嘘はついてないし、私たちも嘘の報告するわけじゃないから、心も痛まないでしょ。リーダー。」
「まあな。」
「それに、こんなS級の従魔に台車を引かせてるんだから、そうでも言わないと信じてもらえないわよ。A級の私たちが束になってもS級モンスターの群れに勝てっこないんだから。」
「そりゃあ、まあ、そうなんだけどもよ。」ダクラムはぽりぽりと頭をかく。「なんか、こう、旦那の気持ち考えると、しっくりこねぇってぇか。」
「いいのよ。」セイラはそう言うと窓の外を眺める。
他の面々も「リーダーは考えすぎなんだよ。」とか言っている。
そのうち武闘士のボーンが「ところでよ。ウルさんって本当にインフェルノウルフなのかね?」と言い出した。
「あたしもそう思ってさ、ロッドと話してたんさ。」と剣闘士のジル。
「ジルと話してて気がついたんスけど、エンペラーインフェルノウルフだと思うんスよ。スズタル様と契約する前はブラックインフェルノウルフだったと思うんスけど、契約したら少し大きくなったスよね?」と、探索者のロッドがジルの話を受けて言う。
「・・・・・・」全員が押し黙る。
「やっぱ、俺たちが討伐したってのはねぇよなぁ。旦那には悪いけどまんま話した方が良さそうな気がしてきたぜ。」ダクラムがそう言うとセイラはだからいったでしょと言わんばかりの顔をする。
「そんなことより、SS級の魔獣が曳く馬車なんて、素直に門を通してもらえるもんかね?」と言うロッドの言葉に再び全員が押し黙ってしまう。
そんな思いを乗せて、狼車はイタルレリアへと馬車とは格段に違う速さで進むのだった。
だいたいこの調子でスズタルが色々やらかして行きます。




