第七話 練習開始と能力習得
ソフィアと出会った翌日から、剣術と治癒魔法の訓練が始まった。さすがに未経験だから、少しばかりは苦労するかな?などと思っていた鳴だったが、完全に杞憂であった。
剣術の稽古では、初めこそアレクセイに圧倒された。怪我をしないように木刀での訓練であった。さすがは現親衛隊長だ。その実力はかなりのものであった。
「もっと脇を締めて! 足元にも注意して! すぐに動けるように常に相手の行動を意識するでござる!」
注文が多すぎる。まだ剣を持ったばかりの初心者だぞ。そんな初心者の俺に一体どうして完璧を求めるのか。鳴は過度の期待をかけられることにうんざりしていた。そう思いながらやっているとアレクセイには気の緩みがわかるのだろうか、すぐに強い言葉をかけてくる。
「考え事はしてはいけませんぞ! 余計な気の乱れが、鳴殿の命を危機に晒しますぞ!」
そんな感じで初めはアレクセイに歯すら立たなかった。ただただ打ちのめされるだけであった。
しかし二日目から、鳴の動きは明らかに変わっていた。アレクセイは手を抜いているとはいえ、鳴はアレクセイから一本を取ったのだ。これにはアレクセイも驚きを隠せない。アレクセイはグランヴァール王国随一の剣士だ。周囲の評価もそうだし、幼い頃から剣の稽古を積んできたアレクセイにも自負があった。そんなアレクセイが、昨日から剣術を始めた若造に不覚にも一本を取られたのだ。これにはアレクセイも黙ってはいられなかった。
それと同時に、アレクセイは、鳴は素晴らしい剣士になると勘づき、鳴を育成するために、より一層訓練を厳しくした。この訓練に鳴は文句を言わず、懸命に食らいついた。
「太刀筋を見極めて! 戦っている最中に考え事などしてはいけませんぞ! 来たものを全て跳ね返す。そんな勢いで敵と対峙なされよ!」
アレクセイの訓練中に発せられる言葉は、優秀な剣士を育てるためのものであった。決して生きて行くのに必要な程度ではなかった。
それから一週間、厳しい訓練が続いた。鳴の剣術の能力は著しく向上した。親衛隊にいても、トップに入るレベルの剣士となりつつあった。これもあの能力のおかげだろうと、鳴は与えられた能力に感謝する。
翌日には、アレクセイとの本気の一本勝負が行われた。これに合格すれば、鳴は晴れてグランヴァール王国でアレクセイと同列に立つ最高峰の剣士となるのだ。まだ夜が明けたばかりの早朝の王宮の庭でアレクセイと鳴が対峙する。ソフィアは不安げにその様子を見守っていた。
「それでは参りましょうぞ」
「ああ」
交わされる言葉は実に少ない。それは、言葉などよりも、二人を結びつけるものが、剣術であることを示していた。
「じゃあ行きますよ! 用意、初め!」
ソフィアの勝負開始の合図と同時に両者は勢いよく互いに接近し合う。その速さは、まるで二人の将が一騎打ちをするような様相であった。
アレクセイは歴戦の騎士だ。故にまずは相手の攻撃パターンに慣れることから始める。したがって、序盤にアレクセイから攻撃を仕掛けることはあまりない。必然的に鳴が、序盤は主導権を握ることになる。
鳴も初めから、何も一太刀振るうだけで、アレクセイに勝てるなどと思っていない。まずはアレクセイの隙を見つけようと何度か試しに攻撃してみる。しかし、アレクセイは歴戦の騎士だ。隙など全く見せない。アレクセイの防御は完全であった。
勝負がしばらく続く中で、ついにアレクセイが攻勢に出る。鳴の攻撃パターンはアレクセイに認識された。鳴はまず、縦に大きく剣を振るった。アレクセイはいとも簡単にそれを受け流す。それに応じて鳴は次の行動に出る。しかしアレクセイは次に何がくるかわかっていた。この勝負の中では、鳴は縦に振るった剣が防がれると必ず横の斬撃に移行する。そのために一瞬だけ大きな隙が胸部にできるのだ。アレクセイはそれを完全に見切っていた。案の定、鳴の胸元がガラ空きになる。
「もらった!」
アレクセイが鋭い突きを鳴の胸部めがけて放った。アレクセイは勝利を確信した。しかしその瞬間、鳴の口元が緩む。
「かかったな」
鳴はアレクセイの、序盤は相手の行動分析に徹する癖を利用したのだ。そのためにあえてアレクセイにわかるようなあからさまな隙を作り続けた。アレクセイは必ずここを攻撃してくる。この一週間での訓練で鳴はそれを確信していた。アレクセイの突きを鳴は軽くあしらう。起こると確信しているのだから、当然であろう。鳴はアレクセイからの突きを受け流し、アレクセイの胸元に逆に大きな隙を作った。
「しまった!」
「もう遅い!」
そのまま鳴はアレクセイの喉元に木刀の先端を突きつける。
「勝負あり! この勝負、神楽鳴の勝利です!」
ソフィアのコールが早朝の王宮に響き渡る。アレクセイはなぜか微笑みを湛えながら、ゆっくりと木刀を下げた。
「この一週間、よく頑張ったでござるな。このアレクセイからもう教えることは何もござらん」
鳴の才能のことについてはソフィアから事前に聞いていた。だから鳴のあまりにも早い成長と鳴に負けたことを受け入れられた。
「アレクセイさん、本当にありがとうございました」
かくして、鳴はグランヴァール王国最高の剣士となった。
治癒魔術の方面でも、鳴はその才能を遺憾なく発揮していた。
ソフィアの教授によると、この世界には治癒魔術に序列があるらしい。初級、中級、上級、超級、超弩級の5段階に分かれている。今ソフィアは、上級までの治癒魔術を使用できるらしいから、鳴も上級までの治癒魔術を習得することを目標とする。
「それでは、初級治癒魔術の治療を使ってみましょう」
ソフィアは治癒魔術を優しい気持ちを持って、誰かを癒してあげたいと、強く念じることで使っているようだ。それの方が効果が上がるし、何より発動条件であると考えているらしい。治癒魔術は発動の際に、柔らかな緑色の光を放つ。それが発動した証拠であるから、その光が出ることを目指す。
「じゃあお手本を見せますね。戦士に安らぎを……、治癒!」
ちなみに魔術を発動する前に言っている言葉は『詠唱』というものらしい。これを唱えないと、魔術が発動しないらしい。もっとも世の中には『無詠唱』で魔術を発動する者もいるようだが。
ソフィアの手からは優しい緑色の光が放たれていた。
「では、鳴もやってみてください」
「よくわからないけど、挑戦してみるよ」
鳴は見よう見まねで治癒魔術を発動させようとする。まずは優しいイメージだったな。鳴は目を閉じて心の中で大切な人の傷を癒したいと願う。次は詠唱だ。『戦士に安らぎを』だっけか。鳴が詠唱しようとしたその時、ソフィアが大きな声を上げる。
「鳴、治癒魔術が発動しています!」
まさか、そんなはずはない。鳴は目を開けて確認すると、そこには確かにソフィアが発したのと同じ緑色の光が放たれていた。
「そんな……。 鳴は無詠唱ができるみたいです……」
「それってすごいの?」
「当たり前です! 無詠唱できる人なんて、世界にほとんどいないんですよ!?」
ソフィアとの治癒魔術の訓練は終始このような感じで進行した。アレクセイとの剣術練習の裏で、鳴は治癒魔術も習得していた。鳴がアレクセイに勝ったその後に、上級治癒魔術も習得した。
「まさかこんな短期間で上級治療を習得してしまうなんて。しかも無詠唱で。なんだかすごく馬鹿にされている気分です……」
「そんなつもりは微塵もないよ!」
「さあ、どうだか。その言葉がさらに嫌味に聞こえますよ……」
「ええっ!?」
そんなこんなで鳴は治癒魔術も上級まで習得した。
他方、鳴はこの世界の勉強も進めていた。まずは地理だ。この世界には、前の世界とは違って巨大な大陸が一つだけある。地図上で左上、右上、左下、右下の順に、エルバ地方、フィウメ地方、マーレ地方、モンターニャ地方だ。
エルバ地方は全体的に平地で豊かな緑に溢れている。農業が盛んで、人々の主食は穀物や野菜だ。この地方はフォルテ王国が治めている。この国は対外政策に積極的で、周囲を接する国々と常に争いをしている。王位継承争いも行われており、内憂外患という状態だ。
フィウメ地方は平地に多くの川が流れており、水陸交通を中心として発展した地方だ。主に川を交通路として交易が盛んに行われている。特にここを治めるカールマ共和国の首都カルマティアは世界交易の中心地として大いに栄えている。軍隊は徴兵によって成り立っており、国民皆兵の精神がある。
マーレ地方は周囲に広がる豊かな海を基盤に成立しており、ここで獲れる海産物が主食となっている。海を介して出てくる商人が多く、ここでも交易が主体である。ここはラマレア帝国という大帝国が支配している。ラマレア帝国は、10程度の自治組織的な領邦が連合して成立しており、皇帝を盟主としているが、全体としてのまとまりは薄く、実質10の小さな国があるとみていい。
最後にモンターニャ地方だ。ここは山々に囲まれており、豊かな大自然が人々の生活基盤だ。野生の動物の狩猟で生計を立てている。この地方はアルベロ公国が治めている。この地方は山々に囲まれているため、自然要塞と化しており、外部からの侵入は難しい。ゆえに他国との通交関係は全くない。閉鎖的であるため、鳴が読んだ書物には詳しく書かれていなかった。
ところでグランヴァール王国はどこにあるのか? そう思った人々は多いだろう。グランヴァール王国は、マーレ地方のヴァール半島に位置する、弱小国だ。以前はマーレ地方を席巻するほどの大勢力を誇ったらしいのだが、ラマレア帝国の台頭により、徐々にその勢力を弱め始め、本拠を構えていたヴァール大陸のみをその影響下に置くようになった。
これがこの世界の概要である。鳴はこの事実も、ほんの一時間の学習で頭に入れてしまった。数学や理科は、この世界では全く発達していない。そこではこれらを得意とした鳴にアドバンテージがある。使う場面があるかどうかはわからないが、なんらかの役には立つだろう。
そんな風に、穏やかな日々がここ一週間続いていた。この1週間で鳴はかなり力をつけた。万事快調に進んでいたこの時には、これから先何か悪いことが起こるような気は鳴には全く感じられなかった。しかし魔の手は確実に迫っていたのだった。
異世界到来編ー終
続ーグランヴァール王国編
これまではしばらく単調な展開が続きましたが、次章からは話が展開していきます!




