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浪人列伝  作者: 宮本護風
グランヴァール王国編
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第三十五話 交渉

 翌朝、鳴とラッセルはラマレア帝国皇帝と交渉をする部屋の前に立っていた。二人とも、まだ皇帝の姿を見てすらいないのに非常に緊張している。鳴はラッセルの顔をちらりと見てみる。それにラッセルも気づき、緊張から笑みを浮かべて鳴と苦しい笑いを浮かべる。昨日はラッセルの部屋で眠ってしまったことに対して動揺してしまったが、今感じている動揺は、今朝感じた動揺が嘘のように思えるほどの大きな動揺であった。


「陛下のご用意が整いました。扉を開きますが、よろしいですか?」


「ああ、よろしく頼む」


 ラッセルは明らかに動揺しているが、門番の問いかけには実に威勢良く返事をする。さすがグランヴァール王国の宰相といったところだろう。そんなラッセルの様子を見て、鳴はやや安心する。


「それでは扉を開きます」


 門番は二人掛かりで部屋の扉を開いた。徐々に開く扉。中の様子はただの交渉部屋に過ぎないのに、その空間は俗世と隔絶された異世界のように感じられた。これが皇帝の威厳というものか。鳴は威圧されながらもラッセルとともに、門番に誘導されて交渉部屋へと歩みを進める。中に入ると、ラマレア帝国側の机とグランヴァール王国側の机とに分かれていた。その光景は裁判所の光景とよく似ていた。鳴とラッセルはグランヴァール王国側の机へと歩みを進める。周辺視でしか見ていないが、すでにラマレア帝国側の机には何人かの男が立っていた。もちろんはっきりとは確認できない。しかしこの中に一人だけ皇帝がいるのは確かであった。

 鳴とラッセルはグランヴァール王国側の机へとたどり着く。二人はラマレア帝国側の方を見る。そこには3人の人物が立っていた。二人の青年が皇帝と思われる人物の両脇に立っている。そして鳴が恐る恐る皇帝と思われる人物のほうを見てみると、鳴は驚きを隠せなかった。皇帝は女だったのだ。鳴は思わず目を疑ってしまう。


「お、女……?」


 驚きのあまり、鳴の心の声は漏れてしまう。その声はラマレア帝国側の耳に届いてしまう。二人の青年の表情は険しいものに変わる。


「貴様! 皇帝陛下を愚弄する気か!?」


「ほらほらそんなに怒らなんでん。ここは交渉の場ですわん」


 女帝は甘い声で二人の青年をなだめる。女帝はこの声を出すにふさわしい美しい容姿をしていた。射干玉色の髪が腰のあたりまで伸びており、背はスラリと高かった。女帝にありがちな肥満体でもなく、非常にほっそりとして綺麗で、その優美さは指先の微妙な所作にまで現れていた。頭の上には金銀様々な宝石で装飾されたティアラがあり、その優美さを一層高貴でいやらしくないものにしていた。鳴は思わず目を奪われてしまう。そんな鳴に女帝が優しく声をかける。


「女が皇帝やってたらおかしいかしらん、ボク?」


「い、いえ! ただ珍しいなと思っただけで!」


「そうだったのねん。思ったことが声に出ちゃうなんて、素直でいい子ねん。私はポンパドゥール=ヴィ=ラマレアですわん。ラマレア帝国の皇帝をしているのよん。この二人はラマレア帝国の優秀な官僚ですわん。そちらも挨拶していただいてもよろしいかしらん?」


「私はラッセル=ネヴィルだ。グランヴァール国王の名代としてこの場に参上した」


 ラッセルはポンパドゥール皇帝の言葉を受けて返事をしたが、鳴はあまりの衝撃で未だに何も言えずにいる。


「おい、鳴! 挨拶しろ!」


 ラッセルの呼びかけで鳴は正気に戻った。


「か、神楽鳴です! ラッセル様の護衛兼相談役としてこの場に出席させていただきます!」


 多少ぎこちない受け答えをした鳴の様子を見てポンパドゥール皇帝はニヤリと笑う。


「あらん、珍しい名前ね、可愛い坊や。こういう場は初めてかしらん?」


「は、はい! 少し緊張しておりまして……」


「うふふ。そんなに怖がらなくてもいいのよん。私はちっとも怖くないんだから」

 

 そう言いながらポンパドゥール皇帝は笑っている。鳴からすればその笑顔は不気味なものでしかなかった。


「それではお席にお付きになってくださぁい」


 ポンパドゥール皇帝の勧めを受けてラッセルと鳴は交渉の席についた。


「早速なのだけれどん、交渉に入らせていただくわん。こちらの要求はズバリ、カルデリア家の人たちを捕虜から解放してほしいのん。捕まっていてはかわいそうだわん」


 予定通り、ポンパドゥール皇帝はカルデリア家の一族の返還を求めてきた。ラッセルは動じずに返答する。


「もちろん。その申し出を受けよう。ただ、ジークフリート=カルデリアを解放することはできない」


「あらん、どうしてかしらん?」


「彼はもうグランヴァール王国に忠誠を誓った。彼は今はグランヴァール王国の重要な家臣の一人なのだ。彼としてもラマレア帝国に戻ることを望んではいないし、そちらとしても彼は考えが合わないとして受け入れたくはないだろう」


「ふーん。あのジークフリートちゃんがねえ……。なんだかがっかりだわん。あんなにも賢くて才能に溢れた坊やが敵になってしまったなんて。でも、そういうことなら仕方ないわねん。ジークフリートちゃんは諦めてあげる」


 思っていたよりかはポンパドゥール皇帝はジークフリートを取り返すことに淡い期待を抱いていたようだ。しかしそれも大したものではなかったようだ。グランヴァール王国側がジークフリートの返還のみを拒んだことに対してポンパドゥール皇帝はあっさりと引き下がる。鳴としてはもう少しややこしいことになると予測していたが案外何事もなく事態が終わって鳴は少し安心することができた。


「他に交渉内容は?」


 ラッセルがポンパドゥール皇帝に他の議題を訪ねた。


「こちらとしてはもう終わりですわん。カルデリアの方々をお返しいただければそれでいいですのん」


「そ、それだけ?」


「ええ、そうですわん。これだけのために、わざわざ遠くからお越しいただいて、本当に申し訳ありませんわん。そのお礼と言ってはなんなのですがぁ、ラマレア帝国が全力を挙げて皆様をもてなすパーティーを開かせていただく予定ですのん。ご参加いただけますかしらん?」


 ポンパドゥール皇帝は両手を広げてラッセルと鳴を招き入れるようなそぶりを見せる。しかし二人はこれには応じなかった。


「お気持ちは大変ありがたい。しかし我々矮小なグランヴァール王国としては、いち早く我々が帰国して、政務に従事しなければならないのだ。そのパーティーを開くのにも色々と経費がかかることだろう。お気持ちだけいただいて、帰国の途につかせていただくとしよう」


「まあなんてこと。本当に残念ですわん。そちらの坊やだけでも参加していかないかしらん?」


「自分はラッセル様の護衛係を頼まれてもいますので、ラッセル様から離れるわけにはいきません」


「そう……」


 一瞬ポンパドゥール皇帝の優しい口調が姿を消す。ラッセルは特に何も思ってはいなかったようだ。先ほどと変わらない表情を浮かべていた。しかし鳴はこの微妙な変化に気づく。明らかにポンパドゥール皇帝は機嫌を悪くした。その態度の表れが、今の変化だ。鳴は少々事の成り行きを心配したが、ポンパドゥール皇帝はすぐに先ほどと同じ態度に戻った。


「お二方とも早くお帰りにならないといけないのは残念ですわん。それではこれで交渉は終わりにいたしましょうねぇ。これ、お二人を送って差し上げなさいな」


 ポンパドゥール皇帝の声かけで、側に控えていた侍従が二人の先導に回る。彼に引き連れられて、二人は交渉部屋を後にした。二人が完全に部屋から出たことを確認すると、ポンパドゥール皇帝は浮かべていた柔和な笑みを即座に取り消して鳴に向けたような表情と同じものを浮かべていた。

「陛下、どうなさいますか?」


 ポンパドゥール皇帝の両脇に控えていた若き官僚が進言する。


「そうねぇ。気に入らないですわん。でもあの神楽鳴とかいう男には少々興味がありますわん。どうやって彼を捕えるのがいいかしらん?」


「彼らの帰還の途をこっそりとつけ、事故を装って鳴以外の人間を殺して彼のみ捕縛するのが良いかと」


「じゃあジェシカとルーカスを差し向けるとしますわん。神楽鳴を何としても捉えるのですわん」

「かしこまりました」


 ポンパドゥール皇帝はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。






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