第二十九話 再会
警備を厳重にしたまま、鳴たちはカルデブルグに到着していた。
「ようやく落ち着くことができるな」
もう安全を確保することができたので警備は解除されていた。今は鳴とマックスとブレフトが3人並んで馬車の後ろを付き従っている。
「ほんと、鳴さんに尾行者がいるって言われた時は焦ったっすよ」
「さすがに身の危険を感じましたね」
マックスもブレフトも尾行者の存在に脅威を感じていたようだ。
「ところでどうして尾行者がいるなんてわかったんすか?」
「魔力の流れがあったんだよ。あの強烈な流れは魔術を行使したからに違いない」
「ということは相手も魔術師ということですか……」
「そういうことになるな」
「相手は強大っすね」
相手が魔術師ということもあり、3人は気を引き締めるような思いでいる。魔術師に尾行されているとあらば、危険度は一気に上昇する。なんとか無事にカルデブルグにたどり着くことはできたが、目標はネプチュナスだ。まだまだ道は遠い。しかし少し安心できる事実もあった。
「だが、尾行者はいないと見てもいいようだ」
「どうしてそんなことが?」
「魔力の流れが消えたんですね」
マックスが首を傾げていた一方で、ブレフトは鳴が言おうとしていたことを喝破する。ブレフトの頭の回転の速さには驚かされる。
「察しがいいな。あれから警備を解くまでずっと魔力探知に集中していたが、徐々に魔力が弱まっていって、しまいには無くなってしまったんだ」
「でもそれだけじゃあ尾行者はいないとは断定できないんじゃないっすか? 他の奴らがまだいるかも」
「その可能性は限りなくゼロに近い。そもそも魔術を使って探知していたということは魔術を使わなければ俺たちの動きを捕捉することができなかったからだ。魔術を使わなくて俺たちを観察できるなら、わざわざ魔術を使ってバレるリスクを高める必要なんてない。尾行者は魔術師だけと見ていいだろう」
「なるほど……」
マックスもブレフトも鳴の筋道だった説明に舌を巻きながら納得している。ブレフトはともかく、マックスは本当に理解しているかわからない状況だった。
そうこうしているうちにカルデブルグの総督府に到着する。ようやく肩の荷が降りて、気持ち軽やかに鳴が愛馬から降りると、遠くから聞き慣れた声が聞こえてくる。しばらくその声を聞いてはいなかったが、馴染み深いものだったので、鳴は聞き逃さない。
「鳴殿!」
アレクセイが手を振りながら、総督府から鳴たちの元へ駆け寄ってくる。グランヴァール王国での、ソフィアに次ぐ理解者であるアレクセイの姿を見て、鳴は顔をほころばせる。鳴も笑顔でアレクセイの呼びかけの応じる。
「アレクセイさん! お久しぶりです!」
「久しいといってもほんの一週間程度でござろうか? たったそれだけ会わなかっただけでも本当に久しぶりに思えるのは不思議なことですなあ。もうお体は大丈夫であられるか?」
「ええ、もうこの通り」
鳴は健康ぶりをアピールするため、両腕を大きく上下させる。アレクセイはまだ自分の体調を案じてくれていたのかと、鳴は感慨に似た喜びを感じる。鳴の様子を見たアレクセイは安心したように大きく頷く。
「それは良かった。私も鳴殿の体調が心配で、職務が手につきませんでしたよ」
アレクセイはカルデブルグ攻略後、治安維持のために今までずっとカルデブルグに駐留していた。戦争が起こった後に何も問題が起こっていないのはひとえにアレクセイのおかげであろう。
アレクセイが鳴と一通り話し終えると、今度はマックスやブレフトの元へ行って、二人と楽しそうに談笑している。上司と部下という関係である。部下である二人は上司と久しぶりに会い、タジタジだ。これまで鳴と気楽な関係を築いていた二人は上司に対するフォーマルな対応を久しくとっていなかった。それゆえにアレクセイから叱咤を受ける様子も散見された。
そんな3人の様子を微笑ましく見ていると、もう一人、総督府の方から見たことがある男が歩いてくる。
「よお、久しぶりだな」
「ああ、カルデブルグでの領主生活はどうだ? ジーク」
ジークフリートも鳴を迎えに来ていた。ジークフリートはカルデブルグの領主に正式に任命され、今ではカルデブルグでの一切の政治を請け負っている。カルデブルグが今は平和であるのは、アレクセイの軍事面での貢献と、ジークフリートの政治的な貢献の両者が並存して初めて成立したものなのだ。
挨拶を交わした後、ジークフリートは急に神妙な面持ちになる。
「鳴、お前はラッセル様の護衛長だよな? 大事な話があるんだがいいか?」
「なんだよ急に改まって」
「穏やかじゃないんだ。総督府に来てくれ」
鳴は何のことかわからないままラッセルにフィオナ、キャロルを置いて先に総督府に入った。
鳴はジークフリートに連れられるままに、総督府の応接室にやって来た。応接室には、真ん中に二人が向かい合える程度の小さな机が置いてあり、それ以外にはほとんど何もなかった。さすが領民に寄り添った政治をするジークフリートだ。おそらくここには贅の限りを尽くした調度品が数え切れないほど、ジークフリートの父、つまりアダムにより置かれていたことだろう。それをジークフリートは全て売ったか何とかして、領民のために役立つ形で処分したのだろう。そんなことを思いながら、鳴はジークフリートの心構えに感心していた。
「そこにかけてくれ」
ジークフリートに指差された椅子に鳴が腰掛けると、ジークフリートはその向かいに座る。ジークフリートは手を前に合わせ、それを口元に軽く当てる。
「どうしたんだよ? そんなにもったいぶらないでくれ」
鳴が笑いながらジークフリートを茶化したが、ジークフリートは全く動揺しない。それどころか、今から言う事実のせいでそんなことには構っていられないと言いたいかのような表情を浮かべる。そのままジークフリートは大きなため息をつき、ついに口を開く。
「俺には優秀な諜報部隊の『影』という組織がある。国王陛下の勅命を受けて、そいつらにお前たちに動向や、お前たちに関係ありそうなものを調べさせていたら、こんなことがわかったんだよ」
ジークフリートは後ろに隠し持っていた書類を鳴に見えるように机の上にはらりと出す。
「これは?」
鳴が気を惹かれておもむろにその書類に手をつける。鳴がそれに目を通し始めると同時にジークフリートは補足説明をする。
「お前たちに尾行者がいることがわかった。『影』の情報によると、そいつらはお前たちが宿場町に入った頃あたりから尾行を始めていたようだ」
鳴は何も答えずにただただ書類に見入っている。ジークフリートはさらに説明を続ける。
「それだけじゃない。そいつらは魔術も使えるようなんだ。カルデブルグに近づくにつれて尾行者は消えたようだが、お前たちにはこんな脅威が隠れていたんだ」
ジークフリートがいかにも重々しそうに語る中で、鳴は書類に一通り目を通し終えて、書類を机の上に丁寧に置くと、姿勢を正して口を開く。
「ああ、知っていた」
鳴はあっけらかんとしている。ジークフリートは今の鳴の発言が理解できていないようだ。口を半開きにして、目を大きく見開いたままで絶句して鳴を見つめている。
「俺の読みではカルデブルグへ向かう途中から尾行しているようだと思っていたがな。まさかあの宿場町から尾けていたなんて気付かなかったよ」
「お、お前、本気で言ってんのか?」
「ああ、本気だぜ? てかお前にこんなにも優秀な諜報部隊がいるんなら、あんなにも警戒を張らなくても良かったんだ。全く、骨折り損のくたびれもうけとはこのことだな」
そのまま鳴は椅子に座ったまま大きく伸びをする。
「どうしてわかっていたんだ?」
「俺は魔術が使えるんだ。カルデブルグに向かっている途中で明らかに異様な魔力の流れを感じてな。尾行者がいるに違いないと感じたんだ。それからは魔力の流れに細心の注意を払っていたが、カルデブルグに近づくにつれて魔力が弱まっていったから、尾行者が消えたとわかったんだ。今はいないんだろ?」
「あ、ああ、そうだが。しかし驚いたな。魔術の心得もあるなんて」
ジークフリートは感服した様子で鳴を見つめた。
「まだ中級までしか獲得していないから、嗜む程度だよ。褒められるようなレベルには達していない」
「魔術を使える時点で賛辞に値するんだよ。それより、今日まで疲れただろう。今日はゆっくりカルデブルグで休んでいって、明日から万全の状態で出発できるように準備を整えてくれ。このカルデブルグで揃わないものなんてないからな」
「ああ、恩に着る」
鳴の返事を受けて、そのまま席を立とうとしたジークフリートに鳴は不意に声をかけた。ジークフリートは鳴の予想だにしない声かけに驚きを隠せない。
「突然で悪いんだが、『影』を貸してはもらえないか?」
「構わないが……。どうしてだ?」
「魔力での探知だけでは心もとないところがあってな。『影』がいてくれたら、尾行者の探知とかに役立ってくれるのではと思って」
「そういうことならお安い御用だ。おい、出てこい」
ジークフリートが『影』を呼ぶと、一人の黒ずくめの男が突然天井から降りてくる。それも鳴の目の前にだ。
「おわっ!」
驚きを隠せずにそのままその場に尻餅をついてしまう鳴。今の状況を受け入れきれずに呆然としている鳴をジークフリートは笑う。
「どうだ、俺の直属諜報部隊の実力は? 俺が手塩にかけて育成した超優秀な諜報員だ。こいつの力は俺が保証するぜ」
「『00』です。以後お見知り置きを」
「ぜ、ぜろぜろ?」
聞き慣れない音声を鳴は繰り返すことしかできない。
「コードネームです。気にしないでください」
「は、はあ……」
「まあそんなわけで、こいつがお前たちの旅路をサポートしてくれる。安全の確保は任せておきな。じゃあ『00』、今からこの客人を客間にお連れしてくれ」
「かしこまりました。それでは鳴様、こちらです」
鳴は言われるがままに彼についていき、応接間を後にした。




