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浪人列伝  作者: 宮本護風
異世界到来編
3/39

第二話 正体

鳴とソフィアが簡単な自己紹介を終えて、これからもっと互いのことを知ろうとして、談笑をしようとしていた矢先、遠くから、大きな声が聞こえてくる。


「ソフィア王女! 何処におられまするか!?」


鳴が声の聞こえてくる方を見ると、騎士団がこちらに向かっていた。王女?だと? いやまさかな。異世界に突然転移して来て、そんな天文学的に低い確率の出来事が起こるはずなどない。たとえ身分の高い人に出会ったとしても、それは国の貴族か、大金持ちといったところだろう。今呼ばれているソフィアはきっとこのソフィアではない。王女の名前がソフィアだから、親たちも感化されて、娘にソフィアと名付けるのが流行ったのだろう。そう踏んでいた鳴がソフィアの顔を覗き込むと、ソフィアはまずいことが起こってしまった、と言わんばかりの気まずそうな表情を顔にたたえていた。


「うそ、でしょう? ソフィア、王女だったんですか?」


「……………………。ええ。そうです」


ソフィアはしばらく黙っていたが、もう隠しきれないと観念して、真実を打ち明けた。ソフィアとしては、自分が王女であるという事実は、できれば隠しておきたかった。鳴は、見た感じでは、とても自分たちが着るようなものではない衣服を身にまとっていて、身分が高くなさそうだから、お付きの人たちが鳴と接触することを懸念するかもしれなかった。そして何より、鳴が、ソフィアが実は王女という存在であったということを知って、自分への態度を変えてしまうことが、一番ソフィアが望まないことであった。せっかく友達になれたのに、改まった態度を取られてしまってはさすがに悲しい。ソフィアは鳴の態度が変わってしまうだろうことに落胆した。


「すごい! ソフィアは王女だったんですか!? 生まれて初めてそんな人に出会いました! 初めて出会った時から、すごく身分が高い人なんだろうなぁって思っていたけど、まさか王女様だなんて、驚きましたよ!」


鳴は屈託のない笑顔を浮かべながら、ソフィアが王女であることに驚くと同時に、王女という実に高貴な人に出会えたことに興奮している。ソフィアへの態度は全く変わってはいなかった。鳴からすれば、確かに日本にも天皇という存在はいて、内親王が今のソフィアの立場に当たるとはわかっていたが、今では天皇といっても、王様という感じではなく、日本国民の代表という感じだったので、特に自分とは隔絶された存在とは思わなかったというのもある。価値観の相違が、ソフィアを悲しませない態度をとったのだ。ソフィアは驚いた。


「鳴は、私に態度を変えないの?」


「変えたほうがいいんですかね? そうですよね、だって一国の王女様ですもんね」


「いや! 変えないで! そのままでいて!」


ソフィアが突然叫ぶ。ソフィアはもう嫌だったのだ。せっかく仲良くなれた友達が、自分が王女と知ると否や、あからさまに態度を変えて、ソフィア様、ソフィア様と呼ぶのが。急にかしこまった態度になって、下の名前で呼ばれなくなるのが。ソフィアは鳴が態度を変えようとしたことを拒絶する。しかし、鳴は態度を変えるだろう。これまでも、どれだけ祈っても、そうであったから。


「わかりました。じゃあ、これからもソフィアって呼びますね?」


「え……?」


「だから、ソフィアって呼ぶっていってるんですよ」


ソフィアは驚きっぱなしだ。暴漢に襲われそうになったところを突然見知らぬ男に助けられ、おまけにその男は魔術を知らないと言いだし、王族であることがバレて、態度を変えられると思ったら、変えられないし。今日は不思議な日だ。目の前には満面の笑みをした男、鳴が立っている。ソフィアは嬉しくて、鳴と同じように笑った。と同時に、涙も出て来た。嬉し泣きだ。突然ソフィアが涙を流したことに鳴は当惑する。


「ごっ、ごめんなさい! 俺、なんか気に触ることしましたか!?」


「いいえ、嬉し泣きです。これまで、せっかくお友達になれたと思ったのに、私が王女と知る否や、みんなかしこまった態度になってしまって。思えば本当の友達には出会ったことのない人生でした。でも、鳴は違いました。鳴は、私の身分を知っても、態度を変えずに、ありのままの私と接してくれます。それが嬉しくて。鳴は、私の初めての友達です」


今度はソフィアが満面の笑みを浮かべる。互いに笑いあって、見つめあっていた。この世界での生活は、悪いものにはならなさそうだ。鳴は明るい見通しを持っていた。


二人の元へ向かってきていた騎士団がようやく到着した。彼らは到着するとすぐに、一斉に腰に挿していた剣を抜いた。抜かれた剣は鳴の方を向いていた。この騎士団は、今、まわりでのびている山賊とは違って、統率が取れていた。それによる威圧感に鳴は圧倒される。鳴は思わず焦ってしまう。


「道を開けよ!」


誰かはわからないが男の号令で、全ての剣が空へと向けられ、剣のアーチが鳴の方に向かうように作られる。鳴の向かいには、体つきがよく、何か荘厳な雰囲気をまとった中年の男が立っていた。その男は、剣のアーチをくぐり、鳴の方へと向かってくる。鳴には、その男が鳴の元まで近づいてくるまでに、かなりの長い時間がかかったように感じられた。場の流れは、完全にこの男によって掌握された。鳴は真剣な面持ちで自分の元へ向かってくるこの男を見つめている。鳴の前に男が立つ。


「貴様、庶民の分際で、ソフィア王女に近づくとは何事だ! さては貴様、王女の命を狙う不届きものだな!? 王女に危害を加える者として、今この場で、このグランヴァール王家親衛隊長アレクセイ=ヴァンダルの手で斬られることを感謝して死ぬがよい!」


言い終わると、親衛隊長は剣を腰から抜き、天高く掲げ、今にも鳴を斬ろうとする。あ、終わったな。この男に何を言っても聞き入れてはもらえないだろう。ソフィアに害をなすものは全て駆逐せんと、行動をとる男のようだ。実は自分が暴漢に襲われていたソフィアを、この身を呈して守ったといっても、信じてもらえないだろうし、そもそも言い終わる前に俺が死んでしまうだろう。あぁ。俺の異世界生活、意外と短かったな。そんなことを思いながら、鳴はゆっくりと目を閉じた。


「やめなさい!」


剣が振り下ろされようとしたまさにその時、ソフィアが鳴と親衛隊長の間に立ちはだかる。


「姫、さま?」


ソフィアの顔は怒りで満ちていた。親衛隊長は思わず怯んでしまう。ソフィアとしても、このような表情を誰かに向けるのは初めてな気がした。これまでグランヴァール王国の王女として、何一つわがままを言わずに淑女として振舞ってきたつもりであったが、鳴のこととなると話は別だ。鳴はソフィアの初めての友達なのだから。今度は逆に、ソフィアが鳴に危害を加えることは許さないという顔で親衛隊長を睨みつけていた。親衛隊長としても、このような表情をソフィアに向けられることは初めてだ。あまりの威厳に親衛隊長は、一歩後ずさりする。怯んだといってもやはり一王国の親衛隊長だ。すぐに自身の責務を認識して、口を開く。


「しかし、このものは無礼にも姫様に狼藉を働こうとした国家の大罪人! そのような男を生かしておくわけには……」


「違います!」


ソフィアの大声が何もないだだっ広い草原に響き渡る。このような態度をとるソフィアに、親衛隊全員が呆気にとられる。


「どういう根拠でこのお方を愚弄するのですか! この方は神楽鳴様! 私がそこで気絶している暴漢に襲われそうになっていた時、このお方が身を呈して私を守ってくださったのです! そのような私の命の恩人であるとともに、友人である鳴に傷一つつけてみなさい! その時は私、ソフィア=アンネリーゼ=グランヴァールの名において、たとえ親衛隊長のアレクセイであっても、決して許しはしません!」


なんて長い名前だ。ソフィアの本名を聞いた時の鳴の率直な感想だ。その一方で、アレクセイは初めは何を言われているのかが理解できないといった様子であったが、しばらくして事情を理解したようで、たとえ知らなかったとしても、アレクセイは自分のやろうとしていたことの愚かさに深く恥じ入り、うろたえる。


「わしはなんという愚行をしようとしていたのだ……。姫様を命を賭けて守ろうとしなさったお方に、なんという大逸れたことをしようとしたのだ……」


アレクセイはその場に跪き、自己の愚かさを情けなく思うとともに、怒りを覚え、地面に生えている草を握りしめていた。そのままで、しばらく時間が過ぎた。静寂だった。ただ風だけがひゅうひゅうと音を立てて吹いていた。


「気絶している暴漢を連行せよ」


アレクセイの命令で、親衛隊は迅速に動く。気絶している暴漢は実に手際よく、あっという間に連行されていった。よく統制のとれた部隊だと、鳴は感心してしまう。ここでアレクセイが突然鳴の前に跪き、地面に頭をつける。


「細かな事情も知り申し上げず、まさか姫様の命の恩人ともあろう方をこの手にかけようとしたわしの罪、どのようにしても許されることではござらぬ! 斯くなる上は、この命で償わせていただきたい!」


アレクセイは懐に携えていた短剣を取り出し、自らの首に当てる。鳴は思わず慌ててしまう。


「いやいやいやいやいや! ちょっと待ってください! 俺全然怒ってないですし、何も死ぬ必要なんてないっす! 確かにいきなり殺されそうになってほんと終わったと思いましたけど、ソフィアの弁明もあって俺は今こうして生きていますから! そりゃ俺だってアレクセイさんの立場なら、守るべき姫様の周りに、何か悪い虫がたかっていたら、有無を言わさず断罪しているでしょうから! だから、そんなものは早くしまってください!」


「しかし、これではわしの気が収まらん!」


「あなたがいなくなったら、この親衛隊は一体誰が統率するんすか!? あんなに統率が取れていて、迅速に行動ができるのは、ひとえに上に立つあなたのおかげですよ! 俺なんかのために死ぬんだったら、彼らのため、そしてなにより、ソフィアのために死ぬべきです!」


必死にアレクセイの自決を止めようとする鳴の言葉にアレクセイは我に返る。あなたが今すべきことは、あなたが無礼を働いた男のために死ぬことではない。本当にすべきことなのは、親衛隊長としての責務を立派に務め上げることだ。そんな鳴の言葉に、アレクセイはふうっとため息をつく。


「わしもまだまだですな。一時の感情に流されて、軽率に深刻な行動を取ろうとするなど。まして、それをこんな若いお方に止められるとは。このアレクセイ、深く恥じるところでござる。鳴、殿とおっしゃったか。わしを思っての行動、痛く感じ入る」


「大変なことにならなくてよかったすよ」


「まだわしのことを気遣ってくださるか! もう心配は無用、自決しようなどと、気の迷いは起こりませぬ! ところで鳴殿、貴殿もこの親衛隊に入ってはくださらぬか? 一人で3人の山賊を、しかも素手で倒したとあっては、これを見過ごすわけには……」


「おやめなさい、アレクセイ」


鳴を親衛隊に勧誘するアレクセイをソフィアが制する。


「聞けば鳴はまだこの国に来て日が浅いとのことです。鳴にもきっと事情があるはずです。そんな突然の申し出をされては、鳴も戸惑ってしまいます。ねっ、鳴?」


「えっ、あっ、はい!」


先ほどの砕けた態度とは打って変わって、かしこまった言動をとるソフィアにこそ、鳴はむしろ戸惑ってしまう。おかげで返事がぎこちないものになってしまった。


「姫様のおっしゃる通りですな。ここはわしが引き下がるとしましょう。しかし鳴殿、親衛隊入隊の件、前向きに検討していただきたい」


「ええ、もちろんそのつもりです。せっかくの勧誘を無下になんてできませんからね」


鳴としては、今のところは、親衛隊に入隊する気はなかった。しかし、本当に自分が求められているとわかった時には、その申し出を喜んで受け入れようと思っていた。


「ところで鳴。私、あなたに何かお礼をしたいです! 私と一緒に、王都に来てくださりますよね?」


「ええ、喜んで」


「よかった! アレクセイ、すぐに馬車の準備をして!」


「お任せくだされ!」


アレクセイは馬車の用意をしにいった。鳴の近くでは、ソフィアがニコニコと笑っている。一体王都とはどのような場所なのだろうか? もしかすると、王様に会えたりなんてするのだろうか? どんな人たちがいるのだろうか? 想像をすると止まらなくなった。様々な初体験に、鳴は心踊らせていた。




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