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浪人列伝  作者: 宮本護風
グランヴァール王国編
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第二十八話 尾行者

 一夜明け、鳴たちはすでにカルデブルグまでの道を歩んでいた。カルデブルグに向かうにつれて美しい景色が目の前に広がり始める。カルデブルグの美しい景色は身も心も綺麗にしてくれる。鳴は自分が護衛の任を仰せつかったことをどれほど呪ったことだろう。鳴は護衛という立場にいなかったら今にもこの大自然に身を委ねてしまいたかった。所々に集落も見られる。そこで働く農民たちは笑顔であった。みんなが畑仕事に精を出している。どうやらジークフリートによる復興事業は着実に進んでいるようだ。鳴はひとまずカルデブルグが正しい道を歩み始めたことに安心した。

 しかしその一方で妙な胸騒ぎも感じていた。どうも宿場町を出発してから誰かにつけられている気がしてならない。マックスやブレフトは全く気づいていないようだが、鳴だけはその存在に気づいていた。正確には、気づいていたというよりかは、つけている者がいるに違いないという確信であった。

 鳴はラッセルにこの事実を伝えるかどうか迷っていた。注意深くなることに問題はない。何か不測の事態に備えておくこと非常に重要なことだ。しかし注意深くなりすぎることは新たな不安を招く。不測の事態が起こったならば、それまでの不安や苦労は意味のあるものになるのだが、もしも何も起こらなければ、それは杞憂に終わってしまう。そんな二つの感情の板挟みになりながら、鳴はこれを馬車の中の人々に報告するか否かどうかで一人で苦悶していた。


「一体どうしたものか……」


 鳴が独り言を言って、天に答えを求めるかのように空を仰いだその時、魔力の流れを鳴の体が無意識に捉える。魔術漬けの日々を送っていた鳴は魔力を感じ取れるようになっていたのだ。鳴はその無意識の感知を見逃しはしなかった。馬車が前に進み続けるのもよそにして、鳴はその場でピタリと馬を止める。今我々の集団の中に、魔術を使えるものは鳴だけしかいないはずだ。仮にいたとしても、今魔術を用いる必要性がない。馬車の中で何が起こっているかはわからないが、何か異変が起こったら、キャロルが何らかの形で必ず鳴に伝えるはずだ。マックスやブレフトは昨日の夕食の場で魔術は使えないと公言していた。そして何より、鳴自身が魔術を行使していない。これらの推察から鳴が出した答えは、尾行者は確実にいるということだった。馬を止めていた鳴は即座に馬を走らせて部隊に追いつき、馬車の扉をノックする。そのノックに答えたのはフィオナだった。フィオナは窓を開き、鳴に不躾な態度をとる。


「あらどうしたの? あんたみたいな女々しい奴がいったい何の用かしら?」


 フィオナはほくそ笑みながら鳴を小馬鹿にした発言をするが、鳴の表情を見て硬直した。これまで見たことのなかった、睨みつけるような鋭い眼光と、ただならぬ雰囲気を漂わせていたのだ。フィオナの言葉を受けて、鳴はフィオナを見る。フィオナは鳴の真剣な表情を初めて見た。これにはフィオナは自分の今の態度が悪かったのだろうかと自己の行動を省みた。


「お前と遊んでいる暇はない。ラッセル様にお話があるのだ」


 普段の鳴は比較的高い声で話すが、今回の鳴は違った。ドスが効いたような太く、低い声でフィオナを制する。圧倒されたフィオナは黙って鳴がラッセルと向かい合えるような位置に移動する。

「どうしたのだ、鳴?」


 ラッセルは今起こった事態を飲み込めていない。ラッセルとて、鳴のこのような真剣な様子を見るのはあのグランヴァール王国がカルデブルグに攻められた時に開かれた三大貴族会議以来だ。その様子から、何か異変が起こったことをラッセルは感じ取った。


「申し上げたいことがあります。耳をお貸しください」


「そんなにも重大な出来事が起こったのか? 私にしか話せないことか?」

 

 ラッセルが事の深刻さを尋ねる。鳴はしばらくおし黙り、少しばかり考えてから返答する。


「それなりに重大なことと考えます。最悪の場合、皆さんの身の危険もあり得ます」


「ならば皆が知っていても良いだろう。ここには護衛も合わせて6人しかいないのだ。このうちの誰かに伝わったからと言ってたいした問題は起こらんだろう」


 ラッセルの指示を受け、鳴は馬車の中の全員に打ち明ける決意をする。


「それでは申し上げます。我々は何者かに尾行されています。それも、相手は魔術を行使するものと思われます」


「何ですって!?」


 ラッセルよりもフィオナの方が早く鳴の言葉に反応する。


「そんなの私たちが危険な状態にあるってことじゃない! 捕まったらどうするのよ!? 殺されちゃうかもしれないわ!」


 フィオナは明らかに狼狽している。普段の自信過剰な態度とは打って変わって、動揺を隠しきれずにいる。激しく動揺するフィオナにキャロルが優しく言葉をかける。


「フィオナ様、落ち着いてください。まだそうとは決まったわけではありません」


「いいえ、決まっているわ! 私たちはもうおしまいよ!」


 キャロルの言葉に耳も貸さず、依然として不安な気持ちから騒ぎ続けるフィオナ。鳴はフィオナを落ち着かせるため、フィオナの肩を両手でグッと持つ。そのままフィオナを自分の方を向かせて目を見つめながら声をかける。


「安心しろ、俺たちはお前たちを守るためにいるんだ。何があろうともお前やラッセル様、そしてキャロルを傷つけたりはしない。俺の命に代えてもな。とにかく、大丈夫だから落ち着くんだ」 

 

 鳴の毅然とした表明に、フィオナはなぜか落ち着きを取り戻した。鳴の言葉がフィオナの心に響いたのだ。フィオナは落ち着きを取り戻して、目からこぼれ落ちそうになった涙をぬぐいながら、またいつものように減らず口を叩く。


「ふん……。別に怖くなんてないわよ。せいぜい私たちを守ることね」


 とりあえずフィオナを落ち着けることはできたが、事態の深刻さを未だに変わってはいない。ラッセルが詳しい状況を鳴に尋ねる。


「それより、どうして尾行者がいるとわかったのだ?」


「魔力の流れを感知しました」


「お前、魔術が使えたのか?」


「ええ、始めたのはほんの数日前からですが、中級魔術まではすでに身につけています。ですから、この感知は決してあてにならないものではありません」


「なるほど……」


 事情を聞いたラッセルは、手を顎に当てて思案する。


「戦争が終わっても策を講じて敵国を陥れるような例はこれまでにもあった。確かにそれを想定はしていたが、可能性は限りなく低いと思っていた。単なる交渉だと信じきって出発した私が愚かだった」


「私も確かにその可能性はあると予測していました。ですから魔術の習得を迅速に進めたのですが、中級までしかたどり着けませんでした。しかしそうであったとしても、何らかの役には立ちます。それに、マックスとブレフトという強力な味方もいます。それに、まだ尾行者が我々を陥れる存在だとは決まっていません。ここはまだグランヴァール王国領内ですからね。ただの偵察ということもあり得ます。とにかく今はこれまでと変わらず普通に行動することが上策かと」


 鳴の献策に、キャロルが割って入ってくる。


「今から引き返すことはできませんか? 事情を話せば、陛下もわかってくださるはずです」


「問題はそこにはない。外交関係に影響すら与えるんだ。もしもここで俺たちが引き返して交渉に参加しないとなれば、ラマレア帝国側が、グランヴァール王国は交渉に応じたのに姿を現さなかったとして糾弾し、関係が悪化することになる」


「でも先に仕掛けてきたのはラマレアの奴らじゃない!」


 フィオナが自分の保身のために、鳴に反論する。


「偵察をしているだけでは仕掛けたとは言えない。実力行使をしていない以上、相手は何とでも後で言い逃れができる。いずれにしろ、ここで引き返しては損しか生まれない」


 鳴に理路整然と説明を受けたフィオナは何も言えなくなってしまう。


「鳴の言う通りだ。今はこのまま進む他ない。カルデブルグに到着次第、次の策を考えるとしよう」


 ラッセルの決定によって鳴たちはそのまま進むこととなった。危害を決して加えないと表明した以上、何としてもこの3人の身は守らなければならない。鳴は馬車の後部で延々と注意を払うこととなった。




 一方同じ頃、鳴たちの集団の後ろで、例の二人が森の中に潜んで鳴たちの動向を伺っていた。二人は鳴が突然動きを止め、そこから何かに取り憑かれたように即座に馬車の中の人間と会話をして、また戻ってきてはあたりを頻繁に見回しながら、ひたすら警戒をしているという一部始終を見ていた。


「ねえ、ジェシカが言っていたあの一番弱いやつ、俺たちの存在に気づいたみたいな感じがするんだけど。動き方がさっきと明らかに違う」


「そんなバカな……。気づかれる要素なんてないじゃない」


 ジェシカという名の女性は少年の指摘に狼狽する。自分が一番相手にならないと思っていた人物に気づかれたかもしれないのだ。気づかれたことよりも、自分の読みが誤っていたことの方に、彼女はショックを受ける。


「気づかれたの、俺のせいかもしれない」


「は!?」


 少年の度重なる予想だにしない発言にジェシカは驚いてばかりいる。


「そんなの、ルーカスは何もしていないじゃない?」


「さっきからずっとしていることがあるじゃん」


「まさか、魔術のことか?」


 ルーカスは数少ない魔術師だ。彼は先ほどから、鳴たちの行動を拡大して捕捉することのできる魔術を使い続けていた。


「うん、さっきちょっと力加減を間違えちゃったんだよね。少し強めに魔力を解放しちゃったんだ。その時からだよ。まさにその時、あいつが何かに気づいたように動きを止めたんだ。それからあの一団の様子が慌ただしくなって、様子が変わったんだ」


 ルーカスの言葉を受けて、ジェシカはしばらく考え込む。


「ということは、あいつも魔術を使えるのか?」


「もしバレているんならね。まあ、十中八九、気づいていると思うけど」


「驚いたな……。今魔術を使える者が、二人も同じ場所にいるなんて……。あいつは早く片付けた方が良さそうだな」


「殺してもいいの?」


 ルーカスはジェシカの言葉に敏感に反応し、魔術の使用をやめて、ジェシカの方を振り向く。物騒な言葉を使っているのに、無表情であった。ジェシカはいつもこのルーカスの表情と、発される言葉の不一致が気味が悪くて仕方がない。


「ああ。とにかく、気付かれた以上、もう偵察をする必要は無くなった。ネプチュナスに帰って、皇帝陛下に報告するわよ。殺すのは、あいつらが帝国に入ってからだよ」


「ジェシカは臆病すぎるんだよ、まったく」


「あんたとは違って慎重なんだよ。あいつも魔術師だとわかったことだけでも大きな収穫さ。さあ、帰るよ!」


 ジェシカの掛け声と同時に、ジェシカとルーカスは森を抜け出して走り出した。その速さは常軌を逸していた。忍者のように迅速に走り去って行った。


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