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浪人列伝  作者: 宮本護風
グランヴァール王国編
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第二十六話 到着

 一同はカルデブルグまでの途中にある宿場町に到着した。今日はこの町で宿を取ることになっている。馬車が町に入り、鳴は馬車の後ろから町の様子を、馬を走らせながら観察する。

 やはり宿場町だけあって、非常に活気がある。グランヴァール王国に向かう行商人、それに付き従う傭兵、各地を転々としてその日雇いの仕事につく冒険者など、あらゆる階層の人々で賑わっていた。酒場などの飲食店も点在しており、とても賑わっている。酔っていて大声で話す者もいるし、一人で酒を飲みながら何かを考えている者もいる。客引きの女性が冒険者の手を引っ張る様子も見て取れる。

 酒場を抜けたあたりからは、行商人が商売をしていたり、固定的な店だなが出されているなど、商業エリアへと入った。ここでもやはり人々がそれぞれ活発な行動をとっている。大きな声で何を売っているか、どれほどの値段であるかを不特定多数野道を行き交う人々に伝える商人。地べたに座り、膝のあたりで頬杖をつきながら、客を待っている商売人。露出度の高い服装で、男の客に高い商品を買わせる女商人。そんな様々な人々で溢れかえっていた。 

 この町は生きているのだ。もちろん、町に生命が宿っているわけではない。町に生命が宿っていると思えるほどに、流動的で、人と人との繋がりが活発で、賑わっているのだ。鳴はこのような感覚を初めて味わった。鳴の生きていた世界では、人々は他人の生活には、たとえ隣人であったとしても無関心で、会っても挨拶をしなかったり、肩がぶつかっても謝罪すらしないといった冷淡な行動が日常茶飯事であった。それゆえ、こんな光景が、鳴にとっては非常に新鮮であった。 

 鳴が宿場町の様子に見入っていると、忽然と隊列が停止する。思わず鳴は馬車に衝突しそうになった。マックスが馬車の前の方から鳴の方へと向かってくる。


「今日宿泊する宿へと着きました。もう警戒態勢を解いても大丈夫でしょう。宿に入る準備をしておいてください」


「ああ、了解した」


 鳴が馬から降りて宿の中へと入ると、そこは決して綺麗とは言えなかったが、周りと比べれば整然としていて、まあ眠るには適した場所であった。これも公使の立場所以だろうか。鳴はそんなことを考えながら宿の中を物色する。ラッセルが宿のカウンターで宿泊の手続きをしている。フィオナは相変わらずむすっと不満そうな表情を浮かべている。マックスとブレフトは気の合う話でもあるのだろうか、楽しげに談笑している。鳴もその中に入ろうとして、二人の元へ向かおうとした瞬間、鳴の後ろから、鳴に言葉が向けられる。


「お勤めご苦労様でした」


 鳴が後ろを振り向くと、そこにはキャロルの姿があった。キャロルはあざとく、鳴の顔を下から覗き込んでいる。そんなキャロルの女性らしさを垣間見た鳴は少し動揺してしまうが、すぐにとりなす。


「ああ、キャロルか。そっちも馬車の中であのじゃじゃ馬の相手はしんどかっただろう?」


「いいえ、そんなことはありません。ただ少々おいたが過ぎたようなので、釘を刺しておきました」


 キャロルは笑っているが、鳴は背筋に何か悪寒が走ったような気がした。前々から思っていたのだが、キャロルはどこか怖いところがある。おっとりと微笑みながらも、常に周囲に注意を払って鳴のために全力を尽くしてくれる。それはいいのだが、少々やり方が怖いのだ。徐々に相手を追い詰めるようと言うか、何か威圧感がある。それが笑ってなされるのだからなおさら恐ろしい。何かラッセルやフィオナの気に触ることがなかったならばいいのだが。そう思いながら鳴は引きつった笑顔を浮かべながらキャロルを見つめていた。


「私の顔に何かついていますか?」


「いいや! そんなことはないぞ!」


「だったらどうしてそんなにも私をジロジロと見ているのですか?」


 キャロルが何か鳴の心を見透かすようにずいっと鳴の顔のまさに前にキャロルの顔を持ってくる。鳴は焦って顔を後ろに引いてしまう。


「な、なんでもないって!」


 鳴の必死の対応にも、キャロルはひるむことなく鳴の表情から何かを読み取ろうとする。しばらくキャロルは鳴の表情を物色していたが、気が済んだのだろうか、キャロルは顔を遠ざけた。


「そうですか。ならいいのです」


 キャロルはそう言ったが、鳴はキャロルに今考えていたことを読み取られたような気がして背筋が寒くなっていた。やはりキャロルは恐ろしい。

 そうこうやりとりをしているうちに、ラッセルが宿のカウンターから離れる。どうやら宿泊手続きが終わったようだ。


「よし、それぞれ部屋へ移動するぞ。ここからは自由時間だ。集合は明日の朝だ。そこからまた出発する。それでは解散!」


 ラッセルの掛け声とともにそれぞれが各自で行動する。ラッセルとフィオナは二人で部屋に向かったようだ。マックスとブレフトも仲良さげに話しながら階段を登って各々の部屋へと向かう。階下に残されたのはキャロルと鳴だけだった。


「俺たちも部屋へ行こうか」


「かしこまりました」


 鳴とキャロルが階段を登る。鳴とキャロルは主従関係にあるとは言ってもやはり性別はある。何か間違いが起こってはいけないので、念のため部屋は別々にしてある。鳴とキャロルはそれぞれの部屋の前にたどり着く。


「しばらくして落ち着いたらご飯でも食べに行こうか?」


「そうですね。私の準備が終わり次第、伺わせていただきます」


 二人は口約束をかわしてそのまま部屋に入っていく。

 部屋に入ると、そこには粗末な光景が広がっていた。一台のベッド、1組の机と椅子があり、ベッドの上には大きな窓があった。それ以外には何もなくて、実に質素な作りであった。鳴はそのままベッドに腰掛ける。キャロルの準備はもう少しかかるだろう。それまでしばらくゆっくり過ごそう。そう思った鳴だったが、やはり一人になると魔術のことが頭によぎる。そう言えば今日はまだ魔術に触れていなかった。即座に鳴はキャロルが部屋を訪れるまで、無属性魔術の練習をしようと決めた。


「成功するかどうかはわからないが、やってみるか」


 鳴はそんな独り言を言いながら、魔力を手のひらに集める。いつものように手の中には各属性の色彩が広がる。もう何百回と見た光景だ。その色が各々混ざり合い、灰色に近づく。ただ近づくだけで、灰色にはならない。鳴は心の中で必ず成功させると意気込んで、微妙な魔力の調整を試みる。

 どうせダメだろう。鳴は半ば諦めながら魔力の調整をしたが、心なしかいつもよりも灰色に近づいているような気がした。それに鳴が図らずも気づいてしまった時、やはり心の安定が崩れる。微妙な力配分が崩れてしまう。手のひらの中で魔力は喪失した。

 行使自体は失敗したが、鳴は自己の能力が確実に向上していることを確信した。鳴はそれだけで今日の練習は成功に終わったと考え、上機嫌になった。そのままベッドに寝そべって、少し休もうと思った時、ドアをノックする音が聞こえる。

 キャロルにしては早すぎる。まだ10分も経っていない。鳴が不審に思いながらドアを開けると、そこにはマックスとブレフトの姿があった。


「今日の任務も終わったことだし3人で飯でも行きません?」


 マックスがいたずらっぽい表情で、親指で外を指差しながらくいくいと動かす。ブレフトも笑顔で隣で笑って立っていた。


「いいじゃないか! 行こうぜ!」


 二人からの申し出を快諾した鳴だったが、重要なことを忘れていた。キャロルと約束をしていたのだった。さっきまで笑顔だった鳴の表情に何かに気づいたように口を開けた表情が加わる。そんな鳴の異変にブレフトが気づく。


「どうかしました?」


「実はキャロルと飯に行く約束をしていたんだ。二人が良かったら、四人で飯でもいいか?」


「もちろんっすよ! あんな美人とご飯が食べられるなんて、誰が嫌がるんですか!?」


「マックスは遊び人だからな。俺も問題ないですよ」


 マックスとブレフトは嫌がるそぶりを全く見せず、キャロルの参加をむしろ楽しみにしているようだ。


「よし、そうと決まれば四人で飯に行こうか! キャロルはもう少し時間がかかりそうだから、この部屋で待っていてくれ!」


「私がどうかしましたか?」


 突如としてキャロルの声がマックスとブレフトの後ろから聞こえる。キャロルの声に驚いた二人は怯えたような表情を浮かべて肩を竦める。


「うおっ、びっくりした!」


 マックスが大きな声をあげて驚く一方、ブレフトは冷静な表情を浮かべていたものの、動揺を隠しきれていなかった。


「ああ、キャロル。思ったよりも早かったな。実はこのマックスとブレフトと一緒にメシを食うことになったんだ。構わないか?」


「そうですか……。ええ、大丈夫ですよ。こんなにも格好いい殿方お二人と食事をご一緒できるなんて、楽しみです」


「おお〜」


 キャロルの言葉にマックスが急な笑顔になる。マックスが遊び人だということは事実だようだ。

「おいマックス。表情にだらしなさが出てるぞ」


「はあ!? そんなんじゃねえよ!」


 二人が口論を始める。鳴が二人の仲裁を買って出ようとするが、それよりもキャロルが先に動く。


「お二方、これから楽しい食事なんです。喧嘩はやめてくださいませんか?」


 キャロルが笑顔で二人に問いかける。その愛嬌には二人は逆らえない。特にマックスはあからさまだ。


「はい……」


 マックスがキャロルに見とれて喧嘩をやめてしまう。ブレフトもキャロルに注視している。そんな二人を見て、鳴は二人を急き立てる。


「はい、もう二人ともいい加減にしろ! さっさと飯に行くぞ!」


 外はもう暗くなり始めていた。四人はそのまま夜の街へと繰り出した。


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