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浪人列伝  作者: 宮本護風
グランヴァール王国編
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第二十二話 褒賞

 パーティーの翌日、鳴は謁見の間に呼び出される。一体何事か。また他の国が攻めてきたりしたのか。そんなことはまっぴらごめんだ。鳴は一抹の不安を抱きながら、謁見の間に足を進めている。

 鳴に国王が呼び出しているとの報告をした使いの者は、狼狽した様子もなかったから、悪い報告ではないと思うのだが、その場にならないと報告の内容が受けられないという事実が、鳴をもどかしい気持ちに追い込んだ。はっきりしなくて何かもどかしい、今はそんな感じだ。

 謁見の間の扉の前まで来ると扉の前に控えている従者が扉を開く。いよいよ呼び出しの真相が明らかとなる。鳴は若干緊張しながら徐々に開く扉の前に立っている。

 扉が完全に開いた時、いつものように国王が玉座に座っていた。玉座へと続く階段の下には、クラウドがいた。昨日のうちに帰ってきたのだろうか。いつもと同じように二人が謁見の間にはいた。  

 ただいつもと一つ違ったことがあった。その場にはラッセルもいたのだ。この前の謁見の時とは違った状況に鳴は若干違和感を覚えながらも、国王の玉座へと歩みを進める。

 玉座へと続く階段の前にやって来ると、鳴は国王に跪く。


「神楽鳴、ただいま参上致しました」


「うむ、面をあげよ」


 昨日のパーティーのような砕けた場における国王とは違う。何か厳粛な雰囲気が国王の体から発されていた。鳴は思わず圧倒されてしまう。昨日のまま国王に対応していたら、きっとまずかった。鳴は形式通りに謁見したことを、自分の行動ではあるが、それに感謝する。


「何かございましたか?」


「うむ。また鳴に頼みたいことがあるのじゃが」


「お聞きしましょう」


「此度、カルデブルグを占領したのは周知のことではあるが、旧領国のラマレア帝国が、現在捕虜となっているカルデリア一家の返還を求めてきてな。それを昨日ヴェルタスに帰還したクラウドから報告されたのだ。ついてはその任務をラッセルに任せようと思うのだ」


「賢明な判断でございます。ラッセル様は内政や外交によく精通されておられるお方です。ラッセル様なら、捕虜返還交渉も造作無く、また最大限の効果をあげて完遂されるでしょう」


 鳴はとりあえず国王の考えに賛同の意を示した。適当に示したわけではない。鳴自身もそれが一番良いと思った。クラウドは確かに有能だが、一国の皇太子が他国に出向くのはリスキーすぎる。国王が行くのは、なおさらだ。ラッセルは内政にも精通していて、グランヴァール王国の頭脳となるような人物なのだから、きっと外交にもその手腕を振るうだろう。国王の提案に、鳴は特に不満はなかった。しかしこれは鳴に対する頼みではない。ただ鳴に意見を聞いただけに過ぎない。不審に思った鳴は恐る恐る国王に奏上する。


「恐れながら陛下。私への頼みとは、国王の考えに対し私が意見を述べることだったのでしょうか?」


「はっはっは。バカを言うな。そんなはずなかろう。鳴にも頼みたい役目があるのじゃ」


 鳴の発言を浅はかだと思ったのだろうか、国王は笑い出す。


「鳴にはラッセルの護衛を頼みたいのだ。もちろん、鳴一人ではない。協力者として、鳴の好きな者を連れて行くが良い」


「私が、ですか?」


「そうじゃ。鳴はグランヴァール王国を立派に救ってくれた。鳴にとっては、この程度、造作もないことであろう? 実際、今回鳴を護衛に推薦したのはクラウドなのだ。ラッセルの強い希望もあってな。引き受けてくれるか?」


 こうも褒められて頼まれては断ることも難しい。鳴は口角を上げて笑顔になる。


「私でよければ、お引き受けしましょう」


「おお、そうか!」


「鳴。よろしく頼むぞ。出立は三日後じゃ。それまで何かと忙しいだろうが、準備を進めておいてくれ」


 ラッセル直々に鳴に期待をかけられる。鳴は嬉しさがある反面、絶対にラッセルを守りぬかなくてはならないという使命感にも駆られていた。


「それともう一つ話があってな……」


 国王が再び口を開く。もう一つ頼みごとでもあるのだろうか。だとしたら本当に気が滅入ってしまう。これでは鳴は便利屋同然ではないか。鳴は最悪の結果を想定して一抹の恐れを抱きながら国王の言葉を拝聴する。


「父上、ここは申し出た私から鳴に話をさせて頂いても宜しいでしょうか?」


 クラウドが突然国王に奏上した。


「おお、それも尤もじゃな。よし、クラウド、そなたが鳴に話すが良い」


「ありがたく存じ上げます」


 クラウドは国王に一礼してから鳴の方を見る。


「こんな重々しい場で話すのも苦しいだろう。外に出て気楽に話をしよう」


 クラウドは笑顔で鳴に提案し、鳴はコクリと頷いた。思っていたよりも軽い話のようだ。少なくとも、クラウドの笑顔からは悪いことを告げるような雰囲気は感じ取れなかった。






 謁見の間から鳴とクラウドは罷り、王宮の廊下を歩いていた。クラウドは鳴の前を歩き、それに鳴がついて行くという形で歩いている。クラウドが歩きながら大きな伸びをする。それに伴って気持ち良さからうなり声が発される。クラウドもカルデブルグでの戦後処理が相当忙しかったのだろう。きっと疲れもたまっている。それでも仕事をこなすクラウドを鳴は素直にすごいと思った。


「全く、疲れが溜まる一方だ」


「カルデブルグでの戦後処理は無事完了したのですか?」


「ああ、所領におけるものはな。あとは今話題になった捕虜問題だけだ」


「そうでしたか。大変だったでしょうね」


「ああ。だが鳴の疲れに比べたら、とてつもなく小さいものだろうな」


「ご謙遜を。クラウド殿下の時間稼ぎがなかったら、今頃グランヴァール王国は火の海ですよ。決して私だけが激務をこなしたわけではありません」


「どっちがご謙遜だよ」


 鳴の働きは多方面から評価されているようだ。戦後処理という面倒な職務を全て片付けたクラウドにとっても鳴はひときわ素晴らしい働きをした人間と認識されている。歩くに連れて、次第に鳴が来たことのない王宮の部分にやってきていることがわかる。初めて見る部分だ。


「ところで、褒美とかまだもらってなかったよな?」


「陛下が、私のためにパーティーを開いてくださったのですが、まさか他にも?」


「お前のような英雄にそんな適当な扱いができるわけないだろう?」


 どうやら他にも褒美があるようだ。鳴は特に欲しいものなどなかったから、別段心が踊ったというわけでもなかった。

 しばらく歩いていたが、クラウドは突然歩みを止める。クラウドの前には大きな扉が佇んでいた。


「鳴に物欲がないことはわかっているからな。だから俺は鳴にあれをやることにしたよ」


「あれ?」


「もう忘れたのか? 初めて俺とあった時に欲しいって言ったやつだよ」


 クラウドは言葉を濁しながら扉に手を触れる。


「扉よ、開いて我にさらなる知識を与えよ」


 クラウドは詠唱により、この扉を解錠する。扉は魔術により閉ざされていたのだ。クラウドは体重をかけて重厚な扉を開く。開かれた扉の先には大量の魔術書が本棚に隙間なく敷き詰められていた。鳴はこれまでの記憶と記憶を繋げ合わせてはっと確信する。そう、この部屋は鳴が求めていた攻撃魔術書の倉庫だったのだ。


「これは……」


 鳴の全てを察したような顔を見て、クラウドはくすりと笑う。


「わざわざ説明する必要もなさそうだな」


 クラウドはこの部屋に入りながら概要の説明をする。


「攻撃魔術を教えてくれとお前に頼まれた時、俺はお前が攻撃魔術を使うに値する人間かどうかを見極めてからだと言ったな。今回の作戦の成功は、鳴の価値を証明してくれた。どんなに褒め称えられても、驕ろうとはせず、常に謙虚であり、これからも更に向上し続けようとするお前のような人間にこそ攻撃魔術を使う権利がある。いや、お前のようなできた人間なら、使うのが義務だ。だから、少し遅くはなってしまったが、お前に攻撃魔術を解禁しよう」


「本当ですか!?」


 鳴は攻撃魔術が学べると伝えられ、まるで好奇心に満ち溢れた幼子のように目をキラキラと輝かせてクラウドを見つめる。


「ああ、本当だ。ここは魔術図書館だ。総蔵書数のべ10000冊だ。グランヴァール王国のかつての栄光の名残だな。昔は繁栄していたってのも、これで証明できただろう? グランヴァール王国は魔術を学ぶにはもってこいの地だ」


「すごい……。色々見て回ってみてもいいですか?」


「もちろんだ。今日からお前はこの部屋に自由に出入りでき、自由に本を読むことができる。ただ、まずは基礎からだ。俺が初級魔術を教えてみるから、やってみてくれ」


 クラウドは若干誇らしげに、すでに攻撃魔術の知識を持っており、鳴に教授者としてこれからは立ち会うことを示唆する。


「よろしくお願いします」


 鳴はとりあえず礼を言っておいた。鳴には、ほんの少しの努力で身につけるという特筆すべき才能がある。クラウドにはまだその力がいかほどのものかを計り知ることはできなかった。このクラウドの矜持が打ち砕かれるのも遅くはなかった。






 何の障害もなく、まるで数年前から攻撃魔術を使えたかのように手の内に炎を滾らせる鳴を見て、クラウドは愕然とする。


「嘘だろ……? まだ初めて1時間も経っていないぞ? 1時間前までは素人同然だったのに、どうしてこうも早く身に付けることができたんだよ?」


「あはは……」


 クラウドの驚嘆の言葉に、鳴は手を後ろに回して頭を掻きながら気まずそうに笑っている。鳴にもわからない。自分でそんなにも優れた能力があるという実感は全くない。能力とかいう目には見えないものを所有しているという感覚は非常に薄いのだ。


「俺なんて、魔術の素養があるとわかってからすぐに魔術を教え込まれたが、ここまで順調に初級魔術を行使できるようになるまで一年はかかったぞ? 一体お前はどうなっているんだよ?」


「自分でもよくわかりませんが、集中して練習すれば習得が早くなる気がします」


「一年もかかった俺は集中していなかったと?」


「い、いえ! そういうつもりで言ったのでは……」


「案ずるな。少し茶化しただけだ」


 クラウドの揚げ足取りに鳴は大慌てで自分の発言に他意はないことを強調する。そんな意地悪なクラウドは鳴の慌てっぷりをみてケタケタと笑う。

 ここまでの学習で攻撃魔術の基礎を鳴は学んだ。まず攻撃魔術には7つの属性がある。そのうちの六つは互いに対立し合っている。火と水。風と土。光と闇。これが主な魔術の属性だ。しかしもう一つ例外があり、それは無だ。無は何にも対立しない。つまり何か他の属性に勝ることがないのだ。しかし、逆も然り、何の弱点もない。このような利点を持つ無属性魔術は習得が非常に難しい。それゆえ例外であるのだ。

 攻撃魔術には治癒魔術同様に、階級もある。今鳴が学んでいた初級に始まり、中級、上級、超級、超弩級がある。鳴は現在、上級治癒魔術までを使用できるので、攻撃魔術も上級の使用を目指すことになった。


「さて、初級魔術の習得も終わったことだし、しばらく休憩にしようか。俺は少し席をはずすから、適当にそこらへんの本を見て時間を潰しておいてくれ。30分までには戻る」


「了解しました」


 クラウドはそのまま部屋を後にした。


「さてと……」

 

 鳴は好奇心を高ぶらせ、魔術図書館の探索に精を出す。ここには多種多様、様々な魔術書がおいてある。整然だって属性ごとに分別された魔術書は知識の宝庫であった。鳴は手当たり次第に注意を引く書物を手に取りパラパラと目を通す。先ほどの勉強のおかげで、書いてあることが完全とまではいかないが、大方理解できる。知らないことがたくさん載っており、それを知ることは鳴にとって無上の喜びであった。そんな好奇心に任せて鳴は特に考えもせずに次から次へと魔術書を手に取り目を通す。

 10冊程度だろうか、何冊か魔術書を読み終えて、次の書物を探そうとした時に、なにやらただならぬ雰囲気をたたえた空間があった。この図書館には光が差し込まないようにできている。貴重な書物が日に焼けて裂傷しないようにするためだ。そのため、この図書館は少し気味が悪いのだが、それにも増して、その空間だけは一層外部とは隔絶された何とも言い難い忌々しい雰囲気であふれていた。

 鳴は興味本位で近づいてみる。近づくにつれて、その空間の異様さが身にしみてわかる。明らかに空気が違うのだ。その空間の入り口には『禁書につき立入厳禁』と大きな文字で記された張り紙が貼ってあった。入ってはいけないと言われてしまっては入りたくなるのが人間の性だ。まして好奇心旺盛な鳴が入ろうとするのは言うまでもない。鳴が禁止事項を犯してその空間に入ろうとしたその時、扉が開く音がする。クラウドが帰ってきたのだ。


「よし、先ほどの続きをやるとするか!」


 今の鳴の行動が露見してしまってはまずい。鳴は慌ててその空間の入り口までにある本をとっさに手に取りあたかも熟読していたかのような体裁を整える。クラウドは書物に魅了されているかに見える鳴を見つける。


「何やっているんだ、そんなところで?」


「いえ、この本が面白くて見入ってしまいました」


「ほう、無属性魔術の書物か。それでは、かなり高度な技術を要するが、無属性の学習を進めるとするか! 俺は机上でしか教えることができないがな!」


 無属性をクラウドは使うことができない。クラウドほどの熟練者でも使用するのがままならない魔術なのだ。偶然手に取った魔術書のせいで、鳴はそんな難しい魔術に手を出そうとしていた。


「じゃあ始めるとするか」


 クラウドのなすがままに鳴は従う。危なかった。もしも禁書庫に入っていて、それがバレていたらどうなっていただろうか。鳴はそんな想像に恐れおののきながら、クラウドについていき、再び魔術の学習を始めた。


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