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浪人列伝  作者: 宮本護風
グランヴァール王国編
22/39

第二十一話 宴にて

いつの間にか眠っていた鳴。何かに取り憑かれたようにふっと目覚める。外を見てみると、もう日は沈んでいた。何かおかしくないか? 最後に意識があったとき、空はまだ明るかった。もうすっかりあたりは暗くなっている。


「しまった! 寝過ごしてしまった!」


 慌ててベッドから飛び起きて支度を始める鳴。きっともうパーティーは始まってしまっているだろう。大した身分でもない人間が遅れるなど無礼にもほどがある。全く、キャロルには起こしてくれと頼んだのに、どうして放って行ってしまったんだ。キャロルのことが少し恨めしい気がした。


「とにかく早くパーティーに参加する服を着ないと!」


 服の用意すらしていなかった鳴は何が何だかわからないままあたりをうろうろするだけであった。特に何も考えずに体だけを動かしていると、ふと机の上の礼服に気がつく。鳴がそれに近寄ってみると、綺麗に折りたたまれた服の上には一枚の手紙が置かれていた。


『鳴へ

 あんまり気持ちよく眠っているようでしたので、起こしては申し訳ないと思い、起こしてほしいと頼まれてはいましたが、そのままそっとしておきました。陛下にも鳴のパーティーの遅れての参加の許可は取ってあるので、何も不安に思わずにゆっくりと支度をしてパーティーに参加してくださいね。それと二人で鳴に似合いそうなパーティー用の衣装を用意してみました。今宵はぜひこの衣装を身にまとってパーティーにご参加ください。それではパーティーで会えることを楽しみにしています

                               ソフィアとキャロルより』


「よかった……」


 残された手紙を読み、自分の愚行の尻拭いはソフィアとキャロルがしてくれていると知って、鳴は胸をなでおろした。手紙を脇に置いて、今度は用意された衣装を広げてみる。


「ほう……」


 鳴は感嘆のため息をつく。衣装は鳴好みのデザインであった。ソフィアとキャロルのセンスの良さには驚いた。加えて二人は自分の趣味までわかっているのかと感心せずにはいられなかった。

 袖に手を通す。悪くない着心地だ。例えて言うなら、高校の時に来たブレザーに似ている。鳴は急いで衣装を身にまとってパーティー会場へと向かった。






 パーティー会場はすっかり盛り上がってしまっていた。


「さあ、今宵は記念すべきグランヴァール王国救国の日! 今日は時を立つのも忘れて大いに楽しんでくだされ!」


 国王は会場の正面で大きな声で笑いながら言う。他の参加者も笑顔で談笑し、パーティーを大いに楽しんでいるようだ。

 しかし、肝心の主役が未だ登場していない。そう、グランヴァール王国を救ったまさに張本人、神楽鳴がいないのだ。中には彼の未参加を訝しげに思う者もいる。会場内にただならぬ空気が漂うのを敏感に察知したのはラッセルだ。ラッセルは国王の元に近寄り、こっそりと耳打ちする。


「陛下、鳴は一体何をしているのですか? このパーティーはもともと彼を讃えるために企画されたものです。それにもかかわらず彼が出て来ていないとあれば、少々具合が悪うございます。鳴がいないことを不満に思っている貴族も中にはいるようです。早急に対処した方が良いかと……」

「先刻、ソフィアに聞いたのだが、どうやら鳴はカルデブルグ遠征の疲労からの回復が未だに万全ではないようでの。ソフィアたちに起こしてくれと頼んだのだが、ぐっすり眠ってしまったようなのだ。ソフィアたちもせっかく疲れを癒せているのに起こしてしまうのは忍びないと思って、そのまま寝かせてきたらしい。パーティーが始まって、もう2時間が経とうとしておる。すぐだとは言われていたが、こうも長引いてしまってはのう……」


 現状を問題視していたのはラッセルだけでなく、国王も同じであったようだ。


「もう一度ソフィア様に鳴を起こしてもらうべきかと……」


 しびれを切らしたラッセルが鳴にパーティー参加を催促するのを提案したのとほぼ同時に大きな扉がゆっくりと音を立てる。参加者全員が一斉に扉の方を向く。会場の空気ははりつめる。扉の隙間から男の姿がゆっくりと露わになる。

 扉が完全に開いた時、そこには背は低いのだが、全てを圧倒するような威厳のあるオーラを見にまとう青年の姿があった。全てを穿つような眼光を放ち、決して大きくはなく、流麗である一方で、力強さを感じさせるような頑強さも併せ持つその男は、ゆっくりと歩みを進める。その歩みは国王の元へと向かっている。

 その男は真紅なモーニングを羽織り、胸からは自身の内面の純粋さを表すような真っ白なシャツが垣間見え、赤と白のコントラストが現出されている。

 扉からまっすぐ国王の席まで伸びるレッドカーペットの上を鳴は流れるように進む。足元は黒い革のブーツで飾られており、すらりとそこから伸びる脚は白いスキニーのようにほっそりとしたパンツで覆われている。髪の毛も前髪を上げつつ空気を含むようにふんわりとした形でセットされている。華麗かつ剛健な鳴の姿に誰もが息を飲む。男たちは鳴のように格好良くなりたいと願い、女たちは鳴のような理想的な男性に抱かれたいと思いながら鳴を見つめる。

 徐々に国王の元へと近づく。その表情には圧倒的な自信がにじみ出るような笑みが浮かべられていた。まるで今宵の支配者は国王でもなく、この国を救った俺だと言わんばかりの威圧感を与えているようだった。鳴自身、自分の功績を誇るような性格はしていない。それでもこのような他者を凌駕するような態度をとった所以は、蔑視されないようにするためだ。こんなぽっと出の若造など必ず軽視される。国王一家や三代貴族はもちろんそうではないが、まだまだ敵は多い。そのための引導を渡す必要があったのだ。この引導は効果覿面で、その場にいる全員が畏敬の念を鳴に抱いた。

 もちろん、ここからのフォローも鳴は忘れない。国王の御前にたどり着いた鳴は即座にその場に跪き、こうべを垂れる。そのまま鳴は謝罪の弁を述べる。


「神楽鳴、ただいま参上しました。私のために開いていただいたパーティーにもかかわらず、遅ればせながらの参加を許してください」


 先ほどまで発されていた圧倒的な威圧感が一瞬にして解けて、鳴の屈託のない笑顔からは天真爛漫な心持ちを周囲に示す。先ほどまで、国王までもが鳴に畏敬の念を抱いていたが、国王も一気に笑顔に戻る。


「よく来てくれたな! 余の招待に応じ参加してくれたこと、誠に嬉しく思う」


 国王は鳴の謝罪に丁寧に返事すると、聴衆の方を向く。


「皆の者! この男、神楽鳴こそがグランヴァール王国救国の立役者である! ようやく主役も登場したところで、もう一度仕切り直しじゃ! 今からも思う存分楽しんでくれ! それでは、グランヴァール王国の繁栄と、新たなる才能、鳴の登場を祝して、乾杯!」


 その場にいる全員が国王の号令に応じて手に持つグラスを上へと掲げる。傍から見ていたソフィアとキャロルも一件落着だと胸をなでおろす。今からが本当のパーティーの始まりだ。





 鳴が登場して以来、鳴は貴族の子女たちの格好の的だ。


「鳴様はどこからグランヴァール王国に参られたのですか?」


「ソフィア様のお話によりますと、鳴様はどんな難しいことでもすぐに習得なさってしまうとか。治癒魔術も即座に身につけられたと聞き及んでいますわ。ぜひ私にもご教授していただきたいのですが!」


「今回の作戦の立案も鳴様が行われたとか。どうすればそんなにも聡明になれるのですか?」


「好きなお方とかいらっしゃいますの? もしいなければ、私など……」


 鳴は次々と子女たちの質問攻めに遭う。さすがの鳴も苦笑いを浮かべ、適当にあしらわざるを得ない。しかし貴婦人にもてはやされるのは悪い気はしない。むしろいい気分に浸れる。鳴はすっかり鼻の下を伸ばしていた。

 これを見ていてソフィアやキャロルは全く面白くなく、不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「鳴ったら、さっきからずっと女の子に囲まれてすっかり鼻の下を伸ばして。ほんと、呆れてしまいます」


「私の主人として恥ずかしい限りです……」


 腕を組んでむすっとしているソフィアの一方で、キャロルは自分の主人の恥ずかしい姿に赤面している。


「こうなったら!」


 ソフィアは意を決して鳴を呼ぶ。


「鳴、こちらにいらしてください! 話したいことが沢山あります!」


 グランヴァール王女の意向には誰も逆らえない。鳴を囲んでいた女性陣もソフィアの方へと道を開ける。鳴は軽く会釈してソフィアの元へ向かう。


「すまないソフィア、助かったよ。抜け出す機会がなくて困っていたんだ」


「こちらからは喜んでいるようにしか見えませんでしたが?」


「な、何言ってるんだよ!?」


 ソフィアの鋭い指摘に鳴はあたふたしてしまう。心の裏では実際喜んでいたのだから仕方あるまい。キャロルも冷たい視線を鳴に送っている。


「キャロルは俺の味方だよな?」


「あんなにも大勢の貴婦人に情けない顔を見せる鳴様なんてもう知りません」


「そ、そんな……」


 鳴は一歩後ずさりしてがっくりと肩を落とす。そんな鳴の様子を見たソフィアが先ほどの不機嫌な表情から一転して笑顔に戻る。


「冗談ですよ。私たちがおざなりにされていたから、ちょっとからかって見ただけです」


「なんだよ! 本当に焦ったぜ」


 鳴はほっと胸をなでおろす。しかしソフィアからの視線は依然として向けられたままだ。怪訝に思った鳴はソフィアに質問する。


「まだ何かあるのか?」


「何か言うことはありませんの?」


「何って……」


 鈍感な鳴はなかなか気づかない。ソフィアは腰を若干前に突き出して胸を張り、自分の体を強調する。この行動で、さすがの鳴も一体ソフィアが何を求めているのかを判断した。

 ソフィアは鳴とお揃いで真紅のドレスを身にまとっていた。足元も赤いハイヒールで飾られる一方で、首元には赤と補色の関係にあるエメラルドのような宝石のネックレスがあり、赤と緑の一件相互に浸透し得ないように思える二色が見事な色合いを示していた。


「き、綺麗だよ。よく似合っている」


 鳴はソフィアの思わず見入ってしまう。鳴に見つめられるソフィアは恥じらいを隠せない。ソフィアは顔を赤らめる。


「あ、ありがとうございます」

 

 ソフィアはそっけない態度でそっぽを向き、キャロルの方へ居直る。キャロルは先ほどからずっとモジモジして恥ずかしそうにしている。キャロルのはっきりしない態度にソフィアはもう待てなくなっていた。


「キャロルもおめかししたんですよ。よく似合っているのですからもっと鳴に見てもらいましょう?」


「へっ? わ、私は大丈夫です!」


「大丈夫じゃありません!」


 ソフィアはキャロルの前から退き、鳴がキャロルをはっきりと見ることができるようにした。

 鳴は彼女の美しさに舌を巻く。ドルチェ村では全てを包み込む優しさのある気立てのいい田舎娘という風な印象を受けたが、今は違う。ソフィアとは対照的に青いドレスに身を包んでおり、同じく青いガラスのヒールを履いている。首飾りはつけてはいないが、耳には大きなルビーのような真っ赤な宝石のイヤリングが彼女の美しさを一層引き立てていた。今日のキャロルは貴族の子女の間に入っても全く遜色ない、気高い気品をたたえていた。

 鳴はすっかりキャロルに見とれてしまう。キャロルは恥ずかしそうに何度も足の位置を変えたり耳を触ったりしている。


「そんなのじろじろ見ないでくださいよう……」


 キャロルの恥じらいながらも精一杯頑張って発した声に鳴はハッと引き戻される。


「ああ、すまない。あまりに綺麗だったから、我を忘れて見入ってしまったよ」


「そうやってこれまでも多くの女性たちを落としてきたのですか?」


「なんでそうなるんだよ?」


「私はそんなに軽い女じゃありませんからね」


 鳴とキャロルが互いに笑い合い談笑していると、ソフィアが割り入る。


「今日のキャロルの衣装は私が見立てたんですよ?」


 キャロルの美しさを鳴に披露することができて、ソフィアも誇らしげだ。

 そんな楽しい雰囲気の中で突然、鳴は別の女性から声をかけられる。


「ちょっと、あんたが神楽鳴とかいうグランヴァール王国救国の指揮官?」


「は?」


 これまでの穏やかな内容の会話から一転した上に、急に奔放な態度で話しかけられたことで、鳴は質問の意味も理解できずに豆鉄砲を食らったような表情で振り返り、その女性の顔を見た。

 ソフィアやキャロルと同じようにドレスを身にまとっている。首にも大きな真珠のネックレスをかけていることから、貴族の子女であることには間違いはない。背は低く、顔が鳴の口元のあたりにあった。髪の毛は短く、何にも染まらない漆黒で染められていた。目はくりっと大きい一方でまだ胸は小さく、少し年下であるかのような印象を鳴は受けた。


「だから、あんたが神楽鳴?」


「そ、そうだけど……」


「何、その気の抜けた返事は。噂では優秀な男とは聞いていたけど、大したことなさそうね」


 その女は鳴を一瞥し、一言交わしただけで鳴を取るに足らない人物だと判断し、その場を立ち去った。まるで彼女は暇つぶしに鳴に話しかけ、期待にそぐわなかったと明示したようだ。


「なあ、あの女の子は?」


「さあ、私も存じ上げません」


「随分自由奔放そうな人でしたね」


 ソフィアとキャロルはその女性の態度に苦笑いを浮かべながら鳴の質問に答える。最後にこのような鳴に大きな印象を与える事件が発生してその日のパーティーは幕を閉じた。

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