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浪人列伝  作者: 宮本護風
異世界到来編
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第一話 出会い

気持ちのいいそよ風だ。燦々と降り注ぐ太陽の光。それでいて暑くなく、とても気持ちいい。鳴が次に意識を取り戻したのは、何もない草原に寝そべっている時だった。周りにあるのは数本の木だけだ。


「一体ここは?」


鳴は体を起こす。まだ頭がぼんやりしている。あの『審判の世界』にいた余韻がまだ残っている。

兎にも角にも、腹が減っていた。何かを食べなければ今すぐに倒れてしまいそうだ。しかし周りには何もない。


「どうしたものか……」


鳴が頭を抱えていると、突如、背後から大きな声が聞こえてくる。


「誰か! 助けて!」


女性の声だ。鳴の耳が悲鳴を捉えた。鳴の目つきが普段の温厚なものから鋭いものへと豹変する。一体何が起こったんだ。そう思って後ろを振り返ってみる。


「ああ! お願いします、どうか助けてください!」


声の主と思われる女性が、鳴の元へ駆けてくる。後ろには、盗賊か山賊、とにかくおおよそ社会には受け入れられなさそうな風貌の男3人が追随していた。


女性が鳴の元にたどり着くと、女性はそのまま鳴の背後に回り、鳴の袖を掴んで身を守った。女性はとても怯えているように見えた。


「あの男たちに追われているんです。どうか助けてください、お礼なら、なんでもして差し上げます」


話し方から、鳴はこの女はありふれた家の出身者ではないことを直観した。これは今の途方に暮れている状況を考慮すると、恩を売っておくのが賢明だろう。


「わかりました。後ろでそのまま控えていて」


鳴は空手の構えをとる。鳴は幼い頃、空手を習っていた。全国大会に行けるレベルではなく、中学校に上がる前にやめてしまったが、武道に心得のないものを打ち負かすことぐらい、わけなかった。山賊なんて、たいした実力もない、図体だけでかい脆弱な存在だろうと就は踏んだ。


男たちが鳴の周りを取り囲む。たっぷりと汚らしい無精髭を蓄えているリーダー格と思しき人物が口を開く。


「なんでぇ! 痛い目を見たくなかったら、その女をこっちによこしな! 大人しくしてりゃあ、命は助けてやるぜ!」


男たちは剣を持っていた。鳴は少し怯んだ。


ここは日本とは全く違っているようだ。相手は剣を持っている。ということは、武器の所有が認められているということだ。それにこの女性や男の身なりを見ても、現代人と思われる要素は一つもない。中世ヨーロッパに出てきそうなドレスを女性は身につけ、男たちはボロボロの布切れをまとっている。どうやら、中世ヨーロッパ的な世界のようだ。鳴は細かな分析を続けた。


鳴が何も話さずに黙っていて、事が進まずにしばらく時間がたってしまった。しびれを切らした山賊のうちの一人が大きな声で叫ぶ。


「おい! 黙りこくってんじゃねえぞ! それともなんだ、お前、俺たちとやり合おうってのか!?」


鳴は我に返る。鳴がしばらく黙っていたので、女性は不安そうに鳴にしがみついている。


「助けを求めているひ弱な女性を見捨てることなどできないっしょ。俺にはあなたたちが悪にしか見えない。ここは引き下がってもらえないっすかね?」


「テメェ、俺らに指図しようってのか!? いい度胸だぜ! おい、お前ら、殺したって釜わねぇ! やっちまえ!」


リーダーの合図で二人の男が一斉に鳴に襲いかかる。彼らは刃物を持っている。迂闊に行動すれば、鳴の命がない。慎重に動く必要がありそうだ。しばらく行動を見極めるとしよう。


「少し下がってて」


鳴の優しい声かけに、女性は安堵の表情を浮かべて、鳴の後ろに控える。鳴は女性の安全を確保すると空手の構えを再びとる。


「さあ、どっからでもかかってこいよ」


「うぉら!」


山賊の一人が威勢良く鳴に突っ込んでくる。相手は剣を持っているということに少しひるんだが、よく見極めれば、なんのことはなく、縦に切ることを意図した斬撃を容易にかわすことができた。

今度はもう一人が切りかかってきたが、これも同じように、体を右にそらしただけでかわすことができた。どうやらこの山賊グループは一人一人の能力自体たいしたことがないし、チームワークもない。武道に精通した鳴からすれば、チームワークのない集団との戦いなど、一対一をすることに等しかった。


二人の山賊がじりじりと間合いを取っている。進まない展開に、逆に鳴が今度はしびれを切らす。


「もう終わり? じゃあ、今度はこっちから行くぜ!」


鳴は足に力を込めて、即座に相手の懐に入り込む。あまりの早さに山賊は頭ではわかっていても、体の動きが追いつかずに対応できない。気づいた時には、鳴の、目にも留まらぬ拳打が山賊の顎の付け根を捉える。


「ぐぁっ!」


山賊はたまらずその場に倒れこむ。その弾みで剣を手から落としてしまった。


「畜生、てめえ……。って、あれ?」


殴られた山賊は剣を取って立ち上がろうとするが、うまく立ち上がれない。何度やっても足元がおぼつかず、すぐにずっこけてしまう。


「おい、何やってんだよ!」


「分かんねぇ! 分かんねえけど、立てないんだよ!」


鳴は殴った山賊の元に近づいて、落ちている剣を手に取る。


「しばらくはお前は立てねえよ。俺の拳打の振動が、お前の顎から脳へと伝わって、お前は今脳震盪を起こしているからな。しばらくじっとしてろ」


鳴は初めて手に取る剣に興味津々だ。本や写真では見たことはあったが、実物を見ることは初めてで、まして持ったことなどなかった。鳴は剣を裏返したり、持ち替えたりして、隅々まで分析する。鳴は分析するのが癖だ。数学では問題を多面的に見ることが求められるし、世界史、日本史では何を論述するかを思考しなければならない。その習慣が、癖となってしまった。


「へぇ、剣ってこんな構造してんだな」


持ち手は木でできていて、そこから伸びる刃は本来なら美しく照りつける光を反射するのだろう。しかし、この剣は多くの人々の血を吸っているようで、ろくに手入れもされていないためか、非常に薄汚く、ひどく錆びていた。


「こんななまくらじゃあ、使いもんにならねえよ」


鳴は剣を投げ捨てる。山賊の一人が倒れこんでいるので、相手は二人だ。鳴は再び構えをとる。


「さあ、次はどっちだ?」


二人の山賊は顔をしかめながら、じりじりと飛び掛かろうか否かを考えている。互いが互いにお前がいけ、と言わんばかりにチラチラとお互いの顔に視線を送る。なかなか襲ってこない山賊に我慢できなくなった鳴は深いため息をつく。


「こないんだったらこっちからいくぜ!」


小柄な鳴が大柄な山賊の一人に突っ込む。その勢いに圧倒された山賊は思わず剣を自分を守るために前に構える。鳴は左腕からボディーブローをぶち込もうとする。山賊はそれに対応する準備ができていた。しかし予想とは裏腹に左からの打撃はこなかった。


「誰が守られているとこを殴るんだよ!」


鳴はすでに右腕を山賊の顔面を狙って前に繰り出していた。左の拳はフェイクだったのだ。これには山賊も対応できない。次の瞬間、鳴の右の拳が、山賊の顔面を完璧に捉えた。最高の一手だ。鳴はあまりの快感に図らずもそう思ってしまった。そのまま山賊は卒倒し、後ろに倒れた。残るは一人。鳴が一瞬気を抜いたまさにその時、後ろからあの女性の声が鳴の耳に届いた。


「後ろです! 危ない!」


鳴が注意力を取り戻し、後ろを振り向くと、そこには残り一人の山賊が剣を振り上げて鳴に今にも襲いかかろうとしていた。とっさの判断で鳴は後ろに退く。しかし、時はすでに遅かった。鳴は斬撃を左腕に食らった。


「くっ!」


「はっ、やってやったぜ! 所詮は剣も持たない素人が俺たちに勝てるわけなんてないんだよ!」


鳴の左腕から真っ赤な血が溢れ出る。鳴の着ていた白いTシャツが紅に染まった。幸いにも、斬られたのは肉の部分だけだった。山賊の挑発と、攻撃を食らってしまった自分の情けなさに、鳴の目の色が変わる。鳴は怒りの色を見せた。


「調子に乗ってんじゃねえよ……」


誰にも聞こえない程度の大きさで、鳴がぼそりと呟いた次の瞬間、鳴は自慢の瞬発力を活かして、山賊の懐に飛び込んだ。一瞬の出来事に、まるで鳴が瞬間移動したかのような印象を得た山賊は頭が混乱し、なすすべがなかった。鳴は流れに任せるままに相手の鳩尾に強烈な拳打をお見舞いした。


「ぐはっ!」


あまりの衝撃に耐えかねた山賊は、うめき声をあげて、その場に膝から倒れ込んだ。それと同時に、敵を全員倒したことによる安心感から、今までなんのことはない、少し痛みがある程度だった左腕の痛みが急激に強くなり、鳴を襲った。鳴もたまらずその場に膝から座り込む。身動きが取れずにいる鳴の元へ、先ほどの女性が駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか!?」


「えへへ、まあ、なんとか……」


鳴は彼女を心配させないためにも、精一杯の笑顔を作ってみせた。しかし、彼女には、鳴が痛みに耐えて、作っている偽りの微笑みであったことがわかったため、かえって痛々しいものに思えた。左腕からの出血が止まらない。転移してすぐにとんだ災難だ。鳴は思わず肩を落とす。


「今すぐ治療しますから!」


「治療って言ったって、医者どころか、医療器具も薬も何もないじゃん」


「治癒魔術があるじゃないですか!」


「え?」


何をいっているんだ、この令嬢は。山賊に襲われた恐怖のあまりに頭がおかしくなってしまったのか? 鳴には彼女の言っていることが理解できなかった。彼女が鳴の負傷した左腕に、手をかざす。次の瞬間、鳴は彼女の言葉の意味を理解できた。


「戦士に安らぎを……。 治療(キュア)!」


彼女がブツブツ何か唱えた後に、腕に力を込めて、力強く声を出した。やっぱりこの女は頭がおかしくなっている。鳴がもうどうしようもないと思ったその時、左腕の痛みが徐々に和らいでゆく。


「あ、あれ? 痛みが、軽くなっていく?」


痛みが和らぐとともに、見た目も、肉が裂かれ、血が溢れ出て、目も当てられない状況から、修復されてゆく。まるで若い母親が、その赤子に向けるような、何か温かく、優しい不思議な力に鳴は覆われていった。この状況と、彼女が何か唱えていたことや言動などから、鳴はようやく理解した。彼女は頭がおかしくなどなってはいなかった。むしろ、この世界では鳴の方が頭がおかしいように思われただろう。そう、この世界には魔術があったのだ。鳴はまだ完全には頭をこの世界に向けて切り替えることができていなかった。初めて見る魔術の光景に、鳴は思わず見入ってしまう。


「私は治癒魔術だけは使えます。どうですか、痛みはもうありませんか?」


女性に声をかけられ、鳴ははっと我に返り、意識を左腕に集中させると、鳴の左腕の痛みはすっかり引いていることに気づいた。鳴は未だに事態を頭では理解できていても、体では理解できておらず、呆然としていた。女性は怪訝な様子で鳴を見つめる。


「魔術、は初めてですか?」


彼女は首を傾げながら、鳴に問いかける。鳴は、初めてものを知ったような幼子のようであった。

「え、ええ。魔術の存在は知っていましたが、この目で直接見るのは、初めてです。これが、魔術、ですか」


「あなたの暮らしているところには、魔術を使える人がいなかったのですか?」


当たり前だ、魔術なんて、空想上の概念に過ぎず、たとえそれに類するものがあったとしても、それは自然現象として必ず説明することができる。鳴はそう思った。しかし、それは鳴の生まれた世界における常識にしか過ぎなかった。この世界には、魔術が存在し、なおかつ再現性を持っているのだ。鳴は脱帽していた。あの老人から、魔術の存在は知らされていたものの、やはり、聞くのと見るのは全く違う。受ける印象が違うのだ。まして実際に魔術をかけられたのだから、言うまでもない。


「いませんでしたよ、一人としてね。魔術なんて、架空の存在としか認識していませんでした」


「そうですか。それでは驚くのも無理はありませんね。しかし魔術はもはやこの世界全土に広がっていると聞き及んでいましたが……。まだそのような場所があるのですね。世の中は知らないことであふれています」


しばらく会話をしていると、この女性は重要なことを鳴に伝えることを忘れていた。


「そういえば、助けていただいたのに、お礼がまだでしたね。この度は、危ないところを助けていただき、本当にありがとうございました。色々バタバタしてしまって、遅れてしまい、申し訳有りません」


女性は深々と頭を下げる。鳴はこのように、身分の高そうな女性に、頭を下げられることには慣れていなかった。初めての経験に、鳴は慌てふためく。


「いや、俺は別に大したことはしてないっすよ! ただ、困っている女の人がいたら、それを助けるのが、男の責務ってもんだと思いまして! お願いしますから、その頭を上げてください!」


「ふふっ。そんなことを言えるあなたは、十分に大したお方ですよ。申し遅れました、私、ソフィアと申します。あなたは?」


鳴はここにきて、自分の特異性に気づいた。もちろんこの世界での話でだが。今しがた名前を名乗ったソフィアという女性の名前からして、この世界では、『鳴』などという名前はそぐわないものであった。さらに、自己紹介をするとなると、自分の出自や、立場、服装などといった多分に現代的なものをどのように説明すれば良いのか? 鳴は頭を抱えた。ここは、話の整合性を取るためにも、事実は話さない方がいい。つまり、自分はこの世界にある、とても遠いところから来たことにしようと考えた。


「俺は神楽鳴って言います。みんなは俺のことを『鳴』って呼びます。よかったらそう呼んでください」


「じゃあ、よろしくね、鳴。なんだか下の名前だけで呼ぶなんて、本当に久しぶりでウキウキしちゃうわ。私のことも、ソフィアでいいですよ?」


「でも、あなたは多分身分の高い方ですよね? 俺なんかが、そんな馴れ馴れしく下の名前でお呼びしてもいいんですか?」


「私の命の恩人ですのに、どうして身分の差などが問題になりましょうか? あなたはもう、私の友人、いや、もしかしたらそれ以上の大切な人ですよ? もちろん、異性として意識しているわけではありませんよ?」


「それでは、僭越ながら、お呼びさせていただきます。ソフィア……さん」


「もう、『さん』は必要ありません」


ソフィアは身分の差など気にしていない。ただ、助けてくれた鳴に純粋に感謝しているのだ。あのまま鳴に出会わなかったら、おそらく私は死んでいた。死にはしないとしても、自分は高貴な身分だから、囚われて、ひどい扱いを受けただろう。そう考えると、鳴のことをぞんざいに扱うなどできなかった。


もっと鳴のことを知りたいと思ったソフィアは鳴に思いつく限りの質問をしようとした。鳴もソフィアに悪い印象は持っていない。異世界に来て、初めて出会った人がこんな素敵な人でよかったと、鳴は心から思った。幸先の良い出だしだと思われたが、この時、まだ鳴はソフィアの本当の身分を知らなかった。真実を知って、鳴は大いに驚くこととなる。





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