基本の弱点とアナザーレシェフ
もう一度だけ、暑い日がくるようですね。それが夏のお別れだそうです。
さて秋が来て、そして芸術にもっとも適した季節ですね! 皆さんはどうされますか? 絵を描かれますか? 芸術館に行かれますか? 映画でしょうか? それとも小説を書きますか?
私は当然、読書ですよぅ!
夜、シアが寝静まった時。むくりとレシェフは起き上がった。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、それに塩を一つまみいれてそれを飲む。
「この娘は意志が強いな。ボクが昼間に出てこないようにするなんて、たいしたものだよ」
そう独り言を言ってレシェフはスマホで『放浪聖女の鉄拳制裁 箸・ペケさん』のページを開く。そして文字をなぞるように見る。
「いい身分だね。お風呂に入るのに、誰かの手を借りるなんてさ、昔。はるか昔にボクは忌み嫌われる物として存在していた」
恨めしい、羨ましい。
彼女等、聖女巡礼団の幸せそうな事が狂おしい程にそう思えた。マリアの真っ直ぐで純真な姿が、イサラの勤勉で二人を抱擁する雰囲気が、そしてソフィの完成された聖女像が夜のレシェフには耐えられない程まぶしく見えた。
「痛い、痛い痛い!」
何処かが痛いわけじゃない。心の何処かが痛いのだ。片目を抑えて歯を食いしばる。男爵の食事会にお呼ばれしたという実に普通のストーリライン、本来であれば物語と物語を繋ぐ為の閑話にも近いこの話でレシェフは傷み嘆き、苦しんだ。
「神よ、何故ボクを呼んだ? 誰が生んでくれと言った?」
レシェフはあの全書全読の神様に対して、怒り、そして憎悪していた。彼女? あるいは彼なのか? レシェフはスマホを握りしめて、そしてこう呟く。
「いいなぁ、ボクもこうだったらよかったのに……」
喉の渇きを覚え、さらに水を飲む。再び塩を一つまみグラスに入れ、また水を飲む。レシェフはあるはずのない記憶に翻弄されていた。
「熱い、熱い。喉が渇く、熱い」
レシェフの眼下には炎に包まれた町が広がっている。レシェフの手には弓が握られ、レシェフの事を恐怖した目で見つめている幼い男女の姉弟?
「魔道具という名で、現実にある物を表現しているのか……それとも、人は自分の知っている物しか描く事ができないのか? ならボクは何故ここにいる? 忌み嫌われ、存在する事も許されなかったボクが……何故物語を語る必要がある?」
既に冷蔵庫のミネラルウォーターがなくなった事で、冷凍庫から氷を取り出すとそれをガリガリと食べ始める。
体中に感じる存在しない炎の熱。幻肢痛のようにその炎が絡みつく、水をどれだけ飲んでも氷をどれだけ食べても癒されない。
それがレシェフへの贖罪とでも言うのかとレシェフは思いながら、スマホのページを見つめた。
「聖職者の物語をボクに読ませる事が、ボクへの当てつけのつもりか?」
レシェフは読みたくなければ読まなければいいものを、作品を読みたいというレシェフの存在意義が勝った。
「この世界観、ドイツをベースにしているのかと思ったけど、イングランドの方が色濃いのかな? 今と違ってちゃんと料理が存在していた頃のイングランドか?」
イギリスはある時期を境に料理という文化をないがしろにしてしまう。それは教会関係と密接なかかわりがあったわけなのだが、レシェフは爵位に関してベースをイングランド式であろうと読み取った。第二位の爵位が第五位の爵位を与えるという部分からしてもほぼその文化圏を手本にしているのではないかと……
「だけど、異世界物というのは設定があってないものだから、偶然そうなっただけかもしれない」
先ほどまで苦しんでいたレシェフだったが、発作が治まったかのように次は作品を読む事に夢中になった。
そしてとある事に気づく。
「イサラの足、聖女サマの魔法でも治せないだって、なら斬り落としてから再生魔法使えばいいんじゃないの?」
以前臓器に至るまで修復をさせたあの奇跡みたいな方法を使えばいいとレシェフは一人で興奮する。麦畑の謎に関してレシェフはいくつかの予測を立てた。
広大な麦畑に見えるそれこそが、実は麻薬の原料ではないか?
「随分昔のラノベベース小説にそんなのがあったね。国全体がそれに侵されて最期はどうなったか、覚えていないけどね。人は恐ろしい、麻薬も自然界だけでは飽き足らず、人工的にも作ってしまう。酒や金、さらには人という名の麻薬におぼれて自滅する」
レシェフは先ほどとは違う心地よい喉の渇きを覚えたので、母屋の冷蔵庫をあけて、アイスコーヒーを取り出すとロックアイスを入れたグラスに注いだ。
「なにか口寂しくなってきたね」
母屋内を見渡すと、古書店『おべりすく』のメンバーが大好きなお伊勢さんの定番お土産、赤福があるのでそれを一つまみ口の中に放り込んで、それをアイスコーヒーで流し込む。
「わりと品があって美味しいお菓子だねこれは」
レシェフはもうひとツマミと思った時に、仮眠室の扉が開いた。そこにはベビードールに身を包んだシアの姿。
やや眠そうな顔でこう言った。
「レシェフさん、こんな時間に冷コ飲んだら寝られんくなるで? あと赤福は太るで? はよねぇや?」
と言ってあくびをして再び仮眠室へと戻っていった。
少しばかり肝を冷やしたレシェフだったが、シアは睡魔に弱いという事を学習。今だ高鳴る心音を抑えながらスマホの画面を見た。
「ボクの予想通りの麦畑だったわけだ。あの作品ではなんだったかな? 王女が自分の娘に口移しで麻薬の煙を吸わせてたっけ、町を思って危険物の栽培をはじめてしまえばそれはマフィアと変わらない、さて、ソフィはどう出るのか……ふん、名裁きとでも言いたいのかな? 人間は愚か極まりない生き物だから、一度知った甘美を手放すわけないじゃないか、甘すぎね聖女サマ」
因果応報と言わんように、カナブス畑を焼き払おうとしたヒューズの執事が矢にて倒れる。実に物語らしい展開である。裏切らない展開、時代劇のように用意された韻を踏むが如く物語は進んでいく。
「この作品は基本という強みがある分、弱みは全てにおいて斬新さに欠けるところだね。それが決して悪いとは思わないけど、スパイスや緩急を入れる意味でもたまには道を外れてみてもいいと思うんだけどね」
麻薬による、恐怖心、意識、痛覚の損失。所謂モルヒネ等に見られるオピオイド系の反応を起こすカナブス中毒者。
「ようするに、マリファナみたいな物を彼らは栽培していたわけだね。自然界から作れる麻薬は使い方を間違えなければ医療薬になる側面もあるからね。そういえばゾンビパウダーって麻薬もいまだに使われていた気がするよね」
テトロドトキシン等の猛毒による後遺症を使った洗脳薬。ファンタジーならではだからだが、本作のカナブスにはそういった反応までもっている。
「うん、機会があればカナブス。吸ってみたいものだね」
レシェフは心の底からそう思う。今の身体は宿主の物であり、まだ十代の少女だというのに、そんな事を忘れてソフィーに襲い掛かるカナブス中毒者たちの事を想像した。
「殴打したと同時に回復をする。一見するとやさしさに思えるけど、焦熱地獄とやってる事は変わらないよね。さすがは聖職者という事なのかな」
レシェフはスマホで作品を読むのが段々と面倒臭くなってきた。その為、スマホに手を当てて目を瞑る。指輪に口づけすると呟いた。
「фотонимагинреад(WEB小説疑似同化)」
レシェフは目を開く。そして周囲を見渡す。離れたところでソフィがゾンビのようなカナブス中毒者に囲まれている光景。
「さて、誰の目線に同化したのかは知らないけど、この方が作品を楽しみやすいじゃないか、面白い力を与えてくれたものだよね」
ありあまる力を持つソフィの弱点。彼女は聖職者、基本的には殺さずを行使しなければならない。
「破戒僧にはなれない聖女サマ、君は優しいね。君が来てくれればボクはあの姉弟を殺さずに済んだかもしれない。それ故に君たち神に仕える神官達の長は無能だよ。守護者の加護を使って鳥籠を張ればいいじゃないか……」
そう言いながらソフィにマリアを見守り安堵する。なんというかアクションシーンの表現がややコミカルに感じさせるところが、何とも面白い。瞬きをするとソフィ達が一つの事件を追え、一件落着。
次の街へと行こうとする。
途中山賊が出るとの事で忠告を受ける彼女等にレシェフは考えた。
「聖女サマがロバースキラーやドラ股系なら喜んでその道を通るのだろうけど、普通に考えれば迂回するだろうね。聖職者は他者の厚意を無駄にしてはいけないんだから、ソフィは無敵かもしれないけど制約は凄いね」
レシェフは自分もソフィのお供の気分でそのまま次に項へと思った時、目の前が真っ暗になってくる。
「もう時間切れか、やれやれ。じゃあ日中は君の時間だよアヤ」
夜明け前と共にレシェフは電池が切れた玩具みたいにパタっと倒れる。握りしめたスマートフォンが二時間後にバイブレーションを起こしレシェフは目を覚ました。
「ふぁああ。なんだか凄い夢を見ました。『放浪聖女の鉄拳制裁 箸・ペケ』の世界をリアルタイムで見るようなリアルな……でもいい夢だぎゃ。ようようにお日様といがてらす」
うぅーと伸びをするとレシェフは水を飲もうかと思ったが、いざグラスに水を入れると喉が水を飲む事を嫌がる。
「なんだか、お腹が一杯だし……」
水を飲むのをやめて日が昇りきるのを待ちながら手に持っていたスマホを見て作品を読み返そうかと思った時、自分の指に見慣れない物を見つけた。
「なんぞ? この指輪。こんな物持ってましたかね? またシアさんが勝手につけたんでしょうか?」
シアが起きたら聞いてみようとレシェフは作品を読む事に集中する。口の中がやや塩味が広がっている事もきっと気のせいだと思いながら、シアが起きてくるのを待った。
ガラガラガラと仮眠室の扉が開かれる。
「おはようさん」
「シアさんおはようございます! ふぁあああ!」
レシェフは目を丸くして気を失った。シアは顔にフェイスマスクをつけていただけなのだが、レシェフは自分の認識しているシアの顔ではない顔に驚き泡を吹く。
そんなレシェフを見てシアは呑気にお茶を淹れる準備。
「ほんまおもろい子やなぁ」
『放浪聖女の鉄拳制裁 箸・ペケさん』の作品。今回は少しばかり弱点を提示してみました。Web小説を読まれる方に対して非常に向いている反面。多くの本をたしなむ方に関してはやや物足りない部分もあるかもしれません。ただし、ペケさんはそこも考えて創作をしている可能性がありますので手法とも言えるかもしれませんね! では皆さん。ペケさんシリーズ何を楽しみますか?




