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深紅のドレスに身を包み、ふわふわのボレロを着る。ふわりとしたフォルムも相まってかその印象は愛らしい。クリスマスカラーのヘアアクセが彼女の浮き足立つような気持ちを表しているようだ。ドレスと同色の先のまあるいフォーマルシューズにはリボンが付いていて可愛らしい。
それを見て黒のフォーマルスーツに赤いネクタイをした椿は見惚れた。
「どうかしら?」
「いえ……いつも以上にかわいくて」
ドキドキします、とは言えなかった。胸がいっぱいで。
二人で車に乗り込んでからも料理等楽しみにしている薫子の隣で椿は照れて黙り込んでしまった。
「椿さん?」
「……は、はい!」
「どうかしたのかしら?具合が悪いのなら一度お家に戻って……」
「大丈夫です!俺は元気です!」
心配されるのも嬉しいけれど、悲しい思いをさせたいわけではないので、椿はいつものように薫子に微笑みかけた。
ドキドキしながら、「パーティー、楽しみですね」と言うと、薫子も「はい」と頷いた。運転手の男は「あんなに無表情だったお嬢様が今は微笑んでおられる尊い」と思いながら、表情には一切出さずいつも通り安全運転をしながら白峰学園高等部へと彼らを送り届けた。
クリスマスパーティーは高等部で行われている。全白桜会メンバーの交流の場でも有り、多くの入学生が白桜会に入りたいと思う要因でもある。ここで繋がった縁はそれなりに将来の仕事に繋がることが多い。
とはいえ、初等部のうちはそんなことを気にする子供は少ないけれど。
手を繋いで高等部の会場に入ると、きらきらと光るシャンデリアや、沢山のご馳走に「こんな世界があるのねぇ」と薫子は感心しながら周囲を見渡した。
「おや、愛らしいお客様だね」
後ろから話しかけられて振り返ると、黒髪のショートヘアーにすらりとした長い脚、高めの身長でスーツを見事に着こなした美しい少女が立っていた。
その口角が上がると、花が舞って見える。
「藤花お姉様!」
手を組んでキラキラとした瞳で目の前の少女を見る薫子を椿はチラチラと見る。
その少女は四ノ宮藤花。ボーイッシュで笑顔の眩しい先輩である。
「薫子も椿も、よく来たね。今日は楽しもうね」
初等部3年である彼女は、そう言って薫子の頭を撫でる。頬を赤らめて藤花を見上げる薫子を椿はショックを受けたような顔で見る。せっかく手を繋いでここまできたのに掻っ攫われた気分である。
2歳上の少女に薫子は結構懐いていた。そして、藤花も懐いてくる薫子を可愛がっていた。
初めて会った時、中性的で格好いい少女は薫子に衝撃を与えた。そして、お姉さんぶってあれこれ世話を焼いてくれる彼女にちょっとずつ懐いた。そして今では「お姉様」と呼んでいる。
藤花にエスコートするかのように差し出された手へ薫子がおずおずと手を重ねると、彼女は「行こうか」と扉を開いた。薫子は振り返って椿にも手を差し出すと彼は迷うことなくその手を取った。
この日、薫子は藤花の後ろをぴょこぴょことついて回り、せっかくめかし込んできた雪哉はぺしゃんこになったような顔で帰ることになった。なお、椿は藤花について回る薫子のその隣でじっと観察をしていた。
「薫子さん、俺もがんばります!」
「…?椿さんはいつも頑張っているでしょう?」
藤花へとライバル心を燃やす椿にそう返す。
ちなみに薫子の藤花への感情はあくまで「格好いいお姉様」であったりする。薫子にだって憧れの一つや二つある。諦めが早すぎて瞬時に自分で潰してしまうけれど。
薫子は格好いい女性に憧れがあった。前世から不運と幸薄儚げな雰囲気に全振りだった彼女は自立する凛々しい女性になりたいと薄ら思っていた。
悪役令嬢に生まれ変わったのに記憶に残る姿よりぽやんとしているので、薫子自身はなぜかしら、と少し疑問に思っていたりする。単に中身の適性の問題である。いつもイライラして眦を釣り上げている少女と秒で諦めに振り切ってしまう少女ではある程度違いができて仕方ないことだった。




