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「薫子ちゃん、マージで閉じ込めといた方が良い。椿くんで正解。雪哉くんはほんとそろそろ他の女見て」
そんなことを言う朔夜を雪哉は胡乱げに見つめる。その瞳は「お前が言うんじゃねぇ」である。朔夜も薫子のことが好きな事はまるっとお見通しだった。
「あー、まぁたそんな顔する。僕は弟がいるけど、雪哉くんは一人っ子。そこらへんの違いは大きいワケ」
「長男だろうが、お前は」
「有栖川見てるから誰も長男が継ぐべきとかは言ってないね」
ゆっくりと足を組む様が絵になる。
弧を描いた口元はどことなく色気を感じさせた。
無邪気な言動と、妖しい色気。薫子を意識していたからこそ身についたそれらは、多くの人間を魅了している。
「僕は邪魔しようーなんて思ってないし、引き裂こうとも思ってないから」
「俺も流石にそんな事はもう思えないな」
気怠げに腕を組んで溜息を吐く。
二人共が声にしない本音として、彼らには薫子を手に入れて狂わないという自信がなかった。
春宮薫子は、とんだ怪物である。
それはその素質故か、それともその環境が作り上げたのか。
多くを魅了するその理由もわかる反面、のめり込んでいる人間を見ると鳥肌が立つ。
おそらく他者から見た自分もそうなのだろう、という認識は両者が持っている。
(四季神センパイは薫子ちゃんに夢見過ぎなんだよねぇ?)
四季神円は薫子を椿に囚われた可哀想なお姫様だと思っている節があるけれど、そんなもので収まる少女でない事は近くにいればわかるはずなのだ。
そもそも、あり得ない事ではあるが、薫子が自発的に椿を“要らない”なんて言う事態が起こりでもすれば、数日以内に彼はこの世から消えている可能性が高い。
椿は彼女に一番近い存在だ。だからこそ、そこから外されるようなことが有れば落ちるスピードも他の比ではないだろう。
「だが、それはそれとして腹立たしいからあの男は潰すが」
「あー……」
どこか凶悪な笑みでそんなことを言う雪哉を見ながら朔夜は何とも言えない声を発した。
雪哉の嫌がらせも相当痛かっただろうが、他ならぬ薫子の“なんとなく”のせいでもうほとんど王手をかけられている。
四季神家自体をぶっ潰す案でもあったのか、海外の企業も抱き込んで圧をかけていた。傘下の女の子までそれとなく使っているあたり、やり方を選んでいないのがわかって恐ろしい。
(いや、薫子ちゃんは味方には甘い。使っているという認識はないかもね)
それでも、それとなく、本当に何の気もなく言った一言で彼女の周囲も四季神を追い込む。
次の段階として、環と周も抱き込んだ。環に恩を売り、母の愛に焦がれていた弟はよく似た姉に随分と懐いていると聞く。
「僕も、もうちょっと頑張ってみよっかな」
弾む声音でそう言う朔夜に雪哉は瞳を細めた。
自分も大概だが、朔夜も十分おかしい。
四季神の周囲の人間をそれとなく籠絡して狂わせている。やり方がエグい。
雪哉は刺されるぞ、と彼に言ったことがあった。そんな中途半端な真似はしない、と彼は笑った。
そう、中途半端に放置はしなかった。
きっちりと薫子の過激派の方へと案内して、その先は彼ら次第というところまで華麗に追い込んだ。そこから無事かどうかは彼らが改心したかとか利用価値があるかにもよるが。
るんるんとスマホをいじる朔夜を見て溜息を吐く。
「俺は、お前のことも敵に回したいと思わんな」
「それはお互い様ー」




