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舞香から見て、円は薫子を手に入れるために必死であったが、薫子が異性として見ているのは椿だけのように思えた。
(虫のいい話ではあるけれど、手を組めるかもしれない)
自分がまだ小さいころにやらかしたあれそれは恨まれていても仕方がない。むしろ、思うところが何もない方が恐ろしいくらいだ。
けれど、薫子は円を相当鬱陶しがっている。それは学園での避け方を見れば一目瞭然だろう。
近づく方法があれば良いと、諾子を狙っていた義兄を観察していたが、正解だったらしい。なかなか尻尾を見せなかったが、春宮に何か言われたらしいことは知ることができた。
薫子本人に近づかなくてもいいのだ。
葉月や諾子のように彼女に近い人間に取り次げればチャンスはある。
(柏木さんは兎月の囲いが厳しいのよね)
かつての自分を苦く思う。
けれど、舞香はすでに心を決めてしまっていた。
円がどうあっても自分を道具としてしか見ないのであれば、薫子に手が届かなくなるくらいの場所まで突き落としてやればいいのだ。奇しくも、彼自身が薫子に対して考えていたものと同じ考えであった。舞香の場合は円にひたすら突き落とされた結果であったが。
それなりの相手に会うのであれば根回しが必要である事を今の彼女は理解している。
薫子に関わる人間で一番話しかけやすかった人間が紗也だったというのは皮肉だろうか。
少なくとも紗也はちょっと遠い目をした。
今でこそ薫子の子飼いとしてちょっと頼りにされている彼女であるが、元々そうなった理由は自身のやらかしだ。働きで相殺してもらってはいるが、他の面々の様子を見ると薫子が椿に恋をする前の出来事だったというのは運が良かったとしか言いようがない。
「えーっと。まぁ、私もある意味やらかし仲間って言えなくもないから手紙渡すの自体は良いけど、これ絶対に椿様の検閲がかかるけどヤバい事書いてないよね?」
今までにも取り次いで欲しいという人間はいた。けれど、それらも中身は一度彼の目に触れている。一度、性的な内容を送りつけて訴訟沙汰になりかけたこともあった。椿が絶対許すものかとガチギレした。魔王と書いて椿と読むような人間に喧嘩を売るとか今ならもう正気とは思えない。
「ええ。どうぞ私を利用してくださいと、お伝えください」
かつて、攻略対象としてデータの中の彼としか見ていなかった少年。
今のように何もかもが変わっているからこそ、彼らが現実を生きる人間だと実感が湧いている。憧れと欲は叶うことがないと理解せざるを得なかった。
そして自分も今、悪役令嬢に虐められ、それでも明るく強く生きる女の子ではなくなっている。
(愚かでもいいわ。それでも、円様だけは欲しいの)
彼が舞香の心を介しない選択をしたからこそ、舞香もまた円の心を踏み躙る選択に踏み切ることができる。
どこか薄暗さを感じさせるような光ない瞳が細められた。




