109
薫子は夏休みに入った瞬間から祖父母にめちゃくちゃ構われて、楽しく過ごしていた。薫子を放っておくとろくなことをしないと二人は今更ながらでも認識している。ある意味当然の対処だったかもしれない。
構われて嬉しい!という様子の孫娘を見ながら、祖父母は少しだけ遠い目をした。
この自分達に取っては可愛らしいだけの少女が幼馴染に何かされたら一瞬でプチっと他人の人生を変えてしまうというのだから恐ろしい。
「薫子、今年は少し遠出をするか?」
毎年同じ別荘に向かっているが故の問いだったが、薫子には特にこだわりがない。基本的に薫子は自分の大切な存在が近くにあればそれだけで大満足なのでそれ以外は些事なのだ。
対身内のみには完全なる天使っぷりを見せているので必死に薫子近辺を守らせていないと、悪女極めそうになっているとか気づかない。この可愛い子が暗躍してるとかなんの冗談かと笑い飛ばすところだった。
調べてみたら、椿を引き摺り落として薫子を手に入れようとしていたはずの男とかがガッツリやり返しを食らっている。
いやいや椿がやったんだろうと思ったけれど、その男は諾子を抱え込もうとしていたらしく、それに怒り狂った薫子が主体的に動いていた。椿は後片付けしかしていなかった。
「薫子はおじいさまやおばあさまと一緒でしたら、どこでも構いませんわ」
おっとりとそう言う薫子はどこをどう見てもただの祖父母っ子だった。
元正と桃子には必要以上に甘やかして育てた自覚はない。寧ろ桜子以上に勉強をさせたし、習い事もさせた。だけど、前世ブラック企業で精神を削りに削って働いていた薫子にとってはそこまで辛いことではなかったし、褒めてもらえるだけやりがいもあった。結果懐いた。
子供に好かれるタイプではなかった夫婦は、そんな薫子がやっぱり可愛いのでこういう一面を見ると「やっぱり物騒とか気のせいでは?」という気分になる。全然気のせいではないが。
そういうわけで、避暑地も決まって旅行用の服なども購入した。薫子よりも桃子の方が真剣に選んでいる。
薫子は未だに服飾品に興味がなかった。ドレスなども選ぶのは殆ど椿任せである。頭から足下まで全部椿が選んでいる。
私服も諾子と椿が選んだものをそのまま着ている。
代わりに二人へ贈るものや二人に何かを選ぶときは並々ならぬ気合を見せた。
(それにしても、私はとっても嬉しいけれどなぜ最近皆さん声をかけてくださるのかしら?)
まさか悪巧み防止だと思っていない薫子は首をかしげる。嬉しいのでまぁ良いかと呑気に考えて、諾子に絶対似合うと押し切られたワンピースを鞄に詰める。
楽しそうなお嬢様の姿を見ている清子もニコニコしている。
「お嬢、今いいです?」
「後になさい」
手紙を持って現れた紀行を清子が遠ざける。苦笑して「何時くらいならいいっすか?」と尋ねる彼に、薫子が「すぐにすむ?」と声をかけた。
「まぁ、四季神の弟さんから手紙を預っただけなので」
「周さんったら筆マメねぇ」
自分とは大違いだと薫子がころころと笑う。その様子を見ながら紀行は「いやぁ、お嬢もマメだと思いますけどねぇ」と呟いた。




