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進む捜査と渦中の人と


 警察が、池に沈んだバラバラ死体の身元を掴んだのは、発見のわずか1週間後──1月14日の夜だった。死体の検死をし、死体の身元は、指紋や歯形、歯の治療痕などから調べられた。


 発見からわずか1週間足らずで身元が判明したのには、理由があった。死体の指紋が、過去に傷害で補導し指紋採取をした少年と一致したのだ。歯形や歯の治療痕について調べる必要もなく。


 そんな警察の動きを見て、洋平は、五味に補導歴があったことを初めて知った。特に驚きはしなかった。むしろ、補導歴くらいはあっても不思議ではないというのが、五味という人間に対する正直な感想だった。


 洋平は、警察と美咲の動きを追っていた。


 五味に関しては、死んで当然のクズだと思う。過去に傷害で補導されているにも関わらず、洋平を呼び出して暴行を加え、殺した。人を傷付けることに対して躊躇いも罪悪感もなければ、傷付けたり殺したりしたことへの反省も後悔もない。どんな矯正施設に入所させたとしても、あんな男が更正などするはずがない。


 そんな人間でも、殺せば殺人の罪に問われる。

 殺したのがそんな人間だったとしても、一生、殺人犯の烙印を背負って生きることになる。


 美咲に、そんな人生を歩んで欲しくなかった。洋平は、美咲に幸せな人生を歩んで欲しいと願っている。そうなるべきだと信じていた。


 だからこそ、五味や六田の殺害事件は、迷宮入りして欲しいと願っていた。たとえ、その結果として、警察が国民から批難されたとしても。


 洋平は、警察組織の仕組みや捜査を行う流れなどを、詳しくは知らない。


 警察の動きを観察していたところ、死体発見から何日かは、公園の周囲で聞き込みなどを行っていた。そこで犯人に関する有力な情報の入手に至らなかったせいか、大勢の刑事が参加する捜査本部が設置された。


 その刑事達が、高校の始業式である今日、生徒達が登校してくる1時間以上も前から、大勢で学校に来ていた。生徒1人1人に聞き込みを行いたいのだという。


 もともとそういう話は学校側にも通達があったようで、生徒達に聞き込みを行うためにどの部屋を使うかなどの、具体的な話がされていた。


 警察側は、生徒1人1人に対し個別に聞き込みを行いたいと要望してきた。他の生徒がいるところでは口にしにくいことも、1人なら話せるだろうから、という理由で。また、盗み聞きなどがしにくいように配慮してほしいと注文を出していた。


 学校側は、聞き込み用の部屋割にかなり苦労したようだった。教師達の仕事を停止させずに完全に空けられる部屋など、学校内にはそれほど多くない。


 用意されたのは、各教科の準備室と、進路指導室だった。それでも10部屋。つまり、1度に聞き込みを行える生徒の人数は10名までということだ。


 全校生徒の数は900人ほどもいる。1人に対する聞き込みの時間が10分程度だとすると、10部屋同時進行で聞き込みを行っても、全員が終わるまで15時間ほどもかかることになる。当然だが、今日1日で終わるはずがない。


 刑事は、ドラマなどで見た通り、2人ひと組で行動するようだ。学校での聞き込みも例外ではないらしい。用意された部屋は10部屋なので、聞き込みを行う刑事の数は20人ということになる。


 その数の刑事を学校に残し、他の刑事達は早々に学校を後にした。他の路線から捜査を進めるためだろう。


 刑事達が、割り当てられた各部屋で準備をしている間に、始業式兼全校集会が行われた。


 長い校長の話を真面目に聞く生徒など、皆無といってよかった。それは、どこの学校でも見られる普通の光景だ。


 洋平は、そんなどこの学校でも見られる普通の光景の中で、ひとり、まったく違う雰囲気を見せている生徒を追っていた。


 美咲だ。


 彼女は、いつもと変わらぬ感情に乏しそうな無表情を見せながら、深く考え込んでいた。


 美咲の様子から、洋平は気付いていた。彼女は、校内にいるスーツ姿の男女が刑事であると、気付いている。五味殺害の捜査で来ていることも、生徒が──自分が話を聞かれることになることも、分かっているはずだ。だから、どうやって切り抜けるかを考えている。


 美咲はすでに、2人を殺している。五味と六田。六田に関しては、死体はまだ発見されておらず、彼の家族から捜索願いが出されていた。刑事は、おそらく、六田の失踪と五味殺害の関連性についても調べるだろう。


 洋平の死体は、まだ発見されていない。六田と同じく捜索願いが出されており、これも六田と同様に、五味殺害の関連性を調べられるはずだ。


 警察が介入してきたことが、美咲の復讐の歯止めになってほしい。そう洋平は願っていた。警察が動き出した以上、今までのように殺すのは難しいし、もっとも憎むべき五味は殺したのだから。ここで復讐を打ち切って、あとは自分が犯人だと特定されないように徹底して欲しい。そのためなら、何を利用しても構わない。


 そうだ。何を利用しても構わない。名案のように、洋平は思い付いた。洋平を五味殺しの犯人だと、刑事に思わせればいい。美咲に言い寄っていた五味に苛立ちを覚え、殺したのだろうと。そんなことを刑事に伝えて欲しい。それで美咲が容疑者候補から外れるのなら、願ってもないことだ。


 そこまで考えて、洋平は苦笑した。口の端を上げる体などないのに。


 美咲が、洋平を貶めるようなことを言うはずがない。仮にそれが事実だとしても、彼女は、洋平を庇っただろう。たとえ自分が犯罪者になっても。


 始業式を終え、生徒達が教室に戻った。


 各学年各教室で、担任が、この学校の生徒である五味秀一がバラバラ死体で発見されたことを、自分のクラスの生徒達に話していた。


 どの学年のどのクラスでも、その事実を知らされたとき、驚きの声が上がった。


 驚き、ザワつく生徒達。当然の反応と言えた。普通に生活している生徒にとって、自分の学校の生徒がバラバラ死体で発見されることなど、まず考えられない。そんなドラマや漫画の中でしかないような出来事が、現実に起こったのだ。


 担任は生徒達を宥めながら、捜査に来ている刑事達に協力してほしいということを告げていた。


 この高校は、各学年に10のクラスがある。


 用意された聞き込み用の部屋も10。そのため、全学年を通して各クラスごとに1つの部屋で聞き込みが行われることとなった。1年から3年の1組は理科準備室で、1年から3年の2組は社会科準備室で、といった具合だ。


 担任は自分のクラスの生徒達にそう案内し、このあと用事がある生徒達は明日以降の授業中に聞き込みを行わせると説明した。


 生徒の半数以上は、今日は用事があるから後日にしてほしいと担任に言っていた。五味と親しくもない生徒にとっては、事件の捜査に積極的に協力するよりも、後日授業中に聞き込みを行うことにして、体よく授業をサボる方が重要なのだろう。


 自分とまったく無関係な人間の死に深く感情移入できるほど、人間は優しい生き物ではないのだ。


 始業式が終わり、五味殺害の事実が教室で説明された時間が、午前11時50分。学校側の予定では、これから午後5時まで刑事の聞き込みを予定しているらしい。12時から聞き込みを開始し、ひとり10分と考えると、5時までに消化できる人数は1部屋で30人。10部屋合計で300人ということになる。


 各クラスの担任は携帯電話で連絡を取り合い、今日の聞き込みに、各クラス何人ほど参加可能か報告し合っていた。


 今日だけで行える聞き込みの人数は、全学年の1クラスの合計で、概ね30人程度、つまり、各学年の1クラスで行える人数は10人程度ということになる。


 それ以上の生徒はこのまま残しても意味がないので、出席番号の若い順から行うことにし、10番目以降の生徒は帰宅させられた。


 美咲の出席番号は比較的若い。彼女は、今日のうちに聞き込みを行うこととなり、教室に残った。


 学校側から、聞き込みのために残る生徒達に、弁当が支給された。

 美咲のクラスの生徒の聞き込みは、数学準備室で行われる。

 美咲の番がくる前に、洋平は、数学準備室の様子を確認しに行った。


 数学準備室にいた刑事2人は、まだ若かった。2人とも20代後半、といったところか。男女のペアだ。


 男の方は、精悍な顔つきに短く切り揃えた髪の毛をしている。身長はそれほど高くないが、スーツの上からでも鍛え上げられているのが分かる体つき。机の上には、顔写真がついた警察手帳が用意されていた。前原正義(まえはらまさよし)という名前が確認できた。


 女の方は、小柄だった。身長は150センチ代前半だろう。太ってはいないが、ふくよかと表現できる体つきをしていた。胸が大きい。顔立ちは、角度によっては可愛らしくも艶っぽくも見える。こちらも、開いた警察手帳を机の上に用意していた。(はら)さくら、という名前が確認できた。


 2人は、この事件の捜査本部が立ち上がる前からの知り合いのようだった。彼等の事情など洋平は知らないが、知り合って数日ではないと断言できるほど、砕けた口調で会話をしていた。


「はい、前原さん、深呼吸」

「緊張してるわけでもないのに、何で深呼吸なんだよ?」

「緊張をほぐすためじゃないですよ。落ち着いて、変に感情移入しないで、冷静に仕事をしてもらうためです」

「俺は常に冷静なつもりだけど?」


 さくらは、呆れたような様子で正義を見た。


「あのですね。前に一緒に仕事をしたときのこと、忘れたんですか?」

「いや、覚えてるけど」

「被害者の感情を汲み取るのは、確かに大事ですよ。でも、感情移入し過ぎると、目が曇るんですよ。注意してくださいね」

「俺、一応、お前よりも先輩なんだけどな。なんで説教されてるんだ?」


 訳が分からない、という様子で、正義は頭を掻いた。

 さくらは、何かを諦めたかのように溜息をついた。


 この2人の様子から想像するに、正義は、きっと、情が深く事件の関係者に感情移入しやすい性格なのだろう。それも、無自覚に。それが行き過ぎになることを、さくらは心配しているのだ。


「はい、もうすぐ1人目の生徒が来ますよ。深呼吸して」

「深呼吸よりも、煙草が吸いたい」

「残念ながら、今時の学校は基本的に全面禁煙なんです。我慢してください」

「途中に煙草休憩とかはないんだよな?」

「あると思います?」

「思わない」


 洋平は、もう、音や声を聞くことができない。しかし、周辺でどんな音がしているのかなどの情報は、察知することができる。


 さくらの声は、よく通る上に綺麗だった。歌を歌わせたら上手いだろうと、想像できた。


 コンコンと、この部屋のドアがノックされた。


「どうぞ」


 綺麗な声で、さくらが返事をした。

 部屋のドアが開いて、1人目の聞き込みが始まった。

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