幕間 翼の気持ち前編
止まり木の休憩室、翼は食い入るような目でスマホを見ていた。彼女が見ているのは、コカトイエローの戦闘動画。
その目は血走っており、体からは、ただならぬオーラが発せられていた。
「つ、翼さん。熱心に何を見られているのですか?」
同じバーディーアンの白鳥麗美が恐る恐る話し掛ける。麗美と翼は同じ中学の出身で親友。翼は、その麗美でさえ、声を掛けるのを躊躇するオーラを放っているのだ。
「コカトイエローの戦闘動画と、それに書かれたコメントだよ……怪しいコメントはなしと」
吾郎は人気がないと言っているが、コカトイエローは上級ヒーロー。戦闘動画はかなりの数である。当然、コメントも多い。翼がチェックしていたのは、コカトイエローにガチ恋勢がいないかどうか。
「智美さんの言っていた事を気にされているの?でも、背中の傷だけじゃ分からないのではありませんか?」
麗美も傷は偶然の一致だと思っている。コカトイエローはヒーローの中でも有数の実力者。そんな人が身近にいるとは思えない。
もし、いたとしても立証する手立てはないのだ。上級ヒーローの正体は国家機密であり、特定できる様な情報は出回っていない。
普通の女子高生なら音声検定や動画解析をする特能を持っていないので諦める所である……そう、普通の女子高生ならば。
「僕の脳内吾郎ライブラリーと重ね合わせてみると一致率は90%。体型も歩き方も似ているし……でも、吾郎がケンカしているとこちゃんと見た事ないから絶対ではないんだよね」
不服そうな顔で答える翼。瞬間、麗美の背中に寒気は走る。
(脳内吾郎ライブラリー?重ね合わせる?翼さんは何を仰ってのでしょうか?……まさか)
麗美の頭が疑問符で埋め尽くされる。そしてある答えにたどりついた。
そう、翼は画面のコカトイエローとの吾郎を脳内でトレースしていたのだ。
「で、でも人間の記憶って曖昧って言うじゃないですか?」
麗美は本能で下手に突っ込んだら危険だと悟っていた。
「大丈夫だよ。僕のスマホにある吾郎フォルダを見て補完しているから」
そう言って翼が見せて来たスマホに表示されていたのは、多数の吾郎の写メ。切り抜きに隠し撮り、健也からもらった物等々。
(ホークソルジャーの力の根源は愛。それでもやべーですわ)
バーディーアンは、各自を象徴する心の力で変身している。翼は愛。智美は希望。麗美は友情。
それにより拍車がかかっている事は麗美も分かる。分かっているけど、ドン引きしてた。
「も、もしコカトイエローの正体が大酉さんならどうされますの?」
麗美はなんとか話題を変更しうよと試みる。これ以上親友の深淵を除くのが怖かったのだ。
「告白するよ……もし、吾郎がコカトイエローなら障害はなくなるもん。コカトイエロ―は強いからポーチャーに狙われても返り討ちにするでしょ」
もし吾郎がコカトイエローであるのなら、彼女にとって奇跡のような出来事なのだ。
絶賛片思い中の吾郎がヒーロー、しかも上級ヒーローなら告白の障害は消える。
告白の障害はただ一つ。彼がポーチャーに狙われる事。
バーディーアンが敵対しているポーチャーが主に襲うのは十代の少年や少女。つまり恋人が出来れば狙われる危険性が一番高い。
しかし、吾郎がコカトイエローなら、問題は一気に解決する。
「智美さんも、それを危惧して健也さんに気持ちを伝えていないんですもんね」
智美も、幼馴染みの健也に恋をしている。家は隣同士で家族ぐるみで仲が良い。智美自身がいつから好きになったのか分からない。
「僕が今こうしていられるのは、吾郎のお陰なんだし」
翼はそういうと穏やかにほほ笑む。これ決して誇張ではない。翼は過去に吾郎に救われた事があったのだ。
「元は勇気が力の源でしたもんね」
麗美の言う通り、ホークソルジャーも初めは勇気が力の根源であったのだ。
◇
それは翼達が高校に入学し一月が過ぎた頃の事である。
「翼さん、もう高校には慣れました?やっぱり、三足の草鞋は無理だと思いますよ」
止まり木の休憩室で麗美が翼に尋ねてきた。
翼達がバーディーアンになったのは中学三年の時である。その頃はヒーローと部活の二足の草鞋であったが、高校に入学すると同時に止まり木でのバイトも始めたのだ。
「大丈夫だよ。うちの部活、そんなに厳しくないし。ポーチャーも、しばらく現れてないじゃん」
ポーチャーが現れるのは数ヶ月に一回。それも三人で戦えば怪我を負わずに勝てるハザーズばかりであった。
何故なら、この頃は心の力を溜め、強力なポーチャーを呼ぶ準備をしていたのだ。
「二人とも、ポーチャーが出たわ。準備して。智美は現地に向かっているから」
翼達が学校の話で盛り上がっていると、巣護真理が救急車に飛び込んできた。彼女は元ヒーローであり、今はバーディーアンの指示役を担っている。
「分かりました。ポーチャーは、どこに出たんですか?」
麗美が立ち上がりながら、出現場所を確認する。ハザーズは、自分の特性にあった場所を好むのである程度推測が出来るのだ。
「二丁目の河川敷よ。強力なポーチャーみたいだから気をつけて」
翼と麗美は真理の言葉に深く頷くと、河川敷へと向かっていった。
◇
夕暮れの河川敷。そこにいたのは、昭和の学園漫画から飛び出してきたようなポーチャー。名前は番長オーガ。頭には敗れた学生帽をかぶり、服は擦り切れた学ラン、足には下駄。いわゆるバンカラな服装である。
番長オーガは、夕日を見ながら黄昏ていた。
「強敵と喧嘩した河原も変わっちまったな。俺はもう時代遅れのポーチャーか」
そう自嘲気味に呟くのは番長オーガ。パワー系で、好戦的な性格のポーチャーである。
「「「バーディーアン、飛来」」」
一瞬だけバーディーアンを見た番長オーガであったが、直ぐに夕日に視線を戻した。
「女だと?俺は漢だ。女を殴る拳は持っていない。帰って大人しく家事でもしていろ」
服装も昭和な番長オーガであるが、価値観も昭和であった。質の悪い事に、一切悪気はない。
「はい、そうですかって帰る訳ないでしょ。恰好だけじゃなく、考えも古臭いわね」
流石にかちんとした翼が反論する。令和の女子高生である翼にしてみれば、時代錯誤過ぎる言動なのだ。
「ホークソルジャー、話し合っても無駄ですわ。この手の石頭は聞く耳を持ってませんもの」
麗美が魔法を放ちながら、翼をたしなめる。お嬢様である麗美には、親族と会う機会が多い。中にはナチュラルに女性を見下している昭和生まれのおじさんもおり、扱いになれているのだ。
「漢に意見だと……教育が必要らしいな」
番長オーガが、バーディーアンに襲い掛かる。
ポーチャーは、男性に対する嫌悪感から生まれる。中でも番長オーガは、女性蔑視から生まれたポーチャー。故に女性に反論されると本能的に怒ってしまうのだ。
「速い……二人とも距離を取って戦うわよ。場合によっては援護を要請するから」
智美は目の前にいる敵は、今まで戦ってきたポーチャーより強い力を感じ取っていた。
力の差を感じた智美は、仲間に指示をだす。
「それなら僕が牽制するね」
翼はバーディーアンの近接戦担当。牽制役も担っている。妥当と言える判断だ。
問題はただ一つ。番長オーガは近接戦に特化したポーチャー。その実力は翼の数段上である。
「甘いっ!」
番長オーガは、翼に蹴りを放った。丸太の様に太い足が翼に襲い掛かる。
「うぐっ」
一撃で吹き飛ばされるホークソルジャー。それは今まで味わった事ない威力であった。
痛みと同時に翼に恐怖が襲う。死の恐怖、強者に対する恐れ。翼の心を折るには十分な一撃であった。
「ホークソルジャー!スワンメイジ、アイスミストをお願い。全員別方向に逃げるわよ」
アイスミストはスワンメイジの魔法で威力こそ低いが目くらましと冷気で相手の動きを鈍らせる事が出来るので、逃走にはうってつけの魔法である。
「氷の霧か……でも、心の力はもらうぞ」
霧に包まれながら、番長オーガは不敵に笑った。
長くなったので前後に分けました。後編は七時にあげます




