地雷の踏み合い?
マスクの下で吾郎の顔が険しくなる。
吾郎は小学生でヒーローになった。その道のりは決して楽な物ではなかった。
強敵との闘いで大怪我を負った事もあるし、命を落とす寸前に仲間に助けられた事もある。
それ以上の彼の心に傷を残しているのは、救う事が叶わなかった命だ。
担当ヒーローの到着が遅れて被害が拡大。自分の実力を過信して援護要請が遅れた。どれも吾郎に責任はない。
それでも目に映った惨状や人々の嘆き悲しむ声が心に刻まれている。
「死んだ親の遺体に縋り付いて泣く子供を見た事はあるか?死んだ子供を抱えながら絶叫する親の悲鳴を聞いた事は……無駄な質問か。お前らは、それを喜ぶもんな」
吾郎はそう言いながら三体のハザーズを睨みつけた。
買い物客は、上級ヒーローらしい強気な態度に安堵の溜息を漏らす。
しかし当の吾郎本人は戦況を必死に分析していた。
(買い物客は両サイドにいる。一体でも取り逃せば被害がでてしまう。こっちに釘付けに出来れば良いんだけど)
吾郎はハザーズと余裕のある態度で対峙しながらも、頭の中では必死に対抗策を考えていた。一体はバーディーアンに任せるとしても、二体同時に相手をする必要がある。うまく引き付けておかないと、買い物客に被害が及ぶ。
(バーディーアンは鬼みたいなハザーズと戦っている。ロボットはバーディーアンを牽制しつつ買い物客を攻撃しようとしていると……まず狙うは鬼だな)
「儂ら三体を同時に相手をするつもりか?西洋妖の力なんぞ借りおって。きちんと教育してやらんと……絡繰りと道化、そいつ等は任せる」
吾郎の視線に気づいたのか頑固親父なまはげが吾郎を睨みつける。
頑固親父なまはげは、家族に見捨てられた頑固親父の魂を寄せ集め、なまはげの概念に注入されて生み出された妖怪。若い女の子と対峙すると娘の冷たい視線を思い出すのだ。
そして彼の元となった魂の持ち主はパワハラ気質の者が多かった。若い男の部下なら怒鳴れば言う事を聞く。生前は、そういう考えであった。だからバーディーアンより、コカトイエローを選んだのだ。
「気を付けて下さい。頑固おやじなまはげが持つ出刃包丁は危険です」
副浪智美が吾郎に注意を促す。無論智美はコカトイエローの正体が吾郎だとは知らない。
「頑固おやじなまはげ?秋田の居酒屋かよ。随分無理があるネーミングだな」
自覚がないが、コカトイエロー時の吾郎は煽り口調になってしまう。そして、それが女性や子供の人気を下げている事にも気づいていない。現に買い物客の半数はドン引きしていた。
「ぼ、僕も一緒に戦っていい?」
翼が吾郎に共戦を持ちかける。もちろん、翼もコカトイエローの正体を知らない。知らないが智美に先を越されて、なぜかムッとして共闘を持ちかけけたのだ。
「大丈夫ですよ。貴方達はポーチャーの相手をして下さい。あんな紛い物な妖怪は怖くないですから」
吾郎としてはあくまでホークソルジャー達が三人で戦わせる為に言っただけである。しかし、頑固親父なまはげにしてみれば屈辱な言葉なのだ。
「わ、儂を紛い物じゃと……若造の癖に生意気な」
激高した頑固親父なまはげが出刃包丁を吾郎に突き付けた。その間も新聞は握ったままである。
(メインウエポンは丸めた新聞の方だな……これでなまはげの意識は俺に向いた。後はロボットか)
吾郎は頑固親父なまはげを牽制しつつ、じりじりとオーナメントツクモの方に寄って行く。
「なまはげは怠け者を諫める存在だ。その言葉は厳しくても教訓に満ち溢れている。怖がられても、子供の将来の為に叱ってくれる妖怪。それがなまはげだ。だから、親は子供が怖がるのを分かっていても、なまはげに会わせる。そして大人になったら、なまはげの言葉に感謝して、我が子を連れて行く。子供を襲うお前は、なまはげの紛い物なんだよ」
吾郎の言う通り、頑固親父なまはげは人を襲わせる為に、本来の概念から捻じ曲がった形で創り出されている。
当然、その力も弱まっており、本来のなまはげとは比べ物にならない。
「ね、年長者を馬鹿にしおって……儂は一家の大黒柱だぞ……喰らえ、新聞クラブ」
頑固親父なまはげが持っていた新聞紙が棍棒に変わり、吾郎に襲い掛かる。
「何が頑固親父だ。頑固親父ってのは、家族を守る為に、鋼の意思を持つんだろ。厳しくも優しい目で家族を見守る。でも、お前は新聞しか見ずに家族から目を背けた……テイルロッド」
吾郎は新聞クラブを避けると同時にベルトをロッドに変化させて、頑固親父なまはげの首を貫いた。
「お、お前は化け蝦夷狸が言っていた怪物!?」
化け蝦夷狸は命が途切れる寸前に自分を倒したヒーローの名前を仲間に知らせていたのだ。
しかし、頑固親父なまはげとオーナメントツクモはイジワルマッドピエロの鼻が千切られた時の悲鳴により、吾郎の名乗りをきちんと聞き取れていなかったのだ。
「武器もそうだけど、なまはげとしても、頑固親父としても半端だったんだよ……次はロボットか」
オーナメントツクモの攻撃を警戒しつつ、吾郎は体制を切り替える。しかし、なぜか絶好のチャンスにオーナメントツクモは攻撃を仕掛けてこなかった。
「コ、コカトイエローだと……爆薬ツクモの仇討たせてもらう」
吾郎はオーナメントツクモの事を知らない。しかし、オーナメントツクモにとっては憎き仇であったのだ。
オーナメントツクモが吾郎を憤怒の表情で睨みつける。
しかし、当の吾郎はピンと来ていない。
爆薬ツクモは、黒部ダムで吾郎が倒したハザーズである。緊急事態だった事もあり、吾郎は所属団体どころか、その名前すら知らないのだ。
「爆薬ツクモ?……何年前の話だ?」
必死に爆薬ツクモを思い出そうとする吾郎。マスクの中では冷や汗まで流しているが、傍から見ると小馬鹿にしている様に映ってしまう。
爆薬ツクモは博物館に飾られていた明治時代の爆薬が付喪神化した存在である。ある意味大事に保管されてきたが、それは彼にとっては不本意な扱いであった。
「名前すら憶えていないだと!お前が黒部ダムで倒したハザーズだよ。ようやく爆発して夢を叶えられる筈だったのに……爆発物の命とも言える火薬を抜かれ旧式の爆薬と馬鹿にされる日々。あいつの屈辱がお前に分かるか?」
吾郎の言動によりオーナメントツクモの怒りが爆発する。
漫画でいえば憎き仇が“そんな奴覚えていないな”と嘲笑している様なものなのだ。
「……あの石化させた爆弾のハザーズ?……名前聞いてなかったんだって」
イジワルマッドピエロは吾郎の地雷を踏んだが、吾郎はそれ以上の正確さでオーナメントツクモの地雷を踏みまくっていた。
「道具を大切にしないばかりが本来の役割を奪う。それだでけ飽き足らず、倒した相手の名前すら憶えていない。イジワルマッドピエロ、こいつは俺が倒す」
オーナメントツクモがイジワルマッドピエロに伝える。
「分かりました。でも、気を付けて下さい。あいつは……コカトイエローは鬼畜です。あいつ一人に何体ものポーチャーが倒されているんんですよ。何より憎いのは、勝って当然だっていう態度。幹部に勝っても喜びもしない」
鼻を抑えながらイジワルマッドピエロが呟く。その眼には憎しみが宿っていた。
故意ではないが、吾郎は三体のハザーズを自分にくぎ付けにする事に成功したのだ。
「どれだけ鬼畜な性格でも、お前はヒーロー。こうしたら、どうするんだ?」
イジワルマッドピエロがコカトイエローの方に向いたので、バーディーアンも向きを変えた。そこに僅かな隙間が生まれれたのだ。
その隙をつき、オーナメントツクモは小さな女の子をチェーンで襲った。
「大丈夫……ほら、パパの所に行って……痛ぇな、こん畜生」
吾郎は咄嗟に女の子を抱き締めて庇い、背中でチェーンを受け止めたのだ。
吾郎は女の子の無事を確認すると、近くの街路樹に捕まりながら再び立ちあがった。
「俺のチェーンを喰らって立てるだと……おい、放せ」
オーナメントツクモがモーターをフル回転させるが、チェーンはピクリとも動かない。
吾郎は背中に攻撃を喰らった後、オーナメントツクモのチェーンを踏みつけていたのだ。そして立ち上がると同時にチェーンをしっかりと掴み綱引きへと持ち込んでいた。
「モーターが焼けそうだな……焦げ臭い匂いがしてるぜ」
広場にはモーターの空回りする音が響き、焦げ臭さも漂い始めていた。
「放せ。俺にはもう片方の腕にもチェーンがあるんだぞ。もう一度背中で受け止める気か?」
買い物客は離れた所から見ているが、絶対的に安全な距離ではなかった。
固唾を飲んで成り行きを見守る買い物客。
「分かったよ。ほれ」
誰かが唾を呑みこんだ瞬間、吾郎はあっさりとチェーンを手放した。
「危うくモーターが焦げる所だったぜ……う、嘘だろ?この悪魔め。道具は大切にしろって教わらなかったのか?チェーンに木の枝を差し込んだろ」
オーナメントツクモの身体から異音が響き始める。吾郎は立ち上がる瞬間に街路樹の枝を折り、、それをチェーンの隙間に差し込んだのだ。結果、上手く巻き取れずオーナメントツクモの体内でチェーンが暴れまくっているのだ。
「そこのピエロに修理してもらったらどうだ?まあ、そんな隙は与えないけどな……精密機械って強い衝撃に弱いんだよな」
吾郎はそういうと足元に落ちている石を拾いあげた。そしてオーナメントツクモを石で思いっきり殴りつける。
エラー音と同時に沈み込むオーナメントツクモ。
◇
イジワルマッドピエロがコカトイエローにより、フルボッコにされている頃、一人の少年が残酷な笑みを浮かべていた。
少年はスマホを取り出すと、ポーチャーのアジトに電話をかける。
「バーディーアンの正体が掴めました。一人は大空翼。そして翼には片思いしてる少年がいます。名前は大酉吾郎。こいつと、副浪智美の幼馴染みの場七健也を人質にとればバーディーアンに勝てます……間違いありません。ホークソルジャーが“吾郎の爪の垢を飲ませてやりたい”そう言ってましたので」
少年は城宮の生徒である。そして仮面の男を生み出し、ハザーズ同士の橋渡しをしているオッフェンの幹部でもあるのだ。




