指導は大変
働いている人に聞きたい。持ち帰り仕事って、上に報告する時に、家でやりましたアピールしても良いんでしょうか?
(蠅の特性は目の良さだから、それを主体に戦闘スタイルを考えて……合っている格闘技は、これかな?そしてコーチは……いるな。交通費の申請様式も添えてと)
大酉吾郎、高校一年生。お家でバグズファイブの指導計画を作成しています。
本部でやるべき何だろうけど、いつ援護の要請は掛かるか分からない状態だと集中出来ないのだ。
(晩飯は……カップ麺で良いか)
こうなると料理を作るは面倒だし、外に出るのはもっと面倒だ。カップ麵のカヤクには、ネギが入ってるから野菜も摂取出来るし。
何味のカップ麺にするか悩んでいたら、スマホが鳴った。画面に表示されたのは、お母さんの四文字。
『お母さん、どうしたの?』
この間話をしたのは。荷物のお礼をした時。だから日にちは、そんなに経っていない。
『鷹空さんから、お礼のお電話頂いたわよ。随分、貴方の事を誉めてたわ……それとたまにはお兄ちゃんの所に顔を出しなさい。竜司も天舞さんも心配していたわよ』
鷹空さんのお母さん家に電話してくれたんだ。これで実家と鷹空さんの家に繋がりが出来た。
お宅の息子さんしつこいのでやめさてもらえますか?……なんて苦情電話が来ない様に気をつけなくては。
『中々忙しくて……お母さん、お兄ちゃん達に鷹空さんの事言ってないよね?』
まさかとは思うけど、念の為に確認しておく。あの二人に知られたら、クリプテッドファイブ全員に伝わってしまう。
『話したわよ。貴方一人暮らしでしょ?鷹空さんのお宅にお世話になる可能性があるんだから。何かあったら、竜司にお礼行ってもらわないと駄目でしょ』
確かにお兄ちゃんは名目上、東京での保護者になっている。でも、実際の保護者は本部と九稲総司令。
「でも、お兄ちゃん達お店が忙しいから、時間取れないと思うよ」
お兄ちゃんと天舞さんは都内でケーキ屋をやっている。結構流行っており、毎日忙しく働いているそうだ。そんな中、わざわざ来てもらうのは申し訳ない。
俺はお兄ちゃん達とわざと距離を置いている。今はちょっと気まずい関係なのだ。
俺の忙しさと気まずさの所為で、半年近く会っていない。
◇
戦闘指導要綱は出来た……出来たけど、自信がないです。
「川本さんバグズファイブの戦闘指導要綱作ったんですけど、見てもらっても良いですか?」
川本さんはバグズファイブに関わった事がある。いいアドバイスをもらえる筈。
「お前もとうとう指導係か。経験年数や実力からすると遅すぎる位なんだけどな。とりあえず聞かせてくれ」
いや、去年まで俺中学生だったんですよ。ヒーローに目覚める年齢は、高校生から大学生が多い。流石に年上を指導するのは、無理があります。
「ありがとうございます。まずはレッドフライ。この人は、蠅の力で戦うヒーローです。武器はフライレイピア」
柄が蠅の形をしており、口の所から剣が出ている。偏見は駄目だと思うけど、あまり触りたくないです。
「そいつの剣ってナイフラット戦の時に折れたんじゃなかったっけ?」
川本さんの言う通り、フライレイピアはナイフラットと戦った時に折れている。
「真正面から攻撃しようとして、ナイフで叩き折られたみたいですね。蠅の特性は目の良さと素早さ。戦闘スタイルとしては中距離から隙をついて急所を狙うのが合っていると思います。だから、忍術を習ってもらおうと考えています」
忍術の先生は、人体構造に詳しいし、武器の扱いにも慣れている。
「良いと思うぞ。あの先生なら、戦いの心構えを叩きこんでくれるし」
元暗殺者だけあり、徹底したリアリスト。文字通りの心身ともに叩き込んでくれる筈。
「次はイエローリポリー。力の源はダンゴムシらしいです。必殺技は、肩のショルダーダンゴパッドを使ったダンゴタックル。アメフトの経験者だけあって、破壊力は高いそうです」
ダンゴ虫の特性を色々考えたけど、これっていうのが思いつきませんでした。流石に丸まって下さいは無茶振りだし。
「こいつは、あれだろ?仲間を巻き込むのが怖くて何も出来なかった奴」
川本さんの言う通り、レッドフライやホワイトモールクリケットが近距離で戦っていた所為で、タックルが出来なかったらしい。
「ええ、この人には身体の好きな部位にダンゴアーマーを発現させる特訓をしてもらいます。目標は拳にダンゴナックルを出現させる事。イエローリポリーさんには空手を習ってもらおうと思っています」
体格は良いし、力もあるので近接戦の要になってもらいたい。
「前蹴りで吹き飛ばした後に、タックルを食らわせれば大ダメージが狙えるな。こいつは防御面も鍛えるのは有りだ。ダンゴアーマーだっけ?防御力を高くする特訓を加えて良いと思うぞ」
近接戦を任せられるのは、イエローリポリーさんしかいない。防御力を高めてハザーズを足止め。その隙に他のバグズファイブが攻撃を仕掛ける。ありだと思う。
「次はブラックスティング、カメムシの力で戦います。メインウエポンはカメムシソーサー。ぶっちゃけこの武器に攻撃力はありません。ですので、戦闘スタイルを一新したいと思います」
だって、カメムシソーサーに刃はついていないんだもん。少し硬めのフリスビーって感じだ。
「こいつ、あれだろ。お前が囮に使ったモテ男君。ファンミーティングとかしているし、屁をふってくれそうにないもんな」
それに屁をふっても敵を怯ませるだけだ。しかも、背中を晒さなきゃいけない訳で。何より仲間を巻き込む危険性がある。
「この人にはカメムシの口針を使える様になってもらおうと思います。出来ればサシガメの領域まで持って来たいですね。そして習ってもらうのは蟷螂拳。イエローリポリーの背後で待機してもらって、口針で急所に攻撃。ソーサーは牽制になら使えると思います」
カメムシの口針って、硬い果皮も貫ける。出来れば指に出現させる様になって欲しい。
「サシガメまで持っていければ、ハザーズの皮膚も貫く事が出来るしな。動脈を攻撃すればかなりのダメージを狙えるな」
問題は、どうやってカメムシ力を上げるか。いや、カメムシ力ってなんだよ。
蠅力、ダンゴ虫力、カメムシ力、青虫力、オケラ力……どれも前例がゼロなんですが。
「そしてブルーキャタピラー、この人は女性らしいです。武器はマウススタッフ、杖の先端に青虫の口がついています。手数で勝負するタイプらしいです」
女性らしいってのは、声しか判断材料がないからだ。戦隊って全身をバトルスーツで包まれているから、年齢や性別って分かり辛いんだよね。
「青虫の口で、どうやって攻撃していたんだ?」
川本さんの疑問はもっともだ。多分、普通のハザーズが相手なら効果は薄いと思う。かすり傷がつけれたら御の字ってとこだ。
「バグズファイブが戦っているハザーズはブリーディングウィード。雑草が元になっているハザーズなので威力は絶大らしいですよ」
マウススタッフは、植物系のハザーズ限定で効果を発揮するのだ。
「担当ハザーズだけと戦うんなら、それで良いんだけどな」
いくらヒーローが担当ハザーズとしか戦いたくないって言っても、敵はそんな事聞いちゃくれない。
ハザーズは、ルールやモラルとは無縁な存在。
老若男女問わず襲ってくる。警備とかだと一番弱いヒーローが狙われる事が多いのだ。
何より誰かが襲われている時に『あいつ等、自分の担当じゃないんで。他のヒーローを呼んで下さい』って訳にはいかない。
「この人には杖術を習ってもらう予定です。そして概念を青虫から芋虫に変化。最終的に幼虫まで広げてもらうと思います。上手くいけば毒針を使える様になると思うので」
ブルーキャタピラーって名前だから、概念が青虫に固定されているんだと思う。マークは芋虫なので、力の根源は幼虫な筈。それなら攻撃方法を増やせる。
「糸を吐ければ、攻撃パターンが増えるんだけどな。あれは蛹になる時だし、熟練度があがらなきゃ厳しいか」
幼虫の熟練度という矛盾したワード。
ブラックスティングの屁攻撃もそうだけど、口から糸を出せる様になって下さいは無理強い出来ない。
「最後にホワイトモールクリケット、この人も女性らしいです。力の源はオケラ。モールクローって爪を使うんですが、結構な重量があるらしく、上手く使いこなせていませんね。ですので、武器の大きさを変化させる技術を身につけてもらおうかと」
女性だから軽量化って訳じゃない。本物のオケラと同じく、腕の数倍はありそうな爪なのだ。あんなの俺でも使いこなせる気がしない。
「ああ、オケラの見た目で、そのまんま具現化させちまったパターンか。概念系は実物に引きずられやすいからな」
俺に言わせてもらえば、実物が存在している事が羨ましい。俺の元ネタは幻獣。実在しないから、イメージもし辛いのだ。
最初は『尻尾が蛇になっている鶏ってなに?』『蛇には、意識があるの?』ってパニックになりました。
「オケラの特性は水・陸・空で動ける事。この人にはパルクールを習ってもらって、切り込み隊長兼攪乱要員になってもらおうかと」
頑張った。コカトリス超頑張った。今までの経験を踏まえてのバグズファイブ強化計画。自分でも良い出来だと思う。
「初の強化案にしては、いい出来だ。でも、どうやってモチベーションを上げていくかって観点が抜けている。確かこいつ等大学生だった筈……それなら就職時にコネクションアシストを行える事を伝えれば良いんじゃないか?」
この業界にいると各方面に伝手が出来る。確かに希望している就職先にコネクションを持てるのは嬉しいと思う。
「ありがとうございます。追記しておきますね」
完璧だと思ったんだけど、モチベーションか。覚えておこう。
「それとだ。訓練メニューがタイト過ぎる。もう少し休みを作らないと、ダウンされちまうぞ」
まさかの追撃?でも、それ位こなさないと上にはいけないと思うんだけど。
「自主練レベルの訓練を設定したんだけど、駄目でしたか?」
俺からしたら練習はして当たり前。練習は強くなる為じゃなく、維持が目的なんだし。
練習だけで強くなれたら、皆が四番エースになれる。そこから自分の能力をどう伸ばすかが大事だ。
「丁や丙の奴等に、俺達と同じモチベーションを持てってのは無茶振りだぜ。パワハラになる。それは社員がバイトに『社員と同じ熱意で働け』って言ってるのと同じさ」
あれか。社長が社員に経営視物の視点を持ってって言っているやつか。
今からパワハラ気質が身についたらヤバい。気をつけよう。
「み、見直します。他に改善点はないですか?」
頑張って作ったんだけどな。自分基準で考えてしまっていたのか。
「改善点って訳じゃないけど、女性ヒーローと訓練する時は言動に気をつけた方が良いぞ。出来るだけ二人っきりになる場面は作るな。向こうからみれば、俺達はいるだけで恐怖の対象になるんだよ。お前にその気がなくても、セクハラ、パワハラだって思われるんだぜ」
俺にそんな度胸ある訳ないじゃん。中身はぼっちな高校生だぞ。
でも、向こうは中身を知らない訳で……指導って大変過ぎないか?
「気をつけます。ハザーズを倒すなら得意なんですけどね」
上級ヒーローにとって、通常業務の一つ。俺は年齢の関係で携わっていなかった。
まさか指導がこんなに大変だとは……俺はヒーローを続けていけるんだろうか?
(その前に、俺は将来何になるんだろう?)
ずっとヒーローをする。サンサンクの人達みたいに兼業ヒーロー。
……それともお兄ちゃん達みたく辞めてしまうか。
俺はヒーロー以外に何が出来るんだろうか?




