ぶちぎれコカトリス
今回の目標
目標一・ボス降臨の阻止。学校にボスが降臨したら、とんでもない被害がでてしまう。
目標二・心の力の奪還。このままだと、とんでもない被害が出てしまう。確か心の力を奪われると、廃人状態になる人や、老化する人がいるって話だ。二十人分のケアと保障。最低限の被害でおさえたい。
目標三・オレサマウルフを短時間で倒す事。時間を掛け過ぎてしまうと、心の力を取り戻しても、回復に時間が掛かってしまう。それに時間が長くなるほど、事件が周囲にバレる危険性が高くなる。
努力目標、備品を壊さない様にする。だって、場合によっては弁償しなきゃいけないし。
あと、何とか月山を説得して、前みたいに友達付き合いをしたい。正体がバレて人間関係にヒビが入る。意外とヒーロー界のあるあるなのだ。
「吾郎なのか?」
月山まだ信じられない様で、恐々と聞いて来た。
無理もない。最近、戦う機会が多くて俺の戦闘動画がネットを賑わせている。事件と同じで、動画で見る分には安心だけど、近くにいたら怖いと思う。
「今はコカトイエローだけどな。巻き込まれたくないんなら、お前も下がっていろ」
人を守りながら戦うのって地味に大変なんだよね。市民に怪我をさせたら、ネットで袋叩きにされる。
「分かった。その前に一つ聞いて良いか?それ、コスプレじゃないよな」
月山君、今目の前で変身したの見たよね?そんなに俺がヒーローだって、信じられないのか?
「うちのクラス、執事&メイド喫茶だぞ!わざわざコスプレ衣装を持ってくる訳ないだろ!」
しかも、この切迫した状況でコスプレする度胸なんて持ってない。
はっきり言っていく。普段はモブだけど、俺はヒーローなの。
「だよね。最後に一つ良いか?お前、あのハザーズに何かしたのか?恨みが篭りまくった目でお前を見ているんだけど」
オレサマウルフを見てみるとワナワナと身体を震わせていた。
(あいつとは初対面な筈……あっ)
「見つけたぞ。ホストインキュバスの仇。いや、ホストインキュバスだけじゃねえ。トラップスパイダーとトリモチスライムも、お前に殺されたんだ……待てよ、思い出した。コシギンイソギンチャクとネチネチオークも、お前に関わった所為で死んだんだ。この鬼、悪魔、ハザーズ殺し!」
そう、俺は短期間で三体のポーチャーを倒した。しかも、そのうち一人は幹部。
ついでにコシギンイソギンチャクとネチネチオークは俺に関わった所為で、退治されている。オレサマウルフからみれば、短い期間で仲間五体が殺されている原因なのだ。
(あっ……もしかしなくても)
「俺、あいつの仲間を何体か倒しているんだよ。ポーチャー、人材不足になっているとか?」
幹部のホストインキュバスを失っただけでも、大きい損失だったと思う。しかも。ネチネチオークはオレサマウルフの部下。そりゃ、恨みもするか。
「普通は平ハザーズでも、月一で倒されたら大問題なんだぞ。ホストインキュバスは、俺様にこの世界のイロハを教えてくれた。ネチネチオークは同じ獣ポーチャーで可愛い弟分だったんだ。それをお前は……」
多分、ポーチャーの中で俺は警戒対象になっているんだろうな。ネチネチオークなんて骨すら残らかなったっていうし。
「それでボスに来てもらおうとして、こんな悪趣味な真似をしたって言うのか?でも、安心しろ。直ぐにあの世で再会させてやるからよ」
どのケースも先に手を出してきたのは、ポーチャーサイドだ。正当防衛だって言い張ってやる。
「うわ、お前の方が悪者っぽいぞ……吾郎、巻き込んで悪い。今度、あんまんを奢るよ」
そう言い残して、月山は退避した。これで心置きなく戦える。
「お前、一人で俺と戦う気か?俺は甲二級コカトイエローなんだぞ」
謝っても許さないけどね。今は鳥かごを奪う事に集中しよう。
「ホストインキュバスも変身出来ていれば、負けなかったんだよ。そして今の俺様には変身する力がある……男の恨みで得た力を見ろ」
いや、あれが一番被害の少ない戦い方だっただけで……お前、狼のハザーズなんだよな。ある意味、墓穴掘っているぞ。
◇
オレサマウルフは、ポーチャーの中でも帰属意識が高い。ポーチャーである事を誇りに思い、仲間や部下を大事にする。
特にホストインキュバスは日本のイロハを教えてくれた大事な友人であった。
そんなホストインキュバスをこう言っていた。
『私達の敵の名前はバーディアンと言います。確かに強いんですが、一対一なら私達の方が強いです。他のヒーローも、チーム戦で戦う奴等ばかり。変身して対一戦に持ち込めば、確実に勝てますよ』と。
確かに、目の前にいるヒーローは一対一でホストインキュバスに勝ったかも知れない。
しかし、それは卑怯な手で変身を阻止したから。そしてオレサマウルフには『俺様の方がホストインキュバスより強い』という自負があった。
変身さえすれば絶対に勝てる。確信にも似た強い想いを抱きながら、オレサマウルフは身体に溜め込んだ負の感情を解放した。
全身から溢れ出した闇が、オレサマウルフを包み込んでいく。
耳が尖り、口が伸びていく。全身が銀色の体毛に包まれて、オレサマウルフはワーウルフに変身した。
身体から溢れる高揚感。歓喜にも近い勝利の確信。
「俺様の嗅覚は人間の百倍。お前のどんな動きも……」
その優れた嗅覚で、吾郎の匂いを嗅ごうとした瞬間、オレサマウルフの全身の毛が逆立った。
そしてさっきまで味わっていた勝利の確信が、一瞬にして霧散したのであった。
「鼻が良いってのも、考え物だな。嗅いだんだろ?俺に染みついた血の匂いと死臭を」
ゆっくりとした口調で語りかけて来る吾郎。その気負わない態度が、更にオレサマウルフの恐怖を駆り立てる。
(やばい。あれは本物の化け物だ)
変身しワーウルフになったからこそ分かる圧倒的な力の差。
全身に染み込んだ血の匂いは、潜り抜けてきた死闘の数を……死臭は屠ってきたハザーズの数の証なのである。
「い、命拾いしたな。俺様の目的は、ポーチャーのボスハーレムライオン様に降臨して頂く事。無駄な戦いは……うぼぇ」
俺様系の男に対する忌避感から生まれたオレサマウルフは、プライドが高い。
しかし、それは実戦を経て手にしたプライドではなく、優位種族であるからこそ成立したプライドである。
圧倒的強者に対する恐怖。形勢不利と悟ったオレサマウルフ。
個人の勝利より、ポーチャー全体の勝利を優先すべきだと言い訳をして辛うじてプライドを保ったのだ。
しかし次の瞬間、オレサマウルフの右腕に今まで感じたの事のない衝撃が走る。
「逃げても良いけど、これは置いていけ……すいません、解放して一人一人に戻してもらえますか?」
自分の腕を蹴った敵は自分を倒す事よりも、心の力を解放する事を優先した。
舐められたと感じたオレサマウルフの怒りに火がつく。
それはある意味本能と言えた。
オレサマウルフの力の根源は、男の性的身体能力差に基づくプライドの高さ。
男だから女より力が強い。強い男の方が偉い。男は女を守るべき。男は不利な敵から逃げてはいけない……それは死の恐怖を上回るオレサマウルフの本能。ある意味自分自身を成立されている全て。
それが彼をある行動に走らせた。
「俺を馬鹿にしやがって……でも、これは喰えば、俺はお前より強くなれる。皆殺しにしてやるっ!」
そう言ってオレサマウルフは隠し持っていた心の力を呑み込んだ。
オレサマウルフの銀色の体毛が金色に変わっていく。同時に、その力も倍増した。
◇
(無理だって。あんな化け物に勝てる訳がない)
その姿を見た月山満が恐怖に震えていた。彼は争いを好まない優しい性格なので、人同士の争いとは無縁。ましてやポーチャーを生で見るのは初めてである。
そのポーチャーが殺気全開で、こっちに向かってきているのだ。本能的恐怖が月山を襲う。
「ここにいれば、大丈夫だよ。君、月山君だよね?」
中年男性が場にそぐわない優しい口調で月山に話し掛けてきた。
「は、はい。そうですけど……逃げましょうよ。あんな化け物に勝てる訳ないですって」
恐怖にかられた月山は中年男性の腕を掴み逃げ出そうとした。
動物園のライオンは檻に入っているから、安心して見る事が出来る。
月山もヒーローが戦う動画を見た経験はあった。しかし、ハザーズから殺気を向けられるのは初めてである。
「そうですけど……それが何か?その前になんで俺の事を知っているんですか?」
どう考えても今聞かれる質問ではない。今は目の前の恐怖から逃げるのが先決なのだから。
「吾郎から聞いているからね。『高校に入って大事なダチが二人も出来たんですよ。あいつ等といると、ただの高校生に戻れたって思えるんです』って。友達に戻ってとは言わない。この戦いが終わっても、吾郎の事を怖がらないでくれないか?」
男性の優しい問い掛けで月山は、少しだけ落ち着きをとり戻した。
(あれ、吾郎なんだよな……)
月山満にとって吾郎は大事な友達である。その友人が一人でポーチャーに立ち向かっているのだ。
「分かりました。それとこの事は、秘密にすれば良いんですよね?」
月山の返答に男性は安堵の笑みを浮かべる。しかし、次の瞬間、真剣な表情で月山に問い掛けた。
「それを聞けて安心したよ……それより吾郎の恋って上手くいきそうなのか?心配なんだよね、あいつ鈍いから」
男性はコカトイエローがオレサマウルフに負ける不安は感じていない。しかし、吾郎が、振られる不安は持っていた。
「あー、あいつは鈍いって言うより、俺はモテないって思い込みが強いんですよ。それで、好きな子の好意にもマイナス判定しちゃっているので」
月山は吾郎と一緒にいる事が多い。だから翼の好意にも気付いていた。
翼の好意に気付くようにパスを出してみるも、吾郎はそれにすら気付いていない。
◇
「どうした?ヒーロー様よ。俺を倒すんじゃないのか?震えちゃって可愛いねー」
心の力を取り込んでパワーアップしたオレサマウルフは気付いていなかった。吾郎が恐怖で振るえているのでなく、怒りに打ち震えている事に。
「うるせぇ!こっちは、もう鶏冠にきてんだよ」
吾郎が、そう叫ぶと頭の鶏冠が膨れ上がった。そして一気に近づきオレサマウルフの腹を殴りつける。
あまりの衝撃に飲み込んだ心の力を吐き出すオレサマウルフ。
「やっぱり、少し減っているか……残りも絞り出せねぇかな?」
吾郎は、オレサマウルフの唾液で汚れた心の力を指で摘まむと、職員の方に放り投げた。そして再びオレサマウルフを殴り続けていく。
「あ、謝るから許してくれ。頼む、この通りだ」
胃液も吐き出し切ったオレサマウルフが、コカトイエローに手を合わせて懇願する。
「お前が謝って、恋が元に戻るのか?戻らねーよな?そんな謝罪に、何の価値があるんだ?」
コカトイエローは、懇願してくれるオレサマウルフの顎を思いっきり殴りつけた。
そのままオレサマウルフを殴り続けるコカトイエロー。
その目には敵しか映っていない。吾郎が戦う前に目標を設定するのは、怒りに我を忘れない為である。
「心の力を戻す作業が終わりました。戦闘を終了しても大丈夫です」
「もう死んでいるぞ。戦闘終了だ」
職員の言葉も、怒りモードの吾郎の耳には届かなかった。吾郎はオレサマウルフに怒っていたのではない。
被害を聞いておきながら、事前に防ぐ事が出来なかった自分に怒っていたのだ。
あまりの迫力に職員すら近づけずにいた。
そんな中一人の少年が、コカトイエローに近づいていく。
「吾郎、ストップ。クラスに戻ったら、鷹空さんとのツーショットを撮ってやるから。何ならポーズで撮れる様にアシストしてやるから。指でハート作って下さいって」
ぴたりと動きを止めるコカトイエロー。
しかし、震えは止まっていなかった。今のコカトイエローは皆の前で好きな子の名前を呼ばれた事で、恥ずかしさに打ち震える。
「おまっ、ここで名前出すなって。戦闘の言動は記録に残るんだぞっ!……月山、大丈夫なのか?」
その口調は、コカトイエローではなく大酉吾郎のもの。それは戦闘が終わった事を意味する。
「ああ、他の人達ほど俺は本気じゃなかったから……さあ、吾郎教室に戻るぞ」
月山は知らなかった。上級ヒーローがマスクの下で嬉し涙を流している事を。




