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俺、ヒーローなんだけど   作者: くま太郎


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お仕事なんだけど

 コンサートを見に来た人、祭を楽しんでいた人。大勢の人がブラックスティングを見守っていた。

 彼等の目にはランスボアが迫って来ているのに、微動だにしないブラックスティングが頼もしく映っていたであろう。

 突然現れたハザーズを目の前にしたにもかかわらず、不退転の覚悟を決めたヒーローの鑑だと。

 しかし、実情は違った。ブラックスティングも逃げたいのだ。でも、今自分が逃げたら、来場客に被害が及んでしまう。正義感と使命感、何よりヒーローとしての見栄が、彼の足を止めたのだ。

 しかし、迫って来るのは鎧を着た巨大な猪型ハザーズ。正面から当たったら、確実に怪我をする。

 ランスボアのランクはE+。ナイフラットよりも強く、ブラックスティングではどう足掻いても勝てない相手だ。

 ブラックスティングが覚悟を決めた瞬間、段ボールの中から一匹の怪鳥が飛び出してきた。


「猪突猛進系を装って、実は演技派ってか。お前の相手は俺だよ」

 怪鳥ごろうが、ブラックスティングとランスボアの前に立ちはだかる。

 突然の乱入者に、周囲は唖然とした。

 特にナーチャーアニマルにとっては、予想外の出来事である。

 彼等のシナリオでは、ランスボアがブラックスティングを倒し、フェスを滅茶苦茶にする予定だったのだ。


「コカトイエローさん、どうしてここに?」

 そんな中、ブラックスティングがコカトイエローに声を掛ける。マスクの下の顔には、安堵の色が浮かんでいた。


「理由は後から話します。貴方は皆を守って下さい」

 吾郎コカトイエローは、ブラックスティングろを振り返らないで話す。彼の目に映っているのは、ランスボア……そしてその背後にいるナーチャーアニマルの面々。


「邪魔だ!どきな」

 タックル中のランスボアは乱入者が来た事に勘づいていた。しかし、それが誰なのかは分かっていない。


「はい、そうですか……って、避ける訳ねーだろ!」

 再び皆が唖然となった。吾郎が突進してきたランスボアを、いとも簡単に投げ飛ばしたのだ。

 しかも、そのままランスボアの顔を踏みつけ始めたのだ。


「いだいっ。や、止めろ」

 転がる事でなんとか、回避するランスボア。

 ランスボアは数回だが、ヒーローと戦った経験がある。

 彼が戦ってきたヒーローは、正々堂々と戦う者ばかり。文字通りヒーローらしいヒーローとしか戦った事がない。


「悪いがお喋りに付き合う気はないんでね」

 吾郎はそう言うと、一気に近づきランスボアの脛を蹴り始めた。ムエタイのプロ直伝の鋭い蹴りがランスボアを襲う。


「さっきから剝き出し部分だけ狙いやがって、それでもお前はヒーローか!?」

 涙目になりながら吾郎と距離を取るランスボア。そして後方にいるナーチャーアニマルにアイコンタクトを送る。

 それに呼応するかの様にナーチャーアニマルが騒ぎ出した。


「正々堂々戦え、卑怯者」

「皆さんあれがヒーローです。決して正義の味方なんかじゃありません」

「命を奪って食べる飯は美味いか?お前等は、殺す事しか出来ないんだろ」

 吾郎に向けられる罵詈雑言の嵐。意外な事にクレームは祭客の中からも聞こえていた。

 何の事はない。声の主は、客に紛れこんでいたナーチャーアニマルの会員である。

 集団心理なのか、それとも初めて見る戦いに気圧されたのか、他の客は何も言えずにいた。


 ◇

 翼は迷っていた。階級が低いとはいえ、自分もヒーローである。

(援護に向かうべきだよね……でも、ここで変身する訳には)

 周囲にいるのは部活の仲間。もし、ここで変身すれば自分がバーディアンだとバレてしまう。

 それは家族や友人、バーディアンの仲間……何よりも大事はごろうも不幸に巻き込む危険性がある。

 そんな翼の心に浮かぶのは、自分が援護に行っても足手纏いにしかならないという言い訳。

 確かにそれは事実である。ここでホークソルジャーが加勢に来ても、吾郎コカトイエローの仕事が増えるだけだ。

 そんな翼の迷いを吹き飛ばしたのは、健也であった。


「頑張れ!コカトイエロー。俺はあんたを応援するそ」

 精一杯声を挙げてコカトイエローを応援する健也。

 勿論、彼はコカトイエローの正体が親友ごろうだとは知らない。けれども、何かせずにはいられなかったのだ。


「負けるな、コカトイエロー!皆、応援してるよ」

 翼も健也に負けじと声を張り上げる。

 何しろ同じヒーローで、一度コカトイエローに助けてもらった事があるのだ。自然と応援にも熱が入る。

 それにバスケ部の面々も続く。

(健也に鷹空さん……よし、頑張るか!)

 今日のランスボアは確実に不運であった。

 襲撃先にいたのは格上の相手ヒーロー。しかも、そのヒーローに最大のバフが掛かったのだ。


「皆もコカトイエローを応援しよう。ヒーローは私達の為に戦ってくれているんだよ」

 マイクでそう言ったのは、アイドルの中秋小夜。運営エスパルオンからの指示だが、会場は一気に吾郎コカトイエローの応援を始めた。

 これは中秋小夜の功績も大きかったが、来客に紛れたナーチャーアニマルを警察が確保した事も大きい。


「ふん。俺が勝てば良いだけさ。ランスボアの名前の由来を見せてやる」

 ランスボアは、そう言うと、自分の牙に手を掛けた。同時に牙が槍に変形する。

 槍は巨大で穂先が鋭く尖っていた。しかも、コカトイエローのテイルロッドより長い。

 武器だけなら、ランスボアの方が有利であった。そう、武器だけなら……。

 事実、戦いを見守っていた人達は一抹の不安に駆られていた。肝心のコカトイエローは、武器を持たないどころか、構えすらとっていない。

 両手をだらりと下げ、全身から力を抜いている。

 見方によっては、全てを諦めてしまったかの様に見えるのだ。

 この場で吾郎コカトイエローの勝利を確信しているのは、川本エスパルオンのみ。


「……敵の有利な土俵で戦う馬鹿がいるかよ!カプサイシンブレスッ」

 吾郎は胃の中にあるカプサイシンだけを抽出しブレス化。それをランスボア目掛けて吹き付けた。


「目が、鼻が痛い!目が開けられねー」

 もろにカプサイシンを吹きかけられ、その場にうずくまるランスボア。

 その隙を見逃す程、コカトイエローは甘くなかった。


「その為のブレスだからな」

 吾郎は一気に近づくと、うずくまっているランスボアを蹴り上げた。

 強烈な蹴りを喰らい、ランスボアは会場やナーチャーアニマルからも離れた所まで吹き飛ばされる。


「せ、正義の味方がこんな戦い方して良いのかよ。見ろ、祭客も怯えているぜ」

 ランスボアの言う通り、祭客の中には泣き出している人もいた。


「だから、どうした?お前は会場を襲撃していたら、泣く事も出来なくなる人もでた……そうしたら、大事な人を無くして悲しむ人がでる。悲しみを止められるなら、怖がられても本望さ……これでお終いだっ!石化ブレス」

 ブレスに包まれたランスボアは物言わぬ石像と化す。

(目標八割達成ってとこか。鷹空さんと健也に感謝だな)

 吾郎はランスボアの石化を確認した後、ナーチャーアニマルに向かってゆっくりと歩きだした。

  さっきまで威勢の良かったナーチャーアニマルだが、今は誰も口を開こうとはしない。

 恐怖にかられて、言葉すら出せなくなっていたのだ。

 圧倒的な強さを見せたヒーローが無言のまま近づいて来る。しかも、吾郎はマスクを被っていて、周りからは表情が分からない。

  コカトイエローが、その気になれば自分達を殺す事は容易い。しかも、何を考えているのか分らず、ただ怯える事しか出来なかったのだ。

 しかし、肝心の吾郎はと言うと……。

(どうやってナーチャーアニマルに罪を認めさせようかな……お前等の罪をもうバレているぞ……これじゃ駄目か。俺にもピーズガーディアンさんみたいなカリスマがあれば!)

 どうやってナーチャーアニマルとの決着をつけるかで悩んでいたのだ。


『吾郎、俺だ。五分位時間を稼げるか?それとお前達はカメラに映っているし音声も拾っているから、上手く使えよ』

 悩んでいる吾郎に川本がテレパスを送って来た。後、五分あればナーチャーアニマルを確実に追い詰められるとの事。

 そして吾郎達のやり取りは、コンサートで使う巨大スクリーンに映っているとの事。


「来るな。ヒーローが一般人に暴力を振るって良いと思っているのか?」

「私達は善良な動物保護団体なんですよ。無益な殺生をするヒーローとは違うんです」

「助けて下さい。このままだと悪いヒーローに襲われます」

 さっきまでの自分達の悪態を棚に上げ、ナーチャーアニマルは来場客に助けを求め始めたのだ。

(誰が善良な保護団体だよ…そうか、だから川本さんは、蜂蜜牛乳をくれたんだ。本当に無益な殺生をしないか試さないとな)

 吾郎が目をつけたのはナーチャーアニマルの背後に広がっている森。


「ハニーブレスッ」

 吾郎は、胃の中に残っていた蜂蜜を抽出しブレス化。それをナーチャーアニマルに向かって吐きかけた。


「辛……くない?あまっ!」

「胸やけしそう……なんか虫が集まってきているんだけど」

「こっちに来るな。気持ち悪い」

 ナーチャーアニマルの一人が、ハニーブレスの匂いに釣られて集まってきた虫を叩き落とした。


「おい。あいつ今虫を殺したぞ」

 健也の言葉に周囲がざわめきだす。川本の指示で、カメラがナーチャーアニマルを映していたのだ。


「今、無益な殺生しましたよね……俺は貴方達に何もしません。でも、自首をお勧めしますよ」

 ナーチャーアニマルは犯罪者ではあるが、ハザーズではない。吾郎は、彼を逮捕する権限を持っていないのだ。


「む、虫を殺したからって罪に問われないだろ?お前達、ヒーローの方が沢山の命を奪っているじゃないか!」

 反論したのは、ナーチャーアニマルの現代表。

(殺すしか能がないか……確かに、その通りだ。物語のヒーローみたくハザーズを改心させた経験なんてないもんな。ピースガーディアンさんみたいなカリスマがあれば良いんだけど)

 反論する言葉が思いつかず、吾郎はマスクの下で苦笑いを浮かべる。

 吾郎は自分の行動が無駄だと分かっていた。それでもあえて自首を勧めたのは、三つの理由があった。

 基本的には、トラブル防止の為である。

  吾郎達ヒーローは、事件解決後に敵側の家族や関係者から“きちんと話せば分った筈なのに”や“戦う以外にも解決方法があった筈です”等責められる事が少なくない。

  だから、人間相手で余裕がある時は説得を試みる。

  そして時間稼ぎ。川本の指示で、最低五分はナーチャーアニマルを会場ここにとどめておく必要があるからだ。

 もう一つ大きな理由があった。


「色々分かっていますけど、そっちは警察にお任せします……俺が忠告したいのは、ハザーズと組んでヒーローを襲った事ですよ」

 会場がどよめき、ナーチャーアニマルに視線が集中する。


「し、証拠でもあるのか?名誉棄損で訴えてやる」

 動揺をみせつつも、強気な大度で反論をするナーチャーアニマルの代表。彼はハザーズと組んでヒーローを襲う事が重罪だと知っている。知っているからこそ、認める事が出来ず、吾郎を責めたてているのだ。


「もう少しで、警察が犯人を捕まえてやってきますよ……ランスボアを、ここまで連れてきた貴方達のお仲間をね」

 吾郎の言葉を待っていたかの様に、パトカーが駐車場に入って来た。警察官と一緒に降りてきた男を見てナーチャーアニマル会員の顔が青ざめていく。


「に、逃げるぞ。正義は私達にあるんだ!」

 代表の絶叫を聞いて、我先に逃げ出そうとするナーチャーアニマルの会員達。

 吾郎は一般人に力を振るう事は出来ないし、警察官は仲間ゆそうはんを拘束中だから追ってこられない。そう判断したのだ。


「言っておきますけど、ここからは逃げられませんよ。周囲に停まっている車は全部警察の車です……ヒーローって横の繋がりが強いんですよ。甲や乙は特にね。だから、仲間パワーナックルさんを罠にはめた貴方達を助けるヒーローはいません。大人しく捕まった方が自分の為ですよ」

 吾郎の言葉を聞いたナーチャーアニマル会員達が一斉に膝から崩れ落ちた。

 吾郎の言っている事は半分脅しである。

 ヒーローは、ハザーズと手を組んだ人は絶対に助けない訳ではない。

 そうした人間は警戒リストに乗せられ、安全が確認されるまで救助要請が出されないのだ。

 それを知っていて、わざとリストに載っている人を襲うハザーズもいるのだ。


 ◇

 ナーチャーアニマルを全員逮捕。危険はもうないと判断されて、肉フェスは無事続行となった。


「小夜ちゃんのコンサート良かったですね。特にあのラブソング、最高でした」

 翼はフェスを堪能しまくった。中秋小夜のコンサートでは、ラブソングに感情移入して大号泣。

 そして吾郎お勧めの食べ物も大満足であった。味もさる事ながら、翼は鼻高々状態なのである。


「大酉君だっけ?翼の友達に感謝だね。あんなに割引してくれるなんて思わなかったよ」

 翼は先輩の言葉に誇らしげに頷く。吾郎が勧めてくれた店は、皆は破格の割引をしてくれたのだ。

 当然、部の皆が自分と吾郎の事を誉めてくれた。だから翼は、満面の笑みになっていたのだ。その吾郎は笑顔を見て勘違いして、へこんでいたのだが。

 割引に関して、肝心の吾郎は全く無関係であった。

 首謀者は川本である。川本は吾郎の恋心を読み取り、あるお願いをしていたのだ。

 練習試合だけあり、翼達は校名の入ったジャンバーを着ている。その人達が来た際に『鷹空翼さんか場七健也さんはいますか?大酉吾郎さんから話は聞いています』そう言って割引きしてくれる様にお願いしていたのだ。


「先輩、吾郎は俺の親友ダチっすよ……中秋小夜か。どっかで聞いた事あるんだよな」

 健也が何かを思い出そうと必死に記憶を探る。健也はアイドルにあまり興味がない。

 健也は、バスケの選手なら育成リーグの選手まで覚えている。しかし、アイドルには疎く、会話にあがる事すら稀であった。

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