例のモノの行方について
活動報告に書いた小話を少し修正したものです。 1/23(1/2)
「おぉ~!あれ、すげ~!とうちゃん。俺、あれ欲しい!」
共に町に来ていた息子が、そう言って俺の手を引っ張ったのは、ある店の前だった。
そこは顔なじみの店で、主に木材で作った器や籠などを扱う店だった。
品数も豊富で品質もよいと評判で、昨今は貴族の屋敷にもその品物を下しているような立派な店ではあるが……そこに現在、八つの息子が目を輝かせて欲しがるものなど果たしてあるのだろうか?
疑問に思い、息子の指差す先に目をやると―――そこにはヘビがいた。
店先のテーブルにちょこんと鎮座しているそれに俺はひどく驚いたが……よく見ればそれは作り物であった。
「すげ~、すげ~!」
息子はテーブルに置かれたそのヘビの作り物にすっかり心を奪われたようで、目をキラキラさせて張り付いている。
そのヘビは実に精巧に作られていた。私だけでなく大抵の者が少し見ただけなら本物のヘビだと思ってしまうだろう。
膝を折りテーブルにしがみ付く息子の頭上から、しみじみとそのヘビの作り物を見つめていると、
「おお、いらっしゃい」
店の中から店主が出てきて声をかけてきた。
「ああ、邪魔しているよ」
顔なじみの店主にそう返すと、俺はこの息子をすっかり夢中にさせているヘビについて尋ねた。すると、
「ある貴族様のお屋敷に品物を卸しにいった時に、棚の上に飾ってあるのを見かけてね。精巧な作りだと褒めたら、そこの使用人がくれたんだよ。なんでも沢山あって処分に困っているからと言ってね」
「ほぉ、貴族様のお屋敷でね」
金を持て余している貴族が何かの酔狂で作ったのだろうか?
それにしても良くできている。そして―――
「ねぇ、とうちゃん。これ買って、いいでしょ!」
息子がそれはキラキラした目で必死にそう頼んでくる。まるで本物そのもののヘビは子供心をとても引き付けたようだ。
俺は店主に断りを入れ、そのヘビを手に持った。
それは思いのほか軽く、そして何故だかとても手に馴染んだ。
まるで手に馴染むように、持ちやすいように作られているようだった。
俺はしばらく考え、そして店主に尋ねた。
「なぁ、このヘビの作り物。俺に譲ってくれないか?」
「ああ、どうせもらい物だし、いいぞ」
二つ返事で了承をくれた店主にお礼を言いつつ、俺はさらに尋ねる。
「ところで、これはどこの貴族様のお屋敷で貰ってきたんだい?」
「ああ、クラエス公爵様のお屋敷だよ。あそこは位が高いのに、使用人も皆気さくでよいお屋敷だよ」
「そうか。クラエス公爵様のところか。ところでこのヘビは沢山あって処分に困っているとのことなんだよな?」
「ああ、そう言っていたが……あんたまさか、もっと欲しいっていうのか?」
驚いた様子の店主に俺はにやりと笑って言う。
「その通りだよ。見ろ、この俺の息子の輝いた目を! こういう本物そっくりの生き物なんかは子供心をくすぐるんだよ! しかも軽くて手になじむ。これは子供の玩具としてすごくいいぞ。町で売り出せば大人気になるぞ!」
「まぁ、俺にはよくわからんがこの辺の商人の顔役で、一番の稼ぎ頭のあんたが言うのなら」
そう、俺はこのあたりの商人の顔役をしており、自慢じゃないが町でも一,二の稼ぎを叩きだしている。特に新しく売り出した商品はほとんどが当たっている。
そんな俺の勘がこれは売れるといっているのだ。
「よし!そうと決まればさっそくクラエス公爵様のお屋敷に連絡を取らなければ!」
そう言って、俺は右手に譲ってもらったヘビを、左手に息子の手を引いて歩き出した。
そうして手に入れたヘビの作り物。見れば見るほど本当によくできている。少しでも本物に近づけようという何か執念のようなものすら感じる気がする。
それにしても……売り出すでもなく余っているというこのヘビの作り物は、一体、何が目的で作られたものなのだろう。
★★★★★★★
「……ぶへっくしょん」
突然、鼻がムズムズして大きなくしゃみがでた。それを隣で見ていたキースが眉をしかめる。
「姉さん、そのくしゃみは貴族令嬢として無しだと思う」
「しょうがないじゃない。出ちゃったんだもの」
そして、私はくしゃみとともに出てきた鼻水をズズッとすする。
それを見てキースはさらに眉をしかめ深いため息をつくと、今度は棚の上に飾られていた私とトムじぃちゃんの長年の努力の結晶を手にとった。
「……あと、姉さん。ここ数日、屋敷のあらゆるところに置かれているヘビの作りものだけど……いい加減に捨てない?」
「な、なんてこというの!キースったら、私とトムさんがどんなに頑張ってこれを作ってきたと思ってるのよ! 捨てるなんてできないわ!」
「……そうは言っても、こんなに屋敷中に飾って……屋敷に来る人たちにも変な目で見られているらしいし」
「だって、せっかく沢山作ったのに、使い道もなくなってしまってもったいなくて……」
このまま日の目を見ないのも悲しいので、思いきって屋敷中に飾ってみたのだが……残念ながら屋敷の皆の反応はよくない。
初めこそ『すごいですね~』とか言ってくれていたのに、今じゃあ『もう邪魔だから捨てたい』なんて……切ない。
ちょっぴり落ち込んだ私に、キースが微妙な視線を向けてくる。
「そもそも、これ、昔からせっせっと作ってたけど……何に使うつもりだったの?」
「……そ、それは……」
まさか、いざという時にジオルドに投げつけるつもりだったとも言えず、黙る私にキースは、またため息をつく。
「とにかく、そろそろ処分しないと。こんな屋敷中に飾っていると出かけている母様が戻られた時にまたお説教をもらうことになるよ」
確かに……少し前からお父様とバカンスに行っているお母様、きっとこの屋敷中に飾られたヘビを見たら、間違いなく文句を言われそうだ。
ただでさえ、ヘビを飾りつける時にお母様のお気に入りの花瓶を一つ割ってしまったので……このままでは、かなりやばい気がする。それは、わかっているのだが……
「……うっ。でもせっかく作ったのに捨てるのは……せめて誰か欲しい人に貰ってもらいたいわ」
だって長い年月をかけ必死につくったのに……日の目を見ないなんて切ない。
「……欲しい人がいればいいのだけど」
キースがどこか遠い目をして言った。
こうして皆に、邪魔にされたヘビの玩具が町で大評判になるのはもう少し先の話。




