見つかってしまいました
本編終了後の一幕です。 6.3(8/8)
「ねぇ、カタリナ。ずっと気になっていたのですけど、その膨らんだポケットには何が入っているんですか?」
破滅フラグを回避し、すっかり安心しきってお茶を啜っていた私は、ジオルドにそう指摘され、ポケットに手を突っ込んだ。
あれ、何か入っている?なんだっけ?
私はポケットの中のモノを引っ張り出した。
それは、私の八年間の、最高傑作のヘビの玩具だった。
……そういえば、昨夜、破滅対策のためにポケットに入れていたのを今の今まですっかり忘れていた……
しかも、よりによってジオルドの前で取り出してしまった……
八年前に、ジオルドにヘビの玩具を投げつけ、ひどい報復を受けてからは、彼を警戒し、ヘビの玩具作りも、それを投げる練習もジオルドには気づかれないように注意してきた。
それなのに……よりによってこんなタイミングで……
せっかく、破滅を乗り切ったというのに……このままでは新たな破滅がやって来てしまう……
私はヘビの玩具を握りしめ固まる。とてもじゃないが顔をあげてジオルドの様子を確認する勇気がない。
しかし、どことなく不穏な雰囲気だけは感じとる。
……これは、やばい。なんとか、なんとかして誤魔化さなくては……
「……あ、ああ!これは何かしらいつの間にこんなものが?一体、誰が私のポケットにこんなものを入れたのかしら?」
とりあえず、知らないうちに誰かに入れられたという設定にしてみた。
やや、台詞が棒読みになってしまった気もするが、我ながら素晴らしいアイディアだと思う。
このヘビの玩具は私のモノではなく、何者かの陰謀によって私のポケットに入れられたものである。
「一体、いつの間にこんなものが……」
私は迫真の演技を続けた……すると……
「まさか、誰かに勝手に入れられたの?」
ジオルドが困惑したような声をあげた。
その顔を見ると声と同じように強張った表情をしている。
や、やったわ。うまく騙すことができたわ。私の演技力もかなりのものね。
これは将来、女優になれるかもしれない。
そうしてすっかり、調子に乗った私はさらに演技を続けた。
「そ、そうなんです。一体、誰がこんなことをしたのか」
私は困った表情をつくる。気分はすっかり大物女優だ。
「本当だね、一体、誰がこんなことをしたのでしょうね」
ジオルドも私の素晴らしい演技にすっかり騙されたようだ。
よかった、よかった。そうして私がすっかり安心したその時だった……
「――なんて言うと思いましたか?」
「え!?」
急に声色が変わったジオルドの顔を再び見ると……そこにはかつてヘビの玩具を投げつけた時と同じ邪悪な笑みが浮かんでいた。
……あれ?なんで?私の名演技にすっかり騙されていたはずじゃあ……
目を丸くする私に、ジオルドが淡々と告げる。
「普通に考えてあり得ないでしょう、ポケットに物を入れるなんて、気づかないはずもないでしょうし。おまけに、こんな事しても全く意味が無い」
「……うっ、確かに……」
素晴らしいアィディアだと思ったのだが……確かに言われればその通りである。
さすが、天下のジオルド殿下だ。
「そもそも。そんな可笑しな嘘で騙される人なんて、カタリナくらいですよ」
「………」
「それに、今まで知らないふりをしてきましたが、カタリナがこそこそと今、手にしているモノを作成していたことも、それを投げる練習をしていることもずっと前からお見通しなのですよ」
「!?」
なんですと!?ずっと気づかれていないと思っていたのに……すっかりばれていたとは……
「それで、カタリナは何でそんな事をしていたのですか?」
ジオルドがそれはそれはいい笑顔でそう尋ねてくる。
「……そ、それは……」
まさか、もしもの時にあなたに投げつけるためです!とも言えず……私は再び固まる。
「まぁ、なんとなく見当はついていますが……どうします?またクラエス夫人にご報告しましょうか?」
「え、いや、それだけは……」
邪悪な微笑みを浮かべるジオルドに、私は慌てた。
お母様に事が知れれば、また凄まじい雷を落とされることは確実だ。
「そうですか……それなら一つ、僕のお願いを聞いてくれたらこの事は忘れてあげましょう」
「本当ですか!わかりました。なんでもやります!」
よかった、助かった。
お母様の雷に比べたら、お願いの一つや二つ喜んで、聞きますとも!
意気込んで答えた私に、ジオルドはすっとその整った顔を近づけてきた。
「じゃあ今夜、皆に気付かれないように、一人で僕の部屋まで来てもらってもいいですか?」
「へ、あの……なんで?」
てっきり、授業のノート取っとけとか、売店でパン買ってこい的にパシリにされることを予測していたのに……
皆に気が付かれないように部屋に来いとは一体どういうことだろう?
何か秘密の相談でもあるのだろうか?
「理由は来てくれたらわかりますよ。僕のお願いを何でも聞いてくれるのですよね」
「……あ、はい」
やはり、何か相談したいことがあるのだろう。私で力になれるかわからないが、最善をつくそう。
「楽しみに待っていますから」
ジオルドは私の耳元に顔を近づけそう言うと、意味深な笑みを浮かべた。
その途端、なんだか背筋がぞわぞわした。
あれ?なんで?どうしたんだろう。
謎の悪寒に戸惑っていると、横から伸びてきた手にぐっと身体を引かれた。
驚いて、振り返るとそこにはキースが立っていた。
「ジオルド様、少し密着が過ぎるのでは」
「カタリナは僕の婚約者なのですから、このくらい普通ですよ。君の方こそ僕のカタリナにあまり気安く触れないでください。いい加減に姉離れしたらどうですか?キース・クラエス」
なんだか厳しい声をあげたキースに、ジオルドが相変わらずの笑顔で返すと、なぜかキースではなく、別の声があがった。
「カタリナ様はジオルド様のものではありませんわ。まだ正式に婚姻を結んだわけではありませんでしょう」
いつの間にか傍にきていたソフィアが珍しく険しい顔でそう言うと、また別の声があがる。
「その通りですわ。まだ只の婚約者ではありませんか、今後はどうなるかもわかりませんのに」
「どういう意味ですか?メアリ・ハント嬢」
「言葉通りの意味ですわ。ジオルド様」
にこやかにほほ笑むメアリに、笑顔で返すジオルド。
その様子は楽しく談笑しているように見えなくもないが……なぜだろうなんだか空気が、重い気がする……
気が付けば、それぞれで散らばっていたはずの生徒会の皆が、私達の傍まで来ており、皆、なんだか険しい顔をしている。
そしてなんとなく不穏な空気が流れている気がした。
あれ?なんで。 破滅フラグは無くなったはずなのに……
「カタリナ様、もうジオルド様とのお話は終わりましたわよね?」
「え、あ……うん」
どこか威圧感があるようなメアリの言葉に頷くと、そのまま、やや強引に引っ張られる。
「では、あちらで私とお茶を飲みましょう」
「あ……うん」
そうして、その後はメアリとソフィアとマリアに挟まれて、おしゃべりとお茶を楽しんだ。
いつの間にかあの謎の悪寒は落ち着いていた。
何だったんだろう。あのぞわぞわしたのは……風邪でもひいたのかしら?
その夜は結局、キース達に見つかりジオルドの元には行けなかった。
そして、今後、そのようなことは決してしないように叱られた。
まぁ、確かに貴族の令嬢として、夜に一人で異性の部屋に行くのは、はしたないことだ。
次からは相談は日中にしてもらおう。
それにしても、破滅フラグを乗り越えたはずなのに……友人達の間に、なんだか不穏な空気を感じたのは気のせいだろうか……




