婚約について
活動報告で載せさせて頂いた小話を修正、追加したものです。
時期は(三十四話 魔法が解けて)と(三十五 卒業式迎えました)の間の頃です。 6.3(7/8)
俺、アラン・スティアートは本日、婚約者であるメアリ・ハント嬢を話があると呼び出した。
場所は寮の一室で、人払いもしてあった。
俺はついにあの話をメアリに話すつもりだった。
カタリナ・クラエスが闇の魔法にかけられた事件からひと月が経とうとしていた。
一時期はどうなることかと思ったが、事件は無事に解決した。
事件の当事者であるシリウスこと、ラファエルが学園を去り、生徒会は少しバタバタしたが、それでも今ではいつも通りの落ち着きを取り戻していた。
そんな中、俺にはどうしてもやらなければならないことがあった。
俺、アラン・スティアートは八歳の頃から、ハント侯爵家の四女メアリと婚約していた。
愛らしく一生懸命なメアリのことを俺は確かに好ましく思っていたのだが……それが、どうやら恋愛感情ではなかったということに気が付いてしまった。
きっかけはカタリナが命を奪われそうになったあの事件だった。
あの時、カタリナを失ってしまうと思った時、俺は自分の本当の気持ちに気が付いた。
俺はカタリナ・クラエスという少女を愛しているのだと。
そう気づいてしまえば、思いは一気に溢れ出し、止まらなくなった。
少しでも傍にいて、彼女の笑顔を見ていたかった。
彼女が兄ジオルドの婚約者であることはよく分かっていた。
だから、この思いが叶わないことも……それでも許される限り彼女の傍にいたいと思ってしまう。
そうして、そんな思いにとらわれた時、俺はメアリのことを思い出した。
確かに彼女のことは好ましいと思っているが、それは恋愛感情ではなく家族愛のようなものだった。
家族愛、それでも確かに構わないかもしれないが……
それではメアリにとって失礼になるのではないか……
こんな風に、別に思い人がいる男と婚約をしているのはメアリにとって良い事なのか。
悩みに悩みぬいた末、俺はメアリに自分の思いを打ち明けることにした。
俺が、メアリではない、決して思いが届かぬ人を愛してしまっていることを。
そして、その話を聞いてメアリに決めてもらうつもりだった。
婚約を破棄するかどうかを……
そして、遂にメアリがやってきた。
愛らしい婚約者は、俺の思いつめたような表情をみて、なんだろうと不思議な顔をしていた。
そんなメアリに俺は……カタリナの名前こそ出さなかったが、それ以外の俺の思いをすべて話した。
「メアリ、お前には本当に申し訳ないと思っている。だから、お前が望むなら、速やかにお前に迷惑が掛からないように婚約を破棄する」
はじめこそ驚いた様子だったメアリの顔は、次第になんだか困ったような表情を浮かべていった。
そして……
「…………想像以上の真面目っぷりね。面倒だわ」
「え、なんだ?」
メアリが何か呟いたが、その声は小さくて聞き取れなかったため、聞き返したのだが。
メアリはふんわり微笑んで『何でもありませんわ』と笑った。
そして――
「アラン様の気持ちはよく分かりましたわ……でも、そうして婚約を解消してしまうと、我が家の事なのでまたすぐに別の婚約者を充てがわれてしまうと思うのです。それでは、困るのです」
「別の婚約者を得るのが困るのか?お前は社交界でもとても人気だし、きっとお前をちゃんと愛してくれる素敵な婚約者ができるのではないか?」
実際、社交界でのメアリの人気は高い、俺と婚約解消したって引く手あまただろう。
しかし、メアリは険しい顔をして首をふった。
「いいえ。困るのです……アラン様、私もずっと黙っていたことがあるのですが……実は私にもお慕いしている方がいるのです」
「ええ!?」
あまりの展開に、俺は口を開けて固まる。
「黙っていて申し訳ありません。……でも私のお慕いしている方も思いの届かない方なのです」
「………そうか。お前もそうだったのか」
そうか。まさか、メアリにも……そんな相手がいたなんて。
まったく気づかなかった俺はかなり鈍い男なのだろうか。
「……でも、私は諦めきることができなくて……可能性は高くありませんが、頑張ってみたいのです。ですから、新しい婚約者をあてがわれるよりも、こうして同じような思いを持つアラン様と婚約している方が助かるのです。なので、どうかこのまま婚約を継続させてください」
メアリはそう言って少し潤んだ瞳で俺を見つめた。
こんなに儚げなメアリにそんな風に頼まれ、断ることなどできやしない。
「わかった。お前が、その人と結ばれる時まで、婚約者の役目を引き受ける」
俺が、そう言うとメアリは、それは嬉しそうに微笑んだ。
そうして微笑む愛らしい少女が、実は俺たちの最大のライバルで、しかもかなりの強敵であることに気が付くのは、しばらく先の話だ。




