クラエス家にメイド頭として仕えて
活動報告で載せさせて頂いた小話を修正、追加したものです。 6.3(2/8)
それなりの商家の三姉妹の三女として産まれた私が、クラエス公爵家にメイドとして仕え始めたのは、十六歳の年だった。
二人の姉は器量もよく、愛らしい性格をしており、結婚の申し出も沢山あった。
そして年頃になると長女は婿をとり、次女も嫁いでいった。
しかし、そんな姉たちにくらべて、妹である私は器量も悪く、人付き合いも苦手だった。
きつい顔立ちで、もの言いもきつく聞こえてしまうらしい私は、恋人はおろか友達すら満足に作ることができなかった。
そうして、ろくに友達もつくれず学校を卒業し、家に入った私には、姉たちのように結婚の申し出が来ることもなかった。
このまま家にいてもきっと、いき遅れになり、家族に迷惑をかけてしまうと、私は古くからの付き合いのあったクラエス公爵家へと働きに出たのだ。
きっとこんな自分は他の女性のように、結婚して幸せな家庭を持つことはできないと早々に悟った私は、とにかく必死に仕事に励んだ。
そうして、誰よりも懸命に仕事に打ち込み、十年近い時がたった頃、気が付けば私はメイド頭の地位まで登りつめていた。
丁度、古くから勤めていたメイド頭が引退するということでの、異例の出世だった。
メイド頭になった私は、若年のせいで舐められることがないよう以前より、さらに仕事に厳しく打ち込んだ。
そうして、努力を重ねた私だったが、きつい顔立ちと、きつく聞こえてしまう物言い、さらに若年だと舐められないよう厳しくしてきたことで、気が付けば他のメイドたちや使用人たちから遠巻きにされる存在になってしまっていた。
それでも『一人で生きていくためには』と私は必死に仕事に打ち込んだ。
そんな私の趣味は可愛いものを愛でたり、甘いお菓子を作ることだった。
ヒラヒラの可愛いドレスに、愛らしいぬいぐるみ、お姫様のでてくるおとぎ話に、甘いお菓子が私は大好きだった。
でもそれは、きつい見た目の私にはとても似合わないもので、幼い頃はよくからかわれ、いつしか周りに知れないように、隠れてこっそりと愛でるようになった。
甘いお菓子も私のイメージにはそぐわないようで、皆が食べていても『甘いものは食べませんよね』などと言われてしまう。
そのため、趣味のお菓子作りも、仕事の合間に皆にバレないようにこっそり作って、一人で食べていたのだが……
数年前、まだ只のメイドだったその時も、仕事の合間に作ったお菓子をこっそり庭の隅に腰掛け一人食べていた。
先日、同僚メイドの一人に婚礼が決まり、屋敷を去っていった。
私は、この先ずっとこうやって同僚たちを見送っていくのだろうな、目の前の茂みをぼんやり見つめながらそんな風に考えていた。
器量も悪く、誰からも好かれない自分には結婚なんてとうてい無理な話だとわかってはいたが……
それでも……幸せそうに笑う同僚たちがとても羨ましかった……
子供の頃に読んだおとぎ話のように、今、目の前の茂みの中から魔法使いが現れて、私を素敵なお姫様に変え、王子様の元に運んでくれたらいいのに―――そんな子供のような想像をしていた、その時だった。
見つめていた茂みがガサガサと動いたと思うと中から、葉っぱまみれの少女が現れた。
そうして、茂みから現れた少女……このクラエス公爵家のお嬢様は、私の食べていたお菓子をじっと見つめ『ぐ~』と壮大にお腹を鳴らした。
「……食べますか?」
あまりに見つめられ、私が思わずそう言うと。
「いいの!?」
お嬢様はまるで飛び上がらんばかりに喜んだ。
そうしてお菓子を食べたお嬢様は……なぜか、こんな素人の作ったお菓子をひどく気に入り、その後も何度もおねだりしてこられるようになった。
同僚たちに怖がられ、遠巻きにされている私をお嬢様だけはまったく怖がらず、どんどん懐いてきてくれた。
私もお嬢様の前ではとても穏やかな気持ちになれた。
しかし、そんなお嬢様も十五歳を迎え、魔法学園に入学することとなった。
お嬢様付のメイドのアンは学園にもついていくと決めたらしい。
正直、私もお嬢様についていきたいと思ったが、メイド頭という立場をいただいてしまった以上そういう訳にもいかず、とても寂しい気持ちを押しこめて、お嬢様を送りだした。
そうして、お嬢様が学園にいかれた数日後のことだった。
「あの、すみません」
庭の隅でいつものように作ったお菓子を一人で食べようとしていた時、突然、声をかけられた。
今まで、この場所を訪れるのはお嬢様だけだった。しかし、そのお嬢様も先日、学園へといってしまったのに……一体、誰?
驚いて振り返るとそこには数年前からクラエス家で庭師の一人として雇われている青年が立っていた。
背が高く、真面目で誠実な彼はメイド達の間でもかなり人気があり、よくメイド達につかまっているのを見かけたが……私は個人的に話したことはなかった。
「……なんでしょう」
私が動揺しつつそう聞くと。
「……あの、俺、甘いお菓子が好きで、実は、あなたの作ったお菓子を何度かお嬢様から分けていただいていたんです……それで、本当にあなたの作ったお菓子が好きで……迷惑でなければこれからも少しでいいので分けていただけないでしょうか!」
「……は、はい」
真っ赤な顔でそう言った青年に、つられて赤くなってしまった顔で、私は頷いた。
そして思わず、持っていたお菓子を差し出すと青年は、それは嬉しそうに笑った。
その後、私はずっと諦めていた幸せな結婚をして、家庭を手にすることになるのだが、それはもう少し先の話だ。
そうして、私は思うのだった。
あの日、あの茂みから現れたのは―――本当に――幸せをくれる魔法使いだったのだと。




