クラエス家に庭師として仕えて
今まで活動報告で載せさせていただいていた小話を修正、追加したものと、本編後の一幕を一話あげさせて頂きました。 6.3(1/8)
私、トム・ウィズリーがこのクラエス公爵家に庭師として仕えてもうだいぶ長い時が流れた。
私は貧しい田舎の村に産まれ、まだろくに物心もつかぬうちに奉公に出され、そのまま流されるままに各地を転々としながら生きてきた。
元来、しゃべることが苦手で、おまけに顔つきもきつく、どこに行っても人とうまく付き合えず、いつも黙々と一人で働いた。
そして少年から青年になった頃、手先が器用だったことと、植物と相性が良かったことで、気が付けば庭師という職が定職となり、金持ちの商人や貴族の屋敷で働くようになった。
庭師としての腕は次第にあがっていったが、それでも、人とうまく付き合えない、世渡り下手なことが災いし、謂れのない因縁をつけられ、給金を取りあげられたり、手をあげられることもしばしばあった。
そんな日々の中、私の元にその人は現れた。
「この庭は君の仕事かい?」
ある貴族の屋敷の庭で、手入れの作業が終わった時、突然そう声をかけてきたのは自分とそう年の変わらない美しい青年だった。
その着ているものからすぐに身分の高い者だとわかり、すぐに礼を執ろうとしたのだが……
「いいから。それでこの庭、君の仕事かい?」
「……はい」
真面目にていねいにいつも通りに作業したつもりだったが、何か不備があったのだろうかと不安になりつつ私が頷くと、青年はその青い瞳をキラキラ輝かせた。
「ここの家の庭はいつ見てもひどいセンスだと呆れていたのに、一気に見違えたよ。君、素晴らしい腕だね!」
「……あ、ありがとうございます……」
あまりに真っ直ぐに向けられた瞳に、私は戸惑う。
「ところで、君はこの家の専属かい?」
「……いえ。今だけ雇われているだけです」
「では、どこか他に雇われているところはある?」
「……いえ、ありません」
人とうまく付き合えず、世渡りが下手な私は、一定の職場に馴染めずに点々と職場を渡り歩く生活を送っていた。
「では、うちに来て専属の庭師になってよ」
瞳をキラキラさせそう言って、強引に私をクラエス公爵家へと引きずった青年。
彼こそ、先代クラエス公爵の当主、その人であった。
そうして半ば、無理やりに引っ張られて連れてこられたクラエス公爵家は――とても働きやすい職場だった。
気のいい使用人たちに、賃金も休みも安定した職場環境――そして、私を強引に引っ張ってきた当主はとても気さくで親しみのもてる人物だった。
多くの使用人たちから好かれる彼は、人づきあいが苦手で、他の使用人たちとも、なかなか親しく話せない私にも、気軽に声をかけ、町でのお忍びの遊びにまで引っ張っていかれた。
そんな風に一度、お忍びの遊びに一緒に行ってしまうと、すっかり遊び仲間にされてしまいその後も、何度も何度も共に連れていかれた。
そうして、気が付けば公爵家の当主であるはずの彼が、ただの使用人でしかない私を『友』と呼ぶようになり、初めこそ恐縮していた私も、いつしか彼の気持ちに押されて、彼を『友』と思うようになっていた。
人づきあいが苦手で、口べたな私が、心から『友』だと呼び掛けられるのは彼一人だけだった。
そんな友の傍で生きるために、懸命に仕事に励み、気が付けば庭師の頭と呼ばれる存在になった頃――
私の唯一の友は病であっさりと私をおいて逝ってしまった。
それからの私はただ、無為に日々を送った。
もう私に気さくに声をかけ、作った庭に『素晴らしい』と目を輝かせてくれる友はいない。
共に通った町にもすっかり足が向かなくなった。
早く、私にも迎えがきてくれないだろうか、はやく友の所へいきたい……迎えに来てほしい……
日々、そんなことを考えるようにすらなってきたある日、その少女は現れた。
「庭に畑を作らせて欲しいのですけど」
水色の瞳をキラキラと輝かせたその少女の姿は、初めて出会った日の彼にとてもよく似ていた。
そして、その少女は連日、私の元へ通ってくるようになった。
「トムさん来たよ~」
少女は、いつかの友のように気さくに私に笑いかけてくれる。
友との思い出が溢れていることが辛くて、足が遠のいていた町へも『玩具作成の買い出し!』と引っ張って行かれ、気が付けば自然と向かえるようになっていた。
そうして少女と時を過ごして行くうちに『早く、友の所にいってしまいたい』という気持ちは消えていった。
『私の大切な友よ。やはり、あなたの元への迎えはもう少し待ってください。その代わり、あなたの元にいくときにはあなたの孫の沢山の土産話を持っていきますから』




