卒業式を迎えました
第三十五話(最終話)更新させていただきましたm(__)m
シリウス・ディーク、本当の名をラファエル・ウォルト。
ディーク侯爵と、侯爵家で働いていたメイドであった女性の間に生まれたという彼は、私達にすべてを話してくれた。
自分がどう育ったのか、どうしてシリウス・ディークとして生きてきたのか。
闇の魔力をどうやって手に入れたのか。
そして、この七年間ずっと、闇の魔法によって操られていたこと。
その話を聴いて、彼を犯罪者として役人に突き出そうと意気込んでいた、皆の気持ちも変わった。
元々、彼の罪を問おうなどと思っていなかった私はともかく、マリアも数日にわたり閉じ込められていたことを許すことにしたようだ。
特に、マリアは、あの時、ラファエルにかかっていた闇の魔法が解ける瞬間をその目で見たらしく、より彼の話を信じることができたのかもしれない。
しかし、ラファエルは、自ら役人の元に行くことを決めた。
「自分の口でちゃんと話をしたいのです。僕と母がされたこと……黒の男のこと……それから本物のシリウスのことも……それに操られていたとはいえ………僕のしたこともきちんと話さなければいけませんから』
ラファエルはそう言って、ディーク侯爵夫人とその手下達の罪、そして自分の罪を話すために役人の元へ向かったのだ。
それから、しばらくしてディーク侯爵夫人とその配下の者達が、捕まったとの噂が密やかに流れ始めた。
殊に禁忌の魔法が関わっているだけに、公にこそされていないが、おそらく今後、彼らは何らかの形で罪を償うことになるのだろう。
しかし、噂の中にラファエルの話は聞こえてこず、役人の元に向かった彼がその後、どうなったのか、まったく分からず、とても心配していた。
そして、数か月が立ち、卒業式まであとひと月程度を迎えた頃のことだった。
卒業式が近くなり、生徒会のメンバーである皆はとても忙しい。
なので、そんな皆の邪魔をしないように、私は畑仕事にでも精をだそうと、畑の道具を取りに寮へと歩いていた。
「カタリナ・クラエス様」
なんだか聞き覚えのある声に呼ばれ振り返る。
そこにはあまり目立たない茶色の髪に、魔法省の人たちがよく着ている制服のようなものを着た一人の少年が立っていた。
雰囲気はひたすら地味な感じで、たぶん声をかけられなければその存在にも気が付かないのではないかという程にぱっとしない少年だった。
あれ?この子は誰だっけ?
声をかけてきたということは知り合いの可能性が高いが……思い出せない。
そんな風に考えながら、少年の目を見た。
すると、それは私のよく知る灰色の優しい瞳だった。
「……まさか、ラファエル?」
まさかと思いつつも、茫然とそう返すと。
少年、ラファエルは大きく目を見開いた。
「よくわかりましたね。こんなに見た目を変えたのに」
ああ、やっぱりラファエルだった。
数か月ぶりに見るその姿は確かに以前とは全然、違っていたが、それでも灰色の優しい瞳は彼のままだった。
私がそんな風にいうと、ラフェエルは、はにかんだような笑顔を見せた。
それは久しぶりに見た彼の笑顔だった。
「戻ってこられたの?」
ここにこうして一人立っていると言うことは、また学園に戻ってこられたということなのだろう。
「はい。皆さんが色々、証言してくださったこともあって、こうして戻ってくることができました」
私達は少しでも彼のためになればと、彼に聞いたこと、マリアの見たもの、それに今までの優しい彼のことを、コネを使って役人のお偉いさんに訴えていた。
それが、少しでも彼の役に立ったならよかった。
それにしても、あまりに以前と違う、その姿に驚いてしまう。
なぜ、こんなにも姿をかえたのだろうか……
「もしかして、また新入生として学園に入るの?」
彼はあの事件後、そのまま学園を去っている。
表向きは『体調を壊して療養するため』となっているが、すでに社交界ではディーク侯爵夫人が捕まったという噂が密やかに流れているため、息子であるシリウスも事件になにか関わっていたのではないかと噂になっている。
なので、もう一度、素知らぬ顔でシリウス・ディークとして学生をするのは厳しい。
だが、ここまで姿を変えているならば、別の人物として新たに入学することも可能だろう。
彼の新たな姿を見てそう思ったのだが。
「いいえ。もう学生には戻りません。ちゃんと卒業できなかったのは残念ですが。これからは魔法省で働かせてもらうことになりました。ラファエル・ウォルトとして」
自らにかかっていた闇の魔法を解いたラファエルは、それと同時に闇の魔力も失っていた。
それでも、彼、ラファエル・ウォルトには自ら持つ高い魔力があった。
その魔力を評価され、魔法省に入職となったらしい。
まぁ、裏には禁忌とされる魔力を自分の意志ではないにしろ一時的に得てしまったという事実があり、その身柄を魔法省で預かった方がよいという考えもあったのだそうだが。
そんな事情もありながら、当分はこの魔法学園内にある魔法省の施設で働くのだという。
そのため、学園の生徒にばれて色々、騒ぎにならないように、姿を変えたのだと言う。
とても同一人物に見えないその姿は、なんでも変装のプロの直伝によるものらしい。
変装のプロってなんだと思うが……顔の形なども変えてあるかなり高度な変装である。さすがはプロ直伝。
世間が落ち着くまで、しばらくこの姿でいるそうだ。
「じゃあ、またこうして会うことができるわね」
「そうですね。同じ敷地にいますから」
「ふふ。じゃあ、また機会があったら、あの美味しいお茶を淹れてもらえますか?」
「はい。喜んで」
そう言って笑ったラファエルが、唐突に私の前で、跪いて手を差し出した。
それは昔、ジオルドが婚約を申し込んできた時と同じポーズだった。
え、なに?何事なの?
訳がわからず戸惑っていると。
「カタリナ・クラエス様、改めてお願いをします。私、ラファエル・ウォルトはあなたの傍で生きたいのです。どうか傍にいることをお許し願えますか?」
なんだか、堅苦しい台詞に聞こえたが……ようは、これからも仲良くしましょうってことよね。
「もちろんです。これからもよろしくお願いします」
私は、笑って差し出された彼の手をとった。
「あ、でしたら、その……どうも、あなたからの様付けは落ち着かないので、いままで通りに呼んでもらいたいのですけど」
私がそう言うと、ラフェエルは少し困ったように笑った。
★★★★★★★★
遂に……遂に、この時がやってきてしまった。
現在の二年生である先輩たちの卒業式を、明日に控えた夜、私はひとり寮の自室で拳を握りしめていた。
そう遂にやってきてしまったのだ。
乙女ゲーム『FORTUNE・LOVER』の最終イベントである卒業式が……
平民の主人公が貴族ばかりが集う、魔法学園に入学して一年間、魔法の勉強をしながら、生徒会メンバーの先輩や同級生と恋をするこのゲームは、先輩達の卒業とともにゲーム終了となる。
卒業式、主人公は攻略対象の誰か、あるいは逆ハーレムルートならば全員と結ばれる。
カタリナ・クラエス断罪イベントこそ、なんとか乗り切った私だったが、まだゲーム終了のその時まで油断はできない。
正直、今ではすっかり大切な友人となった皆が、私を身一つで国外追放にしたり、ましてや命を奪うなんて考えられないけれど……最後まで、用心は必要だ。
私は、トムさんと作った最高傑作のヘビの玩具を、ドレスのポケットに入れるために準備する。
また、もしも追放される事態になった時のために、自前の鍬と、作業着、あと農業関係の本をひとまとめにしていつでも持っていけるように準備する。
その勢いを評価されている剣の腕前。
完璧にできたヘビの玩具と、それをすばやく投げつける技。
緑の手を持つメアリの指導の元、もう枯らすことなくちゃんと育てられるようになった野菜。
そして日々、畑を耕し続けてきた鍬さばき。
前世の記憶を取り戻してから、八年間の努力が遂に試される時がやってきたのだ。
くるならきてみなさい!破滅フラグ!
この八年間の集大成!カタリナ・クラエスが相手になってやるわ!
私は握った拳を天井へと掲げる。
そうして、一人闘志を燃やしていると、部屋の扉がノックされてアンが入ってくる。
「お嬢様。明日、ニコル様にお渡しするお祝いの花束をご自分で準備されるとおっしゃっていましたが、ちゃんと準備されたのですか?」
天井に拳を掲げる私を怪訝な目で見つめつつ、アンがそう聞いてきた。
この学園の卒業式では、お世話になった先輩にお祝いを贈るという風習がある。
まぁ、その辺は前世の学校と同じだ。
ちなみに私は、色々とお世話になったニコルに、お祝いを渡す予定だ。
このお祝いだが、花束が主流である。
中にはお金をかけたアクセサリーなどを送る人もいるらしいが、それは特別な間柄だけらしい。
なので、私も花束を用意すればいいのだが。
ここで、私は考えた。
魔性の伯爵であるニコルは、それはそれは人気者である。
なにせ愛好会と言う名のファンクラブ的なモノまであるらしい。
それなら、ニコルは、それは沢山の花束を貰うことになるだろう。
ならば……もう花束はいらないのではないか。
だいたい、そんなに花束ばかり貰っても保管に困るだろうし、正直、花束には飾るという他に特に使い道はない。
なので、私は特別製のモノを用意したのだ。
そして、私は得意げにその用意したモノをアンに見せる。
綺麗に包まれたそれは一見すると花束に見えるが、よく見ればそうでないことがわかる。
「どう、画期的でしょ!」
「…………」
本当に、よく思いついたわ。私って素晴らしい。
さぁ、ニコルへの贈り物もばっちり用意したし!破滅フラグ対策も万全!
「……あの、お嬢様、これは一体……」
明日はいよいよ最終決戦!
「……あの?お嬢様?聞いています?」
私はもう一度、握った拳を高々と天井へ掲げた!
こうして、決戦前夜の夜は更けていった。
★★★★★★★★
卒業式は殆ど、入学式と同じような感じでつつがなく行われた。
卒業生代表の挨拶はニコルが務めた。
本来ならばシリウス・ディークが務めるはずだったらしいが、彼はもうここの学生ではないので仕方がない。
ニコルの挨拶に男女年齢問わず、多くの人が顔を赤らめ、甘いため息を吐き、すっかり魅了されていた。
本当に恐ろしい魔性っぷりだった。
在校生代表の挨拶は、ジオルドが務めた。
ちなみに来年の生徒会長も彼が務めるらしい。
ジオルドの挨拶でも、沢山の女の子たちが赤くなってため息をついていた。
さすが、見た目は正統派の美形王子なだけはある。
そうして、沢山の人の切ないため息を聴きつつ、式は無事に終了した。
そして、遂にその時が、私にとって本番である乙女ゲームのエンディングイベントの時がやってきた。
卒業パーティーである。
式が終了すると学舎の中庭で、学生全員参加の、立食パーティーが開かれる。
この卒業パーティーの中で、主人公とその意中の攻略対象はこっそりと会場から抜け出し……
そして、そこで攻略対象が主人公にその熱い思いを打ち明けて結ばれるのだ。
よって、私の今後はマリアの動向、つまりマリアが誰と会場を抜け出すかによって決まるのだ。
なので、いつも以上にマリアの隣にべったりとくっつく。
しかし、ただマリアにべったりしているだけという訳にもいかない。
なにせ、卒業のお祝いのパーティーなのだ。
ちゃんと先輩たちにお祝いを言わなくてはいけない。
とりあえず、一番にお祝いを渡さなければならないニコルの元にマリアと共に向かう。
私達が行った時には、ニコルはすでに多量の花束を手にしていた。
さらに横に置かれた袋の中にも、花束があふれていた。
これは想像以上だ。
そのあまりの量にあっけにとられつつ、マリアと共にニコルの傍に寄りお祝いを言う。
そして、マリアに先に花を渡してもらった。
マリアの用意してきたのは、高価ではないが可憐で可愛らしいマリアらしい素敵な花束だった。
続いて私も準備してきた特別製の例のモノを渡す。
一見して、花束に見えるそれを、稀にしか見られない素敵な笑顔で受け取ったニコルは……その中身を確認し、そのまま固まってしまった。
そんなニコルの様子を不審に思ったのか、傍にいたアランがその手元を覗く。
「おい、どうしたんだ……ってこれなんだ!?草か!!」
アランはそう言って大きな声をあげ、その声にジオルドやキースまで寄ってくる。
そんなアランに私はむっとして返した。
「失礼な!草なんかではありませんわ!野菜です!」
「……野菜?」
アランが怪訝な目で再び、ニコルの手元を覗き込む。
ニコルも一緒になって自分の手にあるモノを確認していた。
少し、離れてジオルドとキースも成り行きを見守っている。
「花束ばかりをもらっても困ると思って、畑で採れた野菜を束にして包んだのです。これなら、飾って捨てるだけじゃなくて、お腹を満たすことができると思いまして」
花束ではなく、名づけて野菜束だ!
今の時期の我が畑にはあまり色どりのよい野菜はなく、ニラやネギなど緑もの中心であるため、確かに多少、草的な感じはあるかもしれないが、花束と違ってお腹を満たせる優れものだ。
ああ、なんて素晴らしいアィディア!
私は自身の発想の素晴らしさに、一人、自画自賛した。
しかし……
「……ってこれどう見ても草……っていうか野菜って……ぶっ…」
なぜか、アランは爆笑した。
なんだ、何が可笑しいというのだ。本当に失礼な奴だ。
固まりが溶けたニコルは『ありがとう。大切に食べるよ』と言ってくれたし、マリアも『美味しそうですね』と言ってくれた。
ちなみに、ジオルドはまた俯いてずっと肩を震わせており、キースはなんだか呆れたような視線を送ってきた。
そんな風に過ごし、気が付けばパーティーも終盤へと差し掛かっていた。
正直、私はだいぶ焦れていた。
なぜなら、マリアにちっとも会場を抜け出す様子が見られないのだ。
むしろ『今日はずっとカタリナ様と一緒で嬉しいです』と私の隣で楽しそうにしている。
なぜだ、マリア、あなたには意中の攻略対象はいないのか……
はっ!それともまさかいつの間にか、逆ハーレムルートになっており、このまま全員と結ばれるのか!
逆ハーレムルートはクリアしていないので、そのエンディングはわからないが、あっちゃん情報だとやはりカタリナは破滅するらしい……
ああ、どうなの?マリア、逆ハーレムなの、それともこれから誰かと結ばれるの!
焦れて焦れて焦れて……待ちきれなくなった私は……遂に……
「ねぇ、マリア。あなた好きな人はいないの?」
もう直球に聞いてしまっていた。
突然、そんな問いかけをされて、ひどく驚いた様子のマリアだったが、しだいにその頬を赤くして。
「私は、カタリナ様をお慕いしております」
といういつもの天然発言でかえしてくれた。
「……あの、マリア。それはそれでありがたいのだけど……そうじゃなくて、気になったり、お付き合いしたいと思うような異性はいないのかな?ということなのだけれど」
今度こそ、通じるはずだとはっきりと聞く。
「……気になったり、お付き合いしたいと思う……異性……」
私の言葉をくりかえして考え込むマリアを、私は固唾を飲みつつ見守る。
さぁ、はっきり教えてちょうだい!
マリア、あなたはどの攻略対象と結ばれるの?
「……いませんね」
「……はぇ……」
マリアから出たその答えに私は思わず、情けない声をあげて、固まってしまった。
え?なに?いませんって言ったのいま?
混乱する私をよそにマリアが、はっきりとした口調で続ける。
「私には、気になる異性はいません。私が気になるのも、お慕いしているのも、ずっと傍にいたいと思うのも、カタリナ様なのです」
そう言ったマリアは、私の両手を取り握った。
「ですから、これからもずっとカタリナ様の傍にいさせてください」
それは、どこかで聞いたことのある台詞だった。
あぁ、そうだ。この台詞は主人公が結ばれた攻略対象に最後に言う台詞だ。
『これからもずっとあなたの傍にいさせてください』攻略対象の手を取りそう言うのだ。
でも、なぜそれを私に言ったのだろうか……
状況が分からずに……混乱していると。
マリアに握られていた手にもう一つ別の手が伸びてきた。
「マリア様、抜け駆けはいけませんわ。私もずっとカタリナ様と一緒ですわ」
そう言ってマリアの手の中から、私の手を取るとメアリが優雅に微笑んだ。
「私も、私もです!カタリナ様!ずっとずっと一緒にいさせてください!」
メアリの横から顔を出したソフィアが興奮した様子でそう言えば。
「ならば、俺も。許される限り共に」
ニコルがいつもの無表情でそう言う。
「そ、それなら、俺だって!」
そう言ってアランも前に出てくる。
「皆、何を言っているのですか。カタリナは僕の婚約者なのですよ」
悠然と現れたジオルドが、メアリにとられていた手をさっと奪っていく。
すると今度は、横から出てきた別の誰かの手に、また手を取られる。
「ジオルド様、前から何度も言っていると思いますが、姉さんに王子様の妃は勤まりませんよ。どうか婚約はなかったことに。姉のことは僕がきちんと面倒をみるので」
ジオルドの手から私の手を取り上げキースが言う。
すると、なにやら私をそっちのけで皆がワーワーと盛り上がりだしてしまう。
「キース。何度も言っているけど、婚約は解消しませんから。カタリナは必ず僕の妃にします」
「いいえ。ジオルド様、大切な姉を貴方だけに独占させる訳にはいきません。必ず婚約は解消させていただきます」
「確かに、ジオルド様に独占させないためにも、まずは、婚約解消してもらわなくてはいけませんわね。キース様、このメアリ・ハントも力お貸しいたしますわ」
「そうですね。ジオルド様にだけ独占されるなんて嫌ですわ。メアリ様、私にもお手伝いさせてください。兄様もぜひ協力してください」
「……お前たちがそう言うならば」
「え、それなら俺だって協力するぞ!」
「私も、きっと役に立ちます!ぜひ、手伝わせてください!」
「………よってたかってひどいですね。あなた達は……でも絶対に渡しませんからね」
気が付けば、キースに取られていた手も自由になっていたが……
うん、もうすごい蚊帳の外感が半端ない。
もう皆が何の話をしているのかさえわからない……
ちょっぴり寂しくなりながらも、ワーワーと実に楽しそうな皆を見つめる。
その様子はとても仲が良さそうなのだが……そこに恋愛的なものは見えない……
逆ハーレムルートならば、もう少し甘い雰囲気になるはずだ。
そもそも、メアリやソフィアが加わっている時点で違う気がする。
ちょっと蚊帳の外に置かれているが……私を破滅に追いやるような様子もない。
私はまだ、だいぶ混乱しつつも、必死に頭を働かせた。
え~と。これは……この状況は……おそらく……皆お友達の友情エンド?
友情エンド、それは別名ノーマルエンド。
主人公が、どの攻略対象とも結ばれず、皆いいお友達で終わる。
恋愛ゲームとしては、誰とも恋ができなかったという、ある意味バッドな終わり。
マリアがなぜか、私に例の結ばれた攻略対象に言う台詞を言ってくるなど、前世で、私がやった友情エンドと違う所もあるが……
それでも、この皆で楽しそうな様子は……確かに前世のゲームでみた友情エンドによく似ていた。
私は内心、攻略対象の皆はすでにマリアにメロメロに違いないと思っていた。
だって、マリアは本当に、可愛くて優しくて、なぜか良く目にする頬を赤く染めて恥じらう様子など、ライバルキャラの私ですらドキッとしてしまう程のものだったから。
それに、ジオルドやキースなんかは、私がマリアにくっついていると、よく引きはがしにきており、これはすっかりマリアに心奪われ、私に嫉妬しているのだなと思っていた。
だからこそ、マリアは必ず誰かと、あるいは全員と結ばれるだろうと思っていた。
それなのに……まさかの友情エンド……
友情エンドではどのライバルキャラにも痛手はこない。
だって、皆、只の友人で終わるのだから。
つまり……私、カタリナ・クラエスに破滅はやってこない……
張っていた気と一緒に、身体に入っていた力も一気に抜けていく。
かなりの放心状態で、楽しそうに話す友人達をボーと眺めていると、パーティー終了の声がかかった。
こうして、卒業パーティー。
そして……乙女ゲーム『FORTUNE・LOVER』は終わった。
あまりにも予想外なエンドであったが……私にとって実に素晴らしいエンドを迎えて。
★★★★★★★★
卒業パーティーを終えてから、私達は生徒会室に移動した。
ここで生徒会メンバーとおまけの私で、ニコルのお疲れ様会をすることになっていた。
お疲れ様会といってもパーティーのすぐ後なので、軽いお菓子とお茶で少しおしゃべりする程度だ。
この会には学園の他の生徒にばれないように、元生徒会長シリウス・ディークであったラファエルも呼んであった。
なんだか恐縮した様子で現れた彼を、皆、暖かく迎えた。
後輩であるメンバーは皆、花束を用意していて、ラファエルはそれを嬉しそうに受け取った。
ただ、私の特製、野菜束を渡した時は、ニコルと同じように少し固まっていた。
おそらく、私の素晴らしいアイディアに驚いたのだろう。
こうして久しぶりにそろった生徒会メンバーとともに、楽しい時を過ごす。
「どうぞ、カタリナさん」
ラファエルが笑顔でお茶を差し出してくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言って受け取り、そのお茶を喉に流す。
久しぶりに入れて貰ったお茶は以前と変わらず、とても優しい味がした。
なんでも昔、疲れて帰ってくるお母さんのためにいっぱい練習したのだそうだ。
そう言って話してくれたラフェエルの顔はとても穏やかだった。
「カタリナ様、よろしかったらこちらもどうぞ、召し上がってください」
マリアがそう言ってお菓子を勧めてくれた。
「わぁー、今日のも一段と美味しそうね。初めてみるお菓子だけど、これもマリアの手作り?」
フワフワのスポンジケーキのようなモノの上に、シロップがたっぷりかかっていて、見ているだけで、涎がたれてきそうなそれは、今までのマリアの作ってきたお菓子では見たことのないものだった。
「はい。新しく考えたのです。母と一緒に」
「まぁ、お母様と?」
「はい。カタリナ様が私の作ったお菓子をとても喜んでくださると話したら、いつも同じものでは飽きてしまわれるのではないかって、一緒に新しいレシピを考えたんです」
「そうなの。マリアのお菓子に飽きる日がくるなんて絶対ないと思うけど、それでもとても嬉しいわ。ありがとう。お母様にもぜひ、お礼を言っておいて」
「はい。伝えておきます」
そう言ってマリアは嬉しそうに微笑んだ。
いただいた、マリアの新レシピのお菓子は見た目以上に美味で、もう手が止まらなかった。
「カタリナ……そんなに沢山、一気に食べるとまたお腹を壊しますよ」
「そうですよ。姉さん。卒業パーティーの時も他の人に比べてかなり食べていたでしょう。いい加減にしないと」
夢中でお菓子を頬張る私に、ジオルドとキースから注意が飛んできた。
うっ、二人ともよく見ていらっしゃる。まるで、お母様のようだ。
これでお腹を壊したら、それ見たことかと怒られる。
ジオルドには笑顔でネチネチと。
キースには困り顔で長々と。
しょうがない。少しだけセーブしておくか。
私は少しだけお菓子を頬張る速度を落とした。
「カタリナ様、最近、新しい小説のシリーズを買いましたの。とってもいいお話なので、ぜひ、また一緒に読みましょう」
少しスローペースでお菓子を頬張っていると、ソフィアがそう言って、新しいロマンス小説のお勧め話をしてくれた。
とても私好みの小説で、すぐに貸していただくことになった。うん。非常に楽しみだ。
そうして、小説の話で盛り上がっていると。
「カタリナ、またしばらく会えなくなるが、妹を頼む」
ニコルがいつもの無表情でそう言ってきた。
「いえいえ。こちらこそ、よろしくお願いします」
私が笑顔でそう返すと、ニコルはまたあの魔性の微笑みを浮かべた。
……うん。本当にすごい魔性の力……長年の付き合いでだいぶ免疫のある私でも、思わず頬が赤くなりそうだ。
ニコルとはまた一年程、あまり会えなくなる。
私も寂しいが、兄が大好きなソフィアはより寂しくなるだろう。
『お兄様、いつでも訪ねてきてください!また一年も蚊帳の外では他の方に後れをとりますから!』と頻繁にやってくるようにお願いをしていた。
正直、後半の方の意味はよくわからなかったが。とにかくソフィアは兄が大好きなのだ。
「カタリナ様、次の春、畑では何を育てる予定ですか?」
ソフィアのブラコンぶりを微笑ましく見ていると今度は、メアリがそんな風に聞いてきた。
そう、もうすぐ春がやってくる。今年の畑では何を育てようか。
新しい野菜を育ててみようかな。うん。今から、とても楽しみだ。
メアリが『今年もお手伝いしますよ』と言ってくれる。
緑の手をもつメアリがいれば、百人力だ。
「……畑もいいが……お前、畑に入る時のあの被り物だけでも、いい加減に何か違うものに変えろよ……どう見ても農民のおばちゃんにしか見えないぞ」
アランがそんなことを言う。
そもそも、これはもう何回か言われている。
正直、畑仕事は動きやすく作業しやすい恰好が一番だが……そんなに言われるなら少し改善してみようか。
「……わかりました。少し改善しますわ」
確かに私の使っているほっかむりは、無地で地味な色合いが多い。
おばちゃんっぽく見えても仕方ないかもしれない。
よし!次からは思い切ってほっかむりの生地を花柄にしてみよう!
だいぶお腹も膨れてきた私は、テーブルから少し離れた窓辺に寄り、腹ごなしをする。
皆はそれぞれ楽しそうに話したり、くつろいだりしている。
私は、そんな皆を見ながら、この八年間に思いを巡らせる。
八年前、八歳のあの日、前世の記憶を思い出した。
そして、ここが乙女ゲームの世界で、しかも自分が、破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった……と気が付いたときは、自分はなんて不幸なんだと嘆いたものだ。
しかし、実際に蓋をあけてみれば……ゲームとは全然、違った。
カタリナに無関心であるはずだったジオルドは、とても親切でいつもよくしてくれる。
カタリナを避けているはずだったキースは、いつも一緒にいて沢山、助けてくれる。
本来は関わりのないはずだった、メアリ、アラン、ソフィア、ニコル、ラファエルも、今ではかけがえのない大切な友人だ。
そして、本来なら敵対し、カタリナに破滅をもたらすはずだった主人公、マリアも大事な友人となった。
「カタリナ様、大丈夫ですか?」
お腹を押さえつつ、窓辺によっかかる私に、マリアが心配そうに声をかけてくれた。
「大丈夫よ。ありがとうマリア」
悪役令嬢カタリナ・クラエスになってしまうなんて、なんてついてないんだ……不幸すぎると嘆いた日々……
でも結局、危惧していた破滅が訪れることはなかった。
それどころか、こうして、私を気づかい、時には助けてくれる素敵な友人達ができた。
魔力もしょぼくて、勉強もできない私を決して見捨てることなく、大変な時、辛い時、いつも傍で支えてくれるかけがえのない大切な人達。
今なら大きな声で言える。
こんなに素敵な人達に出会えて――
私、カタリナ・クラエスは―――とても幸せ者だと。
窓の外から暖かい日差しが差し込み、春が近いことを告げている。
乙女ゲームのシナリオにはなかった新しい季節がやってくる。
おわり
拙い話を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。




