無理と言いきらせてもらいました
三十三話、三十四を更新させて頂きましたm(__)m
目を覚まして動き始めたら、なにやらギシギシとする身体をぐっと伸ばす。
なんでも二日間、まるっきり眠ったままだったとかで、身体がすっかり鈍ってしまったようだ。
目覚めた私はすぐに生徒会長、シリウス・ディークの元へ向かおうとしたのだが……
寮にも学舎にも、すでに彼の姿はなかった。
私が目覚めたことを知り、どこかへ逃げたのではないかと皆は言ったが……
私はそうは思わなかった。
おそらく彼はまだ学園内、それもマリアの所にいるのではないかと思った。
なぜそう思うのか、と問われてもうまく答えられなかったが、それでも私は確信していた。
彼が、シリウスがマリアの元にいると。そしてマリアもまだ無事であると。
だから、私はマリアを助けるために隠された部屋へ向かう。
『彼は君の命を奪おうとした犯罪者なのだから危険だ。自分たちと役人に任せてカタリナは部屋で休んでいろ』と皆は言ったけど……
私は、私のせいで危険に陥ったマリアをこの手で助けたかった。
それに……もう一度、シリウスとちゃんと話をしたかった。
意識を失う前に見たシリウスの様子が――強く脳裏に焼き付いている。
とても辛くて苦しそうな顔、音もなく流れていた涙。
かなりの悪意を向けられたはずなのに……思わず心配になってしまう程の切なそうな表情。
それにあっちゃんが最後に言っていた彼の本当の名前――
シリウス・ディーク、彼にはきっと何か深い事情があるのだろう。
だから、私は―――私自身でシリウスともう一度、ちゃんと話がしたかった。
そのためにも、私は自分の足でもう一度、彼の元へ向う必要があった。
そんな私の我儘を友人達はだいぶ渋りながらも聞き入れてくれた。
私だけ行かせる訳にはいかないと、皆が共にきてくれることになった。
そして私は義弟と友人達と共に、マリアとシリウスの元へ向かう。
学園の外れ、薄暗い林の中を私達は進んだ。
学舎より、魔法省の研究所に近い位置に佇むその建物は、あまり頻繁には使われていない倉庫のようなものだという。
妙に重々しいその扉を開け中に入る。クラエス家の客間くらいのかなりの大きさの部屋の中は、何に使うのかよくわからないガラクタのような物であふれていた。
そんなガラクタを避けながら、私は奥へとズンズンと進んだ。
そして、入り口から一番、離れた位置にある大きな棚の前に立つ。
とても一人では動かせそうにない、その棚の脇には、あっちゃんから教えてもらった通りにまるでボタンのようなでっぱりがあった。
私はそのでっぱりを棚の中に押し込んだ。
大きな棚がほとんど音もなく右側へと動いていく――
そして棚のあった場所に、黒く頑丈そうな扉が現れた。
『本当にあった!』と一緒にきてくれた皆から驚きの声があがる。
この隠し部屋のことは『夢の中でお告げがあった』と話していた。
初めこそ『何を言ってんだこいつ』的な目で見られたが……最終的には信じて貰えたと思ったのだが……
どうも皆、まだ疑っていたらしい。
私は現れた扉に手を伸ばす。
簡単には開かないかもしれないと思った扉は、手をかけるとあっさりと開いた。
扉の先は、寮の部屋と同じくらいの広さの部屋につながっていた。
そしてその部屋に足を踏み入れる。
部屋には天井の方に小さな窓が一つついているだけで、だいぶ薄暗かった。
私は目を凝らし、部屋の中を見回す。
すると部屋の隅にぽつんと少女がひとり座っているのがわかった。
私はすぐに駆け寄った。
「マリア!!」
「……カタリナさま……?」
足に細い鎖のようなものをつけられ、拘束されているマリアの姿は痛々しかったが、ぱっと見て大きな怪我はないように見えた。
また顔色こそあまりよくないが、その瞳はしっかりと私を見つめ返してきた。
「……マリア、遅くなってごめんなさい」
私はマリアをぎゅっと抱きしめた。
助けにくるのが、だいぶ遅くなってしまった。
「……私こそ、皆さんにこうしてご迷惑をかけてしまい申し訳ありません……」
安心したのか強張っていた、マリアの身体から力が抜けていく。
「いいえ、私のために動いてくれたのでしょう?」
マリアが少し困った顔で小さく頷く。
やはり、マリアはあの事件の日、何かに気が付いて、私のために動こうとしてくれたのだ。
「ありがとう。マリア」
私がそう言うと、マリアは頬を少し赤くして小さく微笑んだ。
マリアが無事で本当によかったと私は、息をはく。
しかし、まだもう一つの目的を果たせていない。
「ねぇ、マリア………彼は……シリウス・ディークはまだここにいる?」
「……はい。彼はまだここにいます。その黒い扉の先に」
そう言って、少し顔を険しくしたマリアが示した先には……
少し見ただけでは、壁にしか見えない黒い扉があった。
「……カタリナ様は会長がされたことを、もうすべてをご存じなのですか?」
「そうね……といいたい所だけど……実は色々わからないことは多いの」
あっちゃんのお告げによって、この隠し部屋こそ知ることができたが、なんで彼がこんなことをしたのか?
そもそもどうやって闇の魔力を得たのか?
本当にゲームであったようなひどいエンドを引き起こしてしまうのか……
わからないことの方が多い。
だけど……
「………私にはどうしても彼が、悪い人には思えなくて……だからもう一度、ちゃんと話をしたいの」
皆には『なんて危機感がない。お人よしすぎる』とか散々に言われたけど……
これが、私の今の正直な気持ちだ。
「……そうですか……確かに……私もこうして足を繋がれている以外では、特にひどいことをされてはいません……食事もきちんと運んでくれました……だから、本物の悪人ではないかもしれません……でも、彼は何か不思議な力を持っているようなのです」
やはり、ジオルドから聞いた通り、光の魔力を持つマリアは、闇の魔法を知覚することができるのだ。
「やっぱり、マリアには彼の力がわかるのね?」
「カタリナ様にもわかるのですか?」
「話には聞いているけど……私にはわからないの。それは光の魔力を持つ者にしかわからないものらしいのだけど……マリアにはわかるのね?」
そう問えば、マリアはしっかりと頷いた。
「はい。あの時、あのご令嬢達と会長の周りに、何か黒い靄のようなものがかかっているのを見ました……そして…今も、会長の周りには黒い靄が……むしろ前よりもずっとその靄は大きくなっています」
ええ!?どうして、また誰かに闇の魔法をかけたの!
いつのまに?何のために?
戸惑う私に、マリアが考え込むように慎重に続けた。
「……ただ、その靄は最初の時に見たモノとは違うのです」
「……違う?」
「そうです。前に見たのはなんていうか、その靄が外側に少しついていた感じなのですが……今の靄は……内側からあふれ出ている感じなのです……なんというか靄が、会長を取り込もうとしているように見えるのです」
それはどういうことなのだろうか?
闇の魔法を制御しきれずに暴走しているとかなのか?
わけがわからず首を傾げるが、マリア自身もよくわからないという風に困った顔を返してくる。
しかし、ここまできて『じゃあ、危ないから引き返そう』などと言うつもりはまったくない。
そして、そんな私の気持ちをわかってくれているらしい、友人達は『仕方がない』という渋々な雰囲気を醸し出しつつも、反対する言葉を言わないでくれている。
まぁ、ここに来るまで相当にごねたので、もう言っても無駄だと諦められている可能性も高いが。
「……私も一緒にいきます」
マリアがまっすぐに私を見てそう言った。
「でも……マリアはずっとこんな所に閉じ込められていたのだから……先に戻って休んで」
いくら乱暴などはされてないとはいえ、ずっとこんな暗い場所に閉じ込められていたのだ。
早く外に出て、身体を診てもらわないと。そう思い断ったのだが。
「いいえ、私も行きます!だって、会長の不思議な力を見ることができるのは私だけなのですよね。だったら、私がついていった方がよいですよね」
確かに、この中で闇の魔法を知覚できるのはマリアだけだ。
「駄目だと言われても、意地でもついていきます!」
いつかのように強い意志を宿した瞳で、そう言いきったマリアも、仲間に加わり、私達は黒の扉を潜った。
扉を開ければ、すぐに部屋があると思ったのだが、そこには地下へと続く階段があった。
一人分の幅しかない細く、ほとんど光のささない階段を、ジオルドが魔法で出してくれた炎の明かりでゆっくり下る。
そうして下った先には新たな扉があった。その黒く、重そうな扉に先頭にいたジオルドが手をかける。
ほとんど音もなく静かに扉が開いた。
その部屋はなんだか少し気持ちが悪いと感じてしまうような部屋だった。
広さは先ほどマリアがいた部屋と変わりないくらいなのだが……
窓が一つもなく全く日の光が入っていない。
そんな部屋中、明かりに照らされた壁には、黒く禍々しい文字がびっしりと書かれていた。
なんだか部屋中の空気が淀んでいるようにすら感じる。
そして、そんな部屋の中央に彼は立っていた。
手にしているランプに照らされた顔色は、最後に見た時よりもさらに悪くなっているように感じた。
入ってきた私達を前に、疲れ切りすべてを諦めたような表情をしていたシリウスだったが……
私と目が合うとその瞳を見開いた。
「……どうしてここにお前がいる」
それはひどく驚愕した様子だった。
あれ?てっきり私が目を覚ましたのを知ってここに隠れたのかと思ったのだけど……
知らなかったのかしら?
「眠り続ける魔法が解けたので」
知らないなら、とりあえず教えてあげようとそう言うと。
「そうじゃない!魔法が解けたのはわかっている!……あのような目にあって、なぜまたのこのこと僕の前に姿を現したのだ!」
険しい顔でそう返されてしまった。
「ああ、そういう意味ですか」
そう言う意味のことはここに、シリウスの元にいくと決めた時に、さんざん友人達にも言われた。
しかし……まさか本人にまで言われるとは……
確かに何やら、色々と悪口的な感じのことを言われ、闇の魔法もかけられた。
目覚めることなく眠り続けていれば、命さえ失っていたと言われたのだが……
まあ、ちゃんと目は覚めたし、害があったとすれば、寝すぎて少し身体がギシギシすることくらいだ。
むしろ、たっぷり寝たからかとてもすっきりした気分だ。
よって、私の正直な気持ちとしては。
「別に、それほどひどいことされたようには思えないので」
「……お前、自分のされたことを理解していないのか?」
おお、なんかちょっと馬鹿にした感じの目で見られた。非常に心外だ。
「いえ、ちゃんとわかっていますよ。闇の魔法で眠らされたんでしょう?」
「その通りだ!それで僕はお前の命を奪うつもりだったんだ」
シリウスは険しい顔でそう言った。
だけど……
「う~ん。それは嘘ですね」
「……嘘だと……」
シリウスの顔がさらに険しくなったが、私は気にせずに続ける。
「だって、本当に命を奪おうと思ったなら、ただ眠らせるよりその場で殺してしまう方がずっと楽なはずだもの」
目撃者もいなかったという中庭、おそらく二人きりだった、その場で命を奪ってしまったほうがわざわざ眠らせて死ぬのを待つよりもずっと簡単なことだ。
あんまり賢くない私でもその位のことはわかるのだ、目の前に立つ秀才がそんなことに気が付かないはずはない。
だから、この人は本当に私を殺そうとしたわけではないのだと、私は結論づけた。
「………」
言葉を失い立ち尽くす、シリウスに私はさらに続ける。
「私が、ここにきたのはもう一度、会長とちゃんと話がしたかったからです」
「……はなし……」
「そうです。あの時の会長……すごく苦しそうな顔で……泣いていたから……」
正直、あの時に言われた言葉は、かなり忘れてしまったのだが……
まぁ、かなり濃い夢を二日間もずっと見ていたのでそれも仕方がない。
だけど……あの倒れる前に見たシリウスの辛そうな顔と、流れる涙だけは、今でもしっかり覚えていた。
なぜ、彼はあんなに苦しそうにしていたのか……ずっと気になっていた。
「……だから、もう一度、ちゃんと話を聴かせて欲しかったの……」
そう言ってシリウスを見つめると、彼の顔が大きく歪んだ。
「……この偽善者が……それで、他の奴らのように僕のことも救ってくれるとでもいうのか?聖女カタリナ・クラエス様」
皮肉のように吐き出された言葉。
偽善者?救う?聖女?
なんのことだか、さっぱり意味がわからない。
そういえば……あっちゃんも最後に言っていたっけ……『会長を救ってあげて』と。
だけど……
「それは無理だわ!」
私はシリウスを見つめながらきっぱりと言い切った。
「だって私は主人公じゃないもの。私は、ただのライバル役の悪役令嬢なんだから、人を救うなんて出来るわけないわ!」
私の言葉があまりにも予想外だったのか、シリウスはポカーンと口を開けて固まってしまった。
一緒にここまできてくれた皆からも『ライバル役?悪役令嬢?』と疑問の声が聴こえてきた。
思わず口に出して言ってしまったが、他の皆にはまったく意味がわからないことなのだ。
あいつ変なこと言い出したぞと思われているかもしれない。
それでも、その言葉は事実だった。
この乙女ゲームの世界で、私は主人公のライバルキャラの悪役令嬢だ。
しかも、他のライバルキャラであるメアリや、ソフィアのように美人で、魔力も高く、頭もいい素敵なライバルですらない。
たいした美人でもなく、魔力もしょぼく、頭もよくない、残念なライバルキャラ。
それが私、カタリナ・クラエスだ。
そんな私に、主人公のように他人のトラウマを解消したり、その傷ついた心を救ってあげたりなんてできっこないのだ。
それでも、そんな私にも唯一、できることがあるとするならば―――
「あなたが苦しんでいるのを救ってあげることはできないけど……でも、傍にいることはできるから」
悪役令嬢である私に、他人を救えるような力はない。
でも、傍にいることはできる。
「傍にいて、悲しい時、辛い時には話を聞いて、元気がでるまで一緒にいるわ」
突然、思い出した前世の記憶、自分が破滅しかない悪役であることに気付いてから、努力を重ねた日々。
大変な時、辛い時だってあった。そして、そんな時にはいつも皆が傍にいてくれた。
私が元気になるまで一緒にいて、話を聞いてくれた。
だから、私はここまで頑張ってこられた。
それに私の傍には、なんでもできる心強い仲間たちがついている。
私なんかの力じゃ彼を救ってはあげられないけど、私の仲間達ならきっと彼に力を貸してくれるはずだ。
私は少しずつ、シリウスに近づいていく。
「……だから、一人で泣かないで」
まるでダムがきれてしまったかのように、苦しそうに涙を流すシリウス。
彼が一体、何に苦しんでいるのか、どうしてこんなに辛そうなのか?
今の、私には何もわからない。
でも……こんな暗い部屋の中で、一人、声を殺して泣き続けるのはせつなすぎる。
どんどん辛さが増すだけだ。
そうして、限界がきた時、彼はあんなにひどいバッドエンドを迎えてしまうのかもしれない。
そんな風にしないために――あんなエンドを迎えさせないために――
「一緒にいきましょう―――ラファエル」
ポロポロと涙を流すシリウスに私は手を差し出し、あっちゃんに聞いた彼の本当の名前を呼んだ。
呼ばれたシリウス――ラファエルはその涙で濡れた瞳を大きく目を見開いた。
正直、本当の名前という意味はよくわからないままなのだが……
それでも、なんとなく彼にはその名の方があっているように思えたのだ。
私の伸ばした手に、ラファエルがおずおずと手を伸ばす。
触れ合った彼の手はとてもひんやりとしていたので、私は両手でその手を包み込んだ。
「大丈夫」
泣き続けるラフェエルを、元気づけようと私は笑顔を作る。
悪役顔の意地悪な笑みにならないように気を付けながら。
「黒い靄が消えていく……」
後ろでマリアが呟いた言葉の意味は、私にはわからなかったが……
涙でぐっしょりのラファエルの瞳を見ると、私のよく知る優しい色をしていた。




