ここが私の世界でした
三十一話と三十二話を更新させて頂きましたm(__)m
「いつまで、寝てるつもりなの!このアホが~!」
そんな叫び声と共に、布団を引っぺがされた。
「……え、え、何?」
あまりに突然の出来事に私が目を丸くしていると、布団を引っぺがした人物が、私を睨んだ。
「何?じゃないわよ!何度、呼んでも起きてこないで!また学校に遅れるわよ!」
「……え、お、お母様……?」
「おかあさま?……どうしたの、気持ち悪いわね。寝ぼけてるの?」
「……え、あれ?……お、おはよう。お母さん」
私は仁王立ちで佇む母を見上げる。
少しさがった目じりに丸い顔は、どこか狸に似ている。
そして『もう高校生になったのだから、いいかげんに髪や服装をチェックしなさい』と無理やり部屋に設置された姿見には、そんな母に良く似た平凡な狸顔をした私の顔が映っていた。
なんだろう?すごく違和感を覚えた。
私はこんな顔だったろうか……
いや、確かにこんな顔だった……でも、今の私の顔はもっと……
「なに、グズグズしてるの!はやくしないとまた遅刻するわよ!」
母に怒鳴られて、時計に目をやると……もう本当にギリギリの時間だった。
私は慌ててベッドから飛び起き、学校にいく仕度をはじめる。
パジャマを脱ぎ捨てて制服に着替え、水でさっと顔を洗ったら準備完了。
母には『せめて髪くらいはとかしなさい』とよく言われるが、頑固なくせ毛はいくらとかしても少しも整わないので、もうとかすことを放棄している。
まあ、今の髪は割とサラサラだし、毎朝、アンがしっかりとかしてくれるからいつも綺麗なんだけど……
あれ?今の髪ってなんだ?アンがとかしてくれるって?アンって誰だっけ?
また、ひどい違和感を覚える。何かが違う。私は……何か、大切なことを忘れている?
あ!もうこんな時間だ!?本気に急がないとやばい!
一瞬、浮かんできた疑問を目に映った時計の針が消し去った。
もう、悠長に考え事をしている時間などない。
急いで、リビングへ向かうと、大学生の兄が優雅に朝食をとっていた。
社会人の兄と、父はすでに出勤したようだ。
「おお、おはよう。お前はいつになったら、布団を剥がされないでも起きられるようになるんだ」
そう言って、苦笑する兄の脇から、母がさっとお弁当を差し出してくれる。
「ありがとう」
お礼を言って、お弁当を受け取ると、それに合わせてお腹が『ぐ~』となる。
食卓に並んだ美味しそうな朝食を前に、かなりの空腹感を感じてしまったが、とても食べている時間はない。
食卓を見まわし、なにか移動しながらでも食べられそうなものを探すが、見当たらない。
仕方ないので、冷蔵庫をさっと漁ると自転車をこぎながら、咥えて食べていけそうなものがみつかったので、それを口に突っ込んだ。
「いってきまふ~」
挨拶をして、玄関に向かうと、母がぎょっとした顔で振り返る。
その後ろでは、なぜだか兄が爆笑している。
「ちょっと、あんたなんでそんなのくわえて……」
母が何か言いかけたが、なにぶんもう時間がないので聞き流させてもらう。
家を出て、中学から愛用する自転車に飛び乗る。
軽快に走り出した後ろから、母の叫び声が聞こえてきた。
「せめて咥えていくならパンにしてちょうだい!!なんで、きゅうりなの―!!」
自転車を漕ぎながら、私は咥えていた朝ご飯代わりのきゅうりを咀嚼した。
おそらくおばあちゃんの畑直送であろうきゅうりは、新鮮でおいしかったが、やはり生のままは味気なくて、味噌をつけてくればよかったと少し後悔した。
きゅうりを頬張りつつ、近所の犬に激しく吠えられながらも、なんとか学校に辿りつくとすでにホームルーム開始のチャイムが鳴っていた。
急いで、教室に向うと、教室はまだ少し騒がしかった。
これはまだ担任は来ていないな。
「ギリギリセーフ」
そう言って後ろのドアから軽やかに教室に入ると。
「残念ながらアウトだ」
教壇に立った担任教師から冷たい視線を送られた。
そして―――遅刻回数が大台を突破した私は……昼休み、担任教師に呼び出され、お説教をくらうこととなった。
昼休みの半分をつぶされたお説教タイムが終わり、げっそりしつつ、そのまま、あっちゃんの教室へと向かう。
中学からの親友でオタク友のあっちゃんとは、二年になってクラスが分かれてしまったが、昼休みにはあっちゃんの教室を訪れ、オタクトークをしながら昼食を食べるのが私達の日課になっていた。
いつもよりだいぶ遅い時間にやってきた私の姿を見たあっちゃんは――
「また遅刻して、呼び出されたんだって、いつになればちゃんと時間内に登校できるようになるのよ」
私の本日の遅刻と呼び出しをもう知っていたらしい、呆れ顔でそう言われてしまった。
「昨日は少し夜更かししちゃったから、朝、起きれなくて」
私がそう言い訳すると、あっちゃんはさらに呆れた顔になる。
「また、夜遅くまでゲームしてたの?ちゃんと時間を考えてしなさいよ」
「……う、ついむきになっちゃって」
高校生になり、手を出し始めた乙女ゲームに私はどっぷりはまってしまっていた。
それこそ新作を手にいれると、ついつい時間を忘れて熱中してしまうのだ。
「それでまた夜遅くまで励んで……『FORTUNE・LOVER』は、少しは進んだの?」
『FORTUNE・LOVER』は最近、買った乙女ゲームで今、睡眠時間すら削って必死になっているゲームだ。
「うん、そろそろ俺様王子のアランを攻略できそう」
『FORTUNE・LOVER』の攻略キャラ、アランは俺様な王子様の設定だ。
……でも、確かに少し偉そうな所もあるけど……基本的に優しいし、実際はゲームの設定ほどに俺様という感じじゃないのよね。
……あれ?…実際ってなんだ?……私は一体、何を考えているんだろう。
まるで、ゲームのキャラクターに実際に会ったことがあるみたいな……
「どうしたの?」
突然、考え込んだ私をあっちゃんが心配そうな顔で覗き込んだ。
「あ、ううん。なんでもない。あ、早く昼ご飯を食べなきゃだった!」
お説教によって半分近くが失われてしまった昼休み、はやくお昼を食べてしまわないと食いっぱぐれてしまう。
只でさえ、朝はきゅうり一本のみで空腹だ。私は母の手作り弁当をかっこんだ。
昼食を食べ終えると、いつものようにあっちゃんとオタクトークを楽しんだ。
朝起きて、母が作ってくれたお弁当をもって学校へ登校して、そして友達と楽しくおしゃべりをする。
それはいつもの日常。変わらない毎日なのに―――
なぜか、今日はそれがとても懐かしく、愛おしく感じた。
いつまでも、こんな日々が続けばいい。なんでか、そんな風に思った。
それから数日かけ、乙女ゲームも順調に進んだ。
今は、腹黒ドS王子のジオルドを攻略中だ。
しかし……なんなのだろう。いつも何か違和感を覚えた。
特にこのゲーム『FORTUNE・LOVER』をやっているとそれはより強く感じた。
私は何か大切なことを忘れてしまっているような……
不思議な感覚にとらわれた。
それでも……いくら考えてもその何かを思いだすことはできなかった。
そんな日々が続いた、ある日の昼休み。
いつものようにあっちゃんと一緒にお昼を食べていた。
「『FORTUNE・LOVER』の進み具合はどう?」
「今は、腹黒ドS王子のジオルドを攻略中」
そう答えると、あっちゃんはなんだか、少し困ったような顔になる。
なんだか、今日のあっちゃんはいつもとどこか違う感じがした。
何がと具体的には言えないのだが、なんだかいつもより大人びているような感じだ。
「学校はどう、楽しい?」
「……え、あ……うん」
再びあっちゃんの口から出た質問は、なんだかとても不思議な質問。
返事をしつつ、なんだかいつもと違う様子のあっちゃんを見つめる。
それは、いつものあっちゃんの顔、中学からずっと一緒の見慣れた顔だった……はずだったのに……
「………え!?」
私は驚きに思わず声をあげた。
なぜだか、一瞬、あっちゃんの顔が白い髪に赤い瞳の美少女に見えたのだ。
あまりのことに……目が可笑しくなったのかと両目をごしごしとこすり、再び親友の顔をみる。
するとそこには見慣れたいつもの顔があった。
今のはなんだったんだろう……
気のせいだろうか……
親友を見つめ、茫然と固まる私に、あっちゃんがとても大人びた笑みを浮かべる。
「私はとっても楽しいよ。あなたに会えて、またこうやって過ごすことができて。でもね……もうあなたの世界はここじゃないでしょう」
「……?」
世界はここじゃない?あっちゃんは一体何を言っているんだろう。
「あなたの世界はもう別にあるでしょう。そして、そこにはあなたを待っている人達がたくさんいる」
「……あっちゃん……一体、何のこと?」
困惑する私に、あっちゃんは優しく微笑んだ。
「ねえ、聞いて、皆があなたを呼んでいるから」
「……え……?」
そう言ったあっちゃんの言葉に続くように、突然、その声は聞こえ始めた。
『カタリナ、起きてください!もう君のいない人生は考えられない』
『起きてよ!姉さん!ずっと一緒にいてくれるって約束しただろう』
『カタリナ様!起きてください!あなたがいないと私は頑張れないのです』
『起きろ!いつまでそうやって寝ているつもりだ!このアホ令嬢!』
『……カタリナ、目を覚ましてくれ』
『……お願いです。カタリナ様、目を開けてください』
それはとても懐かしい声だった……
ずっとずっと一緒だった聞きなれた声。
靄がかかったように思い出せなかった、強い違和感。
ずっとかかっていた霞が消えていく。
懐かしい声……私の義弟と友人達……私の大切な人達……
なんで、私はこんなに大切な人達のことを忘れていたのだろう。
霞はきれいに消え、記憶は鮮明に蘇る。
気が付けば、私はすべてを思い出していた。
あっちゃんの言うとおりだった。
少し口うるさいけれど優しい家族とオタクな親友、大好きな乙女ゲーム、この世界はとても居心地がいい。
だけど……ここはもう私の世界ではないのだ。
私には新しい世界ができた。
新しい家族に友人達……新しい世界にも大切なものが沢山できた。
そして、皆、私を待っていてくれている。
『今の私の世界に帰らないと。大切な人たちが待っていてくれる世界に』
そう強く思った。すると、何かがはじけるような不思議な音が教室に響いた。
びっくりして周りを見渡せば、いつの間にか、教室にいたはずの他のクラスメートは誰もいなくなっていた。
私とあっちゃんだけの教室。その床がボロボロと崩れ落ちはじめる。
そして、その落ちていく先には明るい光が見えた。
ああ、ここに、このまま落ちてゆけば元の世界に帰れるのだとわかった。
「あ、そうだ!?あっちゃん!私、元の世界に帰ったらマリアを助けに行かなきゃいけないの!あっちゃんならマリアの居場所を知っているんじゃない?教えて!」
ゲームをすべてクリアしたあっちゃんならきっと知っているはずだ。
「わかるわ。マリアは学園内にいるわ。学園内に隠し部屋があるのよ。場所は――」
そう言って、あっちゃんは丁寧に場所を教えてくれた。
床はどんどん崩れ落ち、光の中に吸い込まれていく。
時間がない……もっと早く思い出せたなら、もっと色々と聞くことができたのに。
「ああ、あとね。生徒会長はなんで……」
なんであんなに苦しそうに泣いていたのかと尋ねようとした時。
遂に、私の足元の床も崩れ落ちはじめた。
崩れる床と共に、私も光の中へと吸い込まれていく。
そんな私にあっちゃんはとても優しい目を向けた。
「あなたなら、きっと大丈夫よ。私達を救ってくれたように、会長の事も救ってあげて。彼の本当の名は――」
「え!?救うってなに?本当の名って?」
意味のわからないことを言われ困惑して、そう尋ねるも、もう身体のほとんどは光の中へと落ちていた。
あっちゃんの顔も、もうほとんど見えない。きっと、これでもうあっちゃんとはお別れだ。
中学からずっと一緒だった親友。私が無事に高校生になれたのだってあっちゃんのお蔭だ。
いっぱいいっぱい助けてもらった。
それなのに……突然の事故で―――さよならも、ありがとうも言えなかった。
これが、最後のチャンスだ。
「あ、あっちゃん。久しぶりに会えて嬉しかったよ!さようなら、今まで本当にありがとう!」
見えなくなるあっちゃんに向けて、私は声を張り上げ叫んだが、果たして届いただろうか。
「私もとても嬉しかった。今度は、ソフィアとしてずっと傍にいるから。さようなら、ありがとう、私の大切な親友」
あっちゃんの最後の言葉は私に届かなかった。
目を開けると、目の前にボロボロと涙を流すソフィアの顔があった。
そして、その後ろにはジオルド、キース、メアリ、アラン、ニコルがいる。
私の大切な人達。ああ、私は私の世界に帰ってきたのだ。
目を覚ました私にソフィアが抱きつき、さらに号泣した。
普段あんなに落ち着いているメアリもボロボロ涙を流して、私に抱きつく。
他の皆も安堵の表情で私を見ている。
皆にとても心配をかけてしまったことがよくわかった。
私の世界はここだ。
私の大切な人たちがいるここが私の世界だ。
だから、この世界を、大切な人たちを―――私は守りたい。
あんなにひどすぎるバッドエンドには、絶対にさせない!




