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8.ルノワール孤児院のグレイス



 入学式の三日前。

 早朝の王立学園の入学管理室。


 白い大理石の床と静謐な空気の漂う部屋で、グレイスは緊張した面持ちで椅子に座っていた。


 隣に座るのは、ルノワール孤児院の院長だ。

 グレイスの現在の所属はルノワール孤児院。彼女が傍にいることは、当然のことだった。


「えーと、ルノワール孤児院所属のグレイスさん……ですね。では、入学書類を確認します」


 職員が読み上げる。


 本来ならエルミナ孤児院になっているはずの箇所が、すべて新しい名前に書き換えられていた。

 印章も、証明書も、ルノワール側が提出したグレイスの内部調査表も完璧なものだった。


 隣の院長は、グレイスを安心させるように誇らしげに微笑んでいた。


「この子は本当にいい子でね。少し人見知りもしますけど、ルノワールに来たばかりの頃から、頑張って馴染んでくれたんです。子どもたちもとてもなついていましてね」

「あら、本当に? 入学試験の成績表も立派でしたし……期待できますね」


 管理局職員も、柔らかく笑う。


 その会話を聞きながら、グレイスは恥ずかしがり屋の少女として、控えめに目を伏せた。


「……あの、頑張ります」


 そしてきゅっと拳を握る。ここで強く出すぎない。あくまでも孤児院の普通の少女のまま。

 それが、世間で最も疑われない姿だと、グレイスは知っていた。


 職員は頷いて、書類をまとめた。


「では、あなたが正式にルノワール孤児院所属の特待生として、王立学園に入学することを認めます。入学式の日程はこちらに……」


 淡々と手続きを進めていく声を聞きながら、グレイスの胸の奥ではまったく別の言葉が渦を巻いていた。


 ――これでいい。これで、アレク兄さんと同じ孤児院だとは気づかれないから。



 すべての書類が整い、部屋を退出した後。

 廊下に出たところで、院長がグレイスの手を優しく包んだ。


「グレイスさん。あなたの夢が叶いますように。アレク君の分まで頑張ってね」

「……はいっ!」


 グレイスは無邪気な笑顔を浮かべ、深く頭を下げると、弾んだ足取りで進む。

 その小さな背中が揺れると、院長は「いい子ねぇ」と小さく声を上げているのが聞こえてきた。

 

 しかし院長からは見えないグレイスの薄紫の瞳は、静かに冷たい光を宿していた。


 優しさも、信頼も、彼女の仮面の一部だ。


 もう誰も、グレイスとアレクを結びつけることはできない。


 ゲームに関する記憶を記載したノートもすべて頭に叩き込み、暖炉の炎が燃える中に捨ててきた。

 何も証拠は残っていない。


 あとは、復讐の舞台へ踏み込むだけだった。



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