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61.彼らの幸福の絶頂



 ゲームでは、卒業パーティーまでに好感度がマックスになっていれば告白イベントが発生するが、その指針となるイベントがそれぞれで用意されている。



 最初に起こったのは、ルキアのイベント【王の未来へ寄り添う光】だった。


 あらかたの資料確認を終えたグレイスが寮へ戻ろうとした時、背後から静かで優雅な声が降りてきた。


「やあグレイス」

「ルキア様!? いらしていたんですね。今日は学園には来ないものだとばかり」


 嬉しさを滲ませた声と表情を作るグレイスに、ルキアは悠然と微笑みながらグレイスの髪を撫でる。


「君と少し話がしたくてね。帰る前に、少しだけ時間はあるかい?」


 何も知らなければ、誰もが釘付けになる気品を纏った、正統派王子のルキア。

 光に照らされ、その瞳はまるで金の果実のようだ。


「君に伝えておきたいことがあるんだ」


 二人きりの廊下は甘い空気で満たされる。

 けれど普段と違い、今日は王宮の謁見室のように緊張感が満ちている。


 グレイスが頷くと、ルキアはまっすぐグレイスの手を取った。

 掴む力は驚くほど優しく、しかし逃れられない。


 グレイスがそっと目を上げると、少しだけ緊張した面持ちのルキアの口から、ゆっくりと言葉が溢れ出す。


「僕達は来年から、別々の道を歩く。でも、僕はね――君が傍にいてくれる未来を、最近はずっと考えているんだ」

「ずっと、ですか? そ、それは、その、ルキア様の側近のような立場に……」


 グレイスがそう言うと、ルキアは違うよと笑いながら首を横に振る。


「形としては王妃として、ということになるのかな。でも僕が言いたいのは、僕の光として僕と共に歩んでほしいってことなんだ」


 まるで、王妃以上の特別として囲うかのような。


 グレイスの指先に口づけを落とし、ルキアは砂糖菓子を更に煮詰めたような声で――まるで彼女を己の甘さで縛り付けるように囁いた。


「この意味、少し考えていてほしいな。……僕だけの光。君がいてくれたら、きっともっと世界は美しくなる」



 夕立の気配がする重い空の下、静かな図書室。

 

 セヴランは机の上に一冊の分厚い法典を置き、そこへ新たな書き込みをしていた。


 そこへグレイスが通りかかる。


 人の気配のない図書室で、久しぶりの学園での対面に僅かに頬を上気させたグレイスが、口調だけは普段と変わらずセヴランと業務連絡を行っていると。


 不意に正面に座るセヴランの瞳が、グレイスをじっと見つめる。

 グレイスは、何も言わずその視線を正面から受け止める。

 しばらくの沈黙の後、やがてセヴランの口が静かに開く。


「この先の未来は、私には無数の判断と責任が重なる。そして私はそれを正しく導かなければならない」


 セヴランは言いながら、グレイスから視線を逸らさない。

 普段よりも強い意志を感じる灰色の瞳。


「グレイス、私は最近になって分かったことがある。久しぶりに君と言葉を交わし、ようやく確信した。……今の私は、理性でも感情でも君を必要としている。君が私の判断を更に最適解へと近づける存在なのだと。――故に君の存在は、私にとって必要不可欠だと結論を下した」


 その声音は冷静なのに、内に震える熱がある。

 セヴランは本を閉じ、指先でそっとグレイスの手に触れ、彼なりの言葉で伝えた。


「宰相の傍には、それより先の立場になったとしても、誤りのない秤が必要だ。……だから、君にその秤になってほしい。私の隣で、私の正しさを生涯証明し続けてくれないか。返事は急がない」


 セヴランのイベント、【正しさを導く者として】。

 それはまるで、永遠の責務を科される暗黒の未来の暗示のようだった。



 まだ早朝と言っても差し支えない時間帯。


 グレイスが寮から出ると、待ち構えていたかのようにそこにはロアンが立っていた。

 

 これから起こるのはロアンのイベント【永遠の守護】だろう。


「おはようグレイス!」

「ロアン様どうしたのー? こんな早い時間に」

「聞いてくれグレイス! 俺、昨日第一騎士団の加入が決まったんだ!」

「それって、ロアン様のお父さんが団長してる騎士団の一番の花形じゃ……」

「そうなんだっ!」


 ロアンは姿勢を正し、誇らしげに笑った。


「これで……やっと胸張って言える」


 陽だまりのように金を帯びた琥珀色の瞳が、真っ直ぐにグレイスだけを射抜く。


「グレイス、お前を一生守らせてほしい。騎士としてだけじゃねぇ、お前の隣に立つ一人の男として!」


 その声は微かに震えている。

 拳を握りしめ、ロアンの口から言葉が堰を切ったように溢れる。


「王族より、国より、誰より……俺はお前を守る騎士になりたい。お前が望むなら、全てを敵に回してもいい。お前の方が俺にはずっと大事なんだ!」


 グレイスは、普段の彼女のような言い方でロアンの言葉に異を唱える。


「第一騎士団って王族を守る部署でしょう? そんなこと言っていいのー?」

「形としてはな。けど俺の心を捧げたいのはお前だけだってことだ! 俺はこの先も隣でずっとお前を守り続ける。お前の存在がある限り、俺はずっと騎士でい続けられるんだからな。……ってぇことだから、ちょっと考えててくれよな」


 それは騎士としての誓いのようで、まるで生涯執着するという宣戦布告に近い。


 グレイスの人生全てを奪うと言わんばかりに笑うロアンを見て、グレイスはそう思った。



 三人の言葉が、同じ真実に重なる。

 

『グレイスがいなければ、自分は成り立たない』。

 

 恋ではない。

 依存、盲信、所有の願望。

 しかし、甘美な約束として告げられることで、まるで幸せな未来のように見える。


 ――さて、彼らの幸福な時間はここまで。


 愛ではなく、崩壊が育ちきった。


 後は、彼らの全てを刈り取るだけ。


 グレイスの顔には、復讐を始められる喜びも、彼らを壊すことになる罪悪感も、悲しみも、何もない。


 ただひたすらに、乙女ゲームのヒロインという立場を極限まで利用し、彼らを追い詰め絶望させる。


 必要なのは事実だけ。

 彼らが壊れるという未来、ただ一つ。


 初めからそう定められた人形のように、グレイスは温度のない声で最後の始まりを告げた。


「さあ、はじめましょうか」


 そして――彼らを破滅へと導く、最後の大舞台が始まった。



25日から復讐章に入ります。

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― 新着の感想 ―
上げてからドン底まで落とす 復讐の醍醐味ですね
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