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59.生徒会、終わりと始まり



「グレイス嬢。君は今年、本当によくやってくれた」


 三人の卒業を二週間後に控え、久しぶりに全員が揃った生徒会室。


 ルキアがグレイスの功績を称えるように微笑み、間もなく学園の王座を降りる者として生徒会室をゆっくりと見渡した。


 その後、グレイスを見つめ、ゲーム通りの言葉を告げる。


「グレイス嬢、来年の生徒会長は君だ」


 宣言は唐突だが、疑問を差し挟む余地を与えない気品に満ちていた。

 彼はごく当然のように続ける。


「学園祭準備の時のように、補佐は置いてもいいよ。けれど必要最低限で構わない。君なら単独で全体を動かせる。君以上にこの学園を導ける人はいないのだから」


 するとセヴランも同意するようにルキアの言葉を補足する。


「私もそう思う。現在置いている副会長や会計、庶務の役職は必要ない。君は単独で複数業務を処理できる速度・正確性・判断力を備えている。役員を増やせば負担は分散するが、作業効率は落ちる」


 セヴランは疑う余地のない、自然の摂理だと言わんばかりに、淡々と論理を述べる。

 

「来年度、他生徒は補助に留め、判断は全て君が行うべきだ。それが最適解だ」


 続けてロアンも元気な声を上げながら手を叩く。


「俺も賛成だ! グレイスならぜってぇできる! むしろグレイスが出来なくて誰ができるんだって感じだし」


 ロアンは無邪気に、誇らしげに笑う。


「それに、もし何かあったら俺が駆けつけるしな! だから安心しろ!」


 ゲームにも実際にあったこの会話の流れ。


 攻略対象として選んだ一人がグレイス一人に生徒会を任せる発言をすると、必ず他の二人が止める仕組みになっていた。

 

 しかし今、グレイスは同時に攻略をしている。それは現実だからこそできた行為。

 そうなると、この明らかに無茶な提案を止める人間が一人もいない。


 『来年度の生徒会はグレイス一人、補佐役の生徒のみ募集する』


 ルキアが生徒会長として行う最後の全校集会でそう宣言し、三人の言葉を受けたグレイスは一礼する。


「ありがとうございます。身に余るお言葉です。精一杯努めます」


 ゲームとは明らかに違う展開、加えてグレイスの現状をよく知っている他の生徒達は、誇らしげに宣言するルキアと、彼に同意するように頷くセヴランとロアンを見て、全員が息を呑む。

 講堂の空気がわずかに軋む。

 

 誰が考えても分かることだ。どう考えても負担が大きい。

 彼女は優秀だ。

 だが人間だ。

 同じことが、アレクの時にも起きたのでは――。

 

 そう思いかけた誰もが口を開きかけ、すぐに口をつぐむ。

 

 今、異議を唱えると、誰が矢面に立つか。

 だから誰も言わなかった。

 グレイスのためにも、言えなかった。


 生徒達の前に立つ輝かしい表情の三人は、グレイスの優秀さに盲目的に溺れ、現実に気付くことはない。


 だが、グレイスへの救いの手を伸ばし続けることを、生徒達は密かに誓い、グレイスに温かい視線を送っていた。

 彼女はそれを受け、いつものように穏やかな笑みでそれに応えた。

 


 着々と進む卒業パーティーの準備。

 徐々に煌びやかさを増す講堂の中央に一人立ち、夕焼け色の光に染まりながら、グレイスは思った。


 ありがたいとか、温かいとか、そんな曖昧な言葉では片づけられない。


 自分一人では立てなかった場所へ、無言の手で押し上げてくれる人達がいる。

 

 彼らの優しさに、偽りの自分を見せていることに僅かにだが罪悪感を覚える。


 けれど、グレイスは胸に手を当て、息を吸って微笑む。


 助けられるほど、計画が整う。

 守られるほど、復讐の準備が進む。それは事実だった。

 だから、グレイスは笑うしかなかった。

 守られながら、破滅を仕立てている自分を――誰にも悟られないように。



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