58.純粋な救いの手
長かったような短かったような学園での一年が、もう間もなく終わりを告げようとしている。
あと一カ月もすれば、卒業パーティーが行われる。
それは学園内の大きなイベントでありながら、学園祭とは意味合いが違う。
卒業生と在校生が最後に同じ時間を共有し、別れと始まりを祝い、未来を送り出すための夜会だ。
場所は学園の講堂。
高い天井には、まだ何も飾られていない。
けれどここに色と音と光が集まれば、一夜限りの舞踏会が生まれる。
ドレスは必須とはいえ、気負う必要はない。
この場に招かれるのは王族でも貴族でもなく、ただ同じ時間を学んだ学生達だけ。保護者も呼ばれない。
だからこそ、みんな遠慮なく笑い、踊り、恋をする。
この卒業パーティーでカップルになる生徒も少なくはないのだ。
ドレスを持っていない者には、衣装研究会が貸し出しをしてくれる。
ボレロ一枚の飾り紐、色直しのリボンまで丁寧に調整してくれる仕事ぶりで、彼らが作業を始めるだけで校舎の空気がふわりと華やかになった。
音楽は音楽研究部が担当し、練習部屋の窓から溢れてきたリハーサル音が、生徒達の期待を後押しする。
ダンスができない生徒のためにステップを教えるのは舞踏部。
練習風景を見ているだけで、皆の胸が高鳴る。
料理こそ出ないが、代わりに料理研究部がドリンクを並べる予定だ。
喉を潤すのは、甘い果実酒や炭酸水。
それだけで十分だとこれまで参加したことのある生徒達は言う。
準備は、学園祭ほどの重労働ではない。
けれどやるべきことは山のようにある。
生徒全員の名簿管理、講堂装飾の図案作成、各団体との連携と進捗確認、音響の確認と、極簡易の舞台進行表、当日受付の手配、トラブル時の対応案。
その中心で采配を振るうのが、生徒会――つまり、グレイスだ。
この時期になると必須の授業が減ることもあり、三年生の中には、将来への準備も含めて学園に登校しない日も多くなる。
ルキア達三人も例外ではない。
加えて学園祭のように補佐役員が置かれることはない。
必然グレイスにかかる負担は跳ね上がる。
だが、三人がいないことが、他の生徒にとってはグレイスを手助けしやすい状況を作ることになる。
◆
その日の放課後、グレイスは生徒会の腕章をつけ、作業表を片手に歩いていた。
ルキアとセヴランは休み、ロアンだけは登校していたが、現在は補講授業の最中で教師陣がしっかり目を光らせている。
グレイスはドリンクの原料の搬入書類に目を通し、音楽部と曲に関して打ち合わせと、講堂の装飾の進捗具合をチェックして……それだけであっという間に時間が過ぎる。
「これで、装飾用の生地は……あと少し足りないですね。在庫の確認に行かなきゃ……」
そう呟いた瞬間。
「あ、それ今ちょうど見に行ってきたよ。足りなかったから発注書に数を書いておいた。生徒会のサイン
をもらったらすぐに先生にお願いしに行くよ!」
そんな声とともに、一人の生徒がグレイスの前に現れた。
その手には、既に記入済みの発注書。
あとは承認のサインを入れるだけの状態だった。内容も問題ない。
「ありがとうございます! ……すみません、ルキア様たちにお願いされたのは私なのに」
「気にしないでよ! 実際体一つじゃ限界あるって。それじゃあ、この申請書持っていくね」
そう言って声の主は駆けていってしまった。
そんなことがグレイスの周囲では何度も起こる。
以前の学園祭の頃よりも、皆がもっと細かくグレイスの動きを把握し、過不足なく彼女に救いの手を差し伸べる。
けれど最後の決定権はグレイスに残す。
そうすることで、グレイスが三人から責められないようにするために。




