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56.静かなる収穫

 


 芽吹いた種が陽を吸い、風に揺れながら伸びていくように、三人の心に宿った恋慕もまた、その根を深く潜らせていく。


 ロアンは元からだが、この段階になると、ルキアもセヴランも二人きりの時には、グレイスのことを呼び捨てで呼ぶようになる。


 だが、彼らが向ける熱は、優しい太陽ではない。

 ただ盲信と執着に似た、過剰な光に過ぎなかった。


 グレイスは穏やかに微笑み、その光を受け入れる。


 まるで、【光の学園と救済の乙女】のヒロインのように。



 ルキア編:【甘美な時間】


 午後の光が、学園内に併設された静謐なサロンへ淡く落ちていた。

 カップに注がれた紅茶の色は、王宮の絨毯に似ているとルキアは言った。


「この香りは君に似ている。気高く、清らかだ」


 グレイスが完璧な所作で淹れてみせた紅茶に対し、彼は、まるで王の祝辞のように言葉を紡ぐ。

 それだけでなく、グレイスの指先一つ、呼吸の浅ささえ賞賛の材料にする。


「きちんとした所作を習い始めて、まだ一年未満とは思えないほどだよグレイス。君の努力は称賛に値する。そしてやはり君は美しい」

「ルキア様に喜んでいただけて光栄です」

「折角の二人きりだというのに、君は随分と固いじゃないか」


 ルキアがグレイスの手を恭しく取り、甲に唇を落とす。

 途端にグレイスは【恥ずかしそうに俯く】。

 白い肌が赤く染まる様を見て、ルキアは満足げに微笑んだ。


「その愛らしいところは、誰にも見せてはいけないよ。それは僕のだけのものだ」


 勿論、グレイスの内心は何も揺れない。

 心の中でチェックリストの確認が、淡々と進むだけだ。

 

 ・彼の理想強化:完了

 ・光の象徴としての位置付け:維持

 ・盲目的信望の深化:良好


 甘美な香りに溺れているのは、彼だけでいい。



 セヴラン編:【数字に裏付けられる感情】


「グレイスといると……感情値の変化が顕著だ」


 誰もいない図書室の隅。

 机の上には、グレイスといる時のセヴランの心拍・脈拍・呼吸・体温等の変化が記されたノートが広げられている。

 セヴランは、無表情のままそれを見つめていた。


「では、このデータからどんな結論が導けるのでしょうか?」


 グレイスの問いに、セヴランの手が一瞬止まった。


「……君と話す時だけ、脈が早まる。呼吸が浅くなる。視線を外すと、不快感が生じる」


 そこで彼は、少しだけ眉を寄せる。


「嫌悪……ではない。恐怖とも違う。だが、分類に迷っている」

「迷っている?」

「ああ。今の私には、これを説明する概念が、以前より増えたとはいえまだ足りない。ただ……おそらくこれは悪いものではない」


 そこでようやく、彼はグレイスを見る。

 視線はまっすぐで、熱を含んでいるのに、本人はそれを理解していない。


「感情の定義はやはり、難しい。強いて言うなら……心地よい方向に変化している。これが……幸福、という状態に近いのかもしれない、とは思うのだが。……グレイスはどう考える?」


 その声にはわずかな震えがあった。

 恐怖による震えではなく、未知の感覚に触れた戸惑いからくるもの。


 グレイスは穏やかに頷き、微笑んだ。


 その瞬間、セヴランの心拍はわずかに跳ね上がる。

 ノートのグラフが、静かにその変化を示す。


 ・感情理解:深化

 ・好感度:加速度的に上昇

 ・絶対的合理の基盤:揺らぎ始める


 数字の裏側で、彼の崩壊は刻一刻と迫っている。



 ロアン編:【君を守るためにできること】


 夕暮れの訓練場。

 砂埃の舞う中、彼の剣の軌跡は獣めいて荒々しい。


「俺がお前を守る。だから、見ててくれよ!」


 己の強さを、グレイスに一振りごとに見せつける。

 力を振るう度に、彼は騎士としての価値を確かめる。

 それを求める視線は、救いではなく、承認の欲望に近い。


 グレイスが【嬉しそうに手を振る】だけで、彼は簡単に心を炎上させる。

 彼女の笑顔を守る役目が、自身の存在意義になっていく。


「ロアン! カッコいいところ見せたいからって言っても少しは手加減しろ!」

「うるせぇな。四の五の言わずかかって来いよ! グレイスが見てると調子が良くて仕方ねぇんだよ!」

「だからって同級生を楽しそうな顔でぼこりやがって……」


 笑いながら言い合うロアンと彼の仲間。

 その様子を見つめ、グレイスは仲がいいなぁと言いつつその様子を眺める。


 振り下ろすたびに舞う砂は、守るためのものではない。

 そこにあったのは無邪気な破壊衝動だった。


 ・依存:上昇

 ・庇護欲:上昇

 ・無自覚の破壊欲求:大幅に増大

 

  彼の本能が鎖から解き放たれる日を待つ。



 こうして、三人の心は確実に成熟してゆく。

 それぞれが恋と誤解した執着を抱き、それぞれの形で、グレイスだけを見つめている。


 グレイスは、静かな息を吐いた。

 胸の内にあるのは、期待でも悔恨でもない。

 ただ、終焉への計算だけ。


 ――復讐とは、育てるものだ。 

 種を植え、光を与え、水を注ぎ、芽吹かせ、そして、花が開いた瞬間に摘み取る。

 その時は、もう間もなく訪れる。


 この恋は、救済ではなく破滅へ捧げる貢ぎ物。

 グレイスが摘むべき三つの狂気は、今、静かに花開こうとしていた。



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