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54.ロアン編:【過去の後悔 騎士の誓い】



 【全員逃走中!】【中庭での決闘】【迷(?)探偵ロアン】などのロアン絡みのイベントをその日も消化し、迎えた夜。


 打ち上げ花火の開始を前に、グレイスはロアンに腕を引っ張られ、どこかへと連行されていた。


「ちょっと、ロアン様どこに行くの!? まだ片付けが終わっていない……」

「最終日の花火くらいゆっくり見たって誰も文句言わねぇって! それより、花火見るのにとっておきの場所があるんだよ!」


 連れてこられたのは、主に騎士科の生徒達が使う鍛錬場のすぐ近くにある、古びた塔のような建物。

 とはいっても、最上階は、少し高めのビルの二階程度の高さしかない。


「ちなみにここ、人なんてこねぇし、俺のサボり場所な」

「あ、【あとであの二人に言いつけてやろうかなー】」


 グレイスの言葉に、ロアンはちょっとだけ唇をとがらせ、彼女の頭を軽く小突く。


「やめろよ! お前を信用して教えたんだからさ」


 そしてどこからか手に入れたらしい鍵で中へ入り、階段を一番上まで登り切って扉を開いた、ちょうどその時。

 

 夜空に、目にも鮮やかな大輪の光が弾けた。


「すっげぇよなぁ……! 俺さ、このドーンって音、剣が当たるみたいでワクワクすんだよなぁ!」


 ロアンは子どものように目を輝かせてそれを見つめる。

 表情に隠し事のない、純粋な感情そのままの顔。


「えー、もうロアン様発想が野蛮なんだけど!」

「いやいや勿論それだけじゃねぇって! ……やっぱ花火って綺麗だよなぁー!」


 彼の口元の笑みが、花火の光に飾られる。


「うん。とっても綺麗……」

「俺……今日、お前に勝つとこ見せられてよかった」

 

 視線を感じて横に顔を向ければ、花火を見ていたはずの琥珀色の瞳が、込められる熱量はそのままに、いつのまにかグレイスを捕らえていた。


 グレイスはじんわりと頬が熱に上がってくるように調整し、恥ずかしそうに早口でまくし立てる。


「やだもう、ロアン様、そんなに見られると恥ずかしいんだけどっ! ほら、花火はあっちだよ!」

 

 グレイスが無理やりロアンの顔を空に向けようとするも、彼女が伸ばした手は掴まれ、視線を外さないままロアンはふっと笑った。


「今は花火よりグレイスの方が綺麗だなって思ってさ」

「!?」


 動揺し言葉を失うグレイスに、ロアンはもう一度笑うと、珍しく真面目な口調で口を開く。


「俺、さ。……ずっと証明したかったんだ。俺は誰かを守れる。俺は騎士なんだって」


 そして彼は遠い目をする。


「昔生徒会にはさ、お前と同じ孤児院出身で特待生だった奴がいたんだ。お前も噂くらいは聞いたことあるんじゃねぇか?」

「……そういえば聞いたことがあるかも。確か頑張り過ぎて倒れちゃったんだって」

「ああ。俺の友達だった。マジでいい奴でさ。俺らのために何でも背負って、全部やり切るって顔してて……」


 グレイスの鼓動が嫌な音を立てる。

 アレクのことを友達だと呼ぶロアンの声に。


 しかし彼女は己の感情があふれ出るのを耐え、真摯に話を聞くグレイスを演じる。


「でもな、頼りすぎた。任せすぎた。んで、気づいたら……壊れてた。俺がもっとあいつのこと見てやれてたら。けどあいつはいつも笑顔だったから、俺あいつが無理してることに全然気づかなかったんだ……! 最低だろう? 守るべき立場にある騎士を目指す俺が、よりにもよってあいつを壊してさ」


 その言葉には、確かに悔いている響きがある。

 ルキアとセヴランと違い、ロアンだけはアレクをちゃんと見てくれていて、崩れ落ちた彼に心を痛めているように。


 だが、彼の告白を改めて聞くと、やはりロアンが悔いているのは、『人を守るべき自分が人を壊し守れなかった』こと。


 結局この男もまた、自分しか見えていないのだ。


 その上で、ロアンは更に、まるで善人のような言葉を吐く。


「でも俺、今でもアレクのことは友達だと思ってるんだ!」

「っ!」


 ――どの口が、それを言うのか。


 触れられているロアンの手に思いっきり爪を立てそうになり、慌ててグレイスは衝動を抑える。

 こんなところで、怒りを見せるわけにはいかない。


 そして最後の確認とばかりに、グレイスは微笑みを保ったまま、ゲームとは違う台詞を静かに問いかけた。


「……その友達にさ、会いに行ったり、連絡を取ったりは、してるの?」


 こういう時。

 罪悪感で連絡を取れない、という答えならまだ分かる。


 だがロアンは、きょとんとした顔で首を傾げた。


 そして。


「だって今さら何言えばいいんだよ。俺が壊した過去は変わんねぇけど、もうあいつには謝罪の言葉も届かないだろうから。だってあいつ壊れてんだぜ? 壊れたら元にはもう戻らねぇだろ?」


 さも、当然のように言い放つロアンの顔に浮かぶのは、何の邪気もないように見える笑顔。


「だからせめてあいつに恥じないよう、立派な騎士になるって心に決めてんだ。俺はもう、二度と同じ過ちは犯さねぇ」


 ロアンはそこまで言うと、グレイスの手を更に強く握り、強い眼差しで言った。


「だからお前は、俺に守らせてくれ。お前がいれば俺は、騎士でいられる」


 その言葉の後、笑って言い切った。


「お前は、いなくなった俺の友達よりずっと強いんだろ? 前に言ってたよな、『壊れない』って! だから俺は思うんだ。お前は、俺がどれだけ頼っても平気だってさ!」


 無邪気に。

 残酷に。

 アレクは壊れたけど、お前は大丈夫だよな? と、信じ切って。


 ……ロアンは、本当は何も分かっていない。


 ロアンはこれからもグレイスに依存し、グレイスに面倒事を丸投げし、けれどそれでもグレイスは壊れることはないと信じ、彼の騎士としての矜持を満たす道具として使うのだ。


 ロアンにもアレクを想う心はないとはっきり確信できたグレイスは、彼との段階を進めるための選択肢を選び取る。


 ロアンの手を握り返すと、グレイスは恥じらいながらも【花の綻ぶような笑顔を浮かべる】。


 その後、彼の望む言葉を告げた。


「【私は壊れない。だから、ロアン様にならずっと守られたい!】」


 その言葉に、ロアンの顔がぱっと輝く。


「だったら――」


 ぐい、と抱き寄せられ、唇が重なる。

 花火の音より熱く、荒々しく、まっすぐな独占のキス。

 息を奪われ、境界を奪われ、支配するように自分勝手な感情をロアンから押し付けられる。


「騎士の誓いだ。もう二度と、誰にもお前を壊させない。俺が全部守るから」


 それは優しく、恐ろしく、盲目的な誓いだった。

 グレイスは静かに頷き、甘い声で返事をして頷いた。



 グレイスが記憶を思い出してからアレクと共にいる時間は短かった。

 それでも、アレクはあの日以来グレイスには学園の話をしてくれるようになった。

 

 その中でアレクが最も出した名前は、ロアンだった。


「友達って、僕のこと言ってくれてたんだ。それがすごく、嬉しくて……」


 そう言って笑ったアレクの顔を、グレイスは未だに忘れることができない。



 卒業まで、残り時間はあとわずか。


 全員が第三段階まで上がり、後は小さなイベントを消化していくだけ。

 その間にも種は確実に発芽へ向けて温まってきている。


 そしてグレイスの攻略は、間もなく最後の段階を迎えることとなる。



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