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53.ロアン編:【勝利の報酬】



 学園祭三日目。

 最も盛り上がりを見せる最終日。

 グレイスが選択したのは当然、最後の一人、【ロアン】だった。



 今、グレイスはロアンと共にコロッセオにいた。

 今日は、事前予選を勝ち抜いた者だけが出場できる剣術大会。

 コロッセオは凄まじい歓声と砂埃に包まれていた。


「さぁーっ! 今年も熱い戦いが繰り広げられていますね!」

「技術も筋力も高水準だな。けど、あの二年は足運びが甘いかもなー」


 司会役のグレイスと解説役のロアンが小さな台の上に並び、戦いの様子を実況している。

 これがここでの二人の今日の役割だ。


「ところでロアン様は出ないのー?」

 

 もう間もなく決勝戦が行われるその間際、グレイスはこそっとロアンにそう尋ねる。


「俺? 一年の時は出たぞ!」

「え、結果は結果は!?」

「当然圧勝に決まってんだろー? でも二年からは生徒会で忙しいし……俺が出ると勝負にならないって言われたから出てねぇんだけど」

「なぁんだ残念。ロアン様がちゃんと戦うとこって何気に見たことなかったから、【騎士様としてどのくらい強いのかなってちょっと興味あったのに】」


 グレイスが小さく笑いながらそう言ったら、ロアンもまた残念そうに肩を落とす。


「……やっぱり無理やり参加しときゃよかったな。俺もグレイスにカッコいいとこ見せたかったし」


 そんなことを言っている間に最終戦の始まりを告げるラッパの音が鳴り響き、グレイスとロアンは最後の仕事に臨んだ。


 だが、この後予想外――グレイス的にはゲーム通りのことが起こる。

 

 優勝者がロアンとの勝負を望んだのだ。


「俺はお前に一年の時に、完膚なきまでに負けた。だが、今年は違うと証明したい! だからロアン・グラディス、俺と今勝負しろ!」


 コロッセオに響く挑戦状。

 しかしこの展開は場の空気を更に熱狂させ、観客は大いに盛り上がる。


「えー、ロアン様、あんなこと言われてるけど……」


 しかし優勝者はこれまで全て相手を瞬殺して勝ってきた男だ。

 ここでグレイスは、あえて挑発するような言葉を選ぶ。


【「ロアン様、勝てるんですかぁ?」】


 するとロアンは予想通り、その挑発に乗ってくる。


「勝てるに決まってんだろ!?」

「嘘だぁ、信じられないなぁ。だってあの人超強かったし」

「あいつより俺の方が強いんだって!」

「一年生の時でしょう? 今は分からないじゃん」

「なら俺の方が強いって証明してやるよ! その代わり――」


 ロアンはニヤッと笑うと、


「俺が勝ったら何でも一ついうこと聞けよな!」

「いいよー、報告書作りでも書類整理でも何でもやったげる!」


 それを聞いて満足げに頷いたロアンは、満面の笑みを浮かべると会場中に聞こえる大きな声で叫んだ。


「よっしゃ! ならその挑戦、受けて立ってやる!」



 結果がどうなるか、グレイスには分かっていた。

 それでも目の前で見せられたロアンの実力は、明らかに他の学生より頭一つ抜けていた。

 

 鍛えている騎士科の生徒の中でも一際大きな体躯、本人の鍛錬に基づく熟練した剣技、加えて勘の鋭さ。


 普段のあっけらかんとした彼とは思えない、敵に一切の慈悲を与えず冷静に急所を突く姿は、まるで冷酷な獣のように見えた。

 

 あの実力なら、彼が将来優秀な騎士に、そしてゆくゆくは騎士団長として名を馳せることも十分可能だろう。


 そして気付く。

 戦う彼は、壊すことに全てを注いで戦うことに、どこか悦びを見出していることに。

 しかもロアンはまったくの無意識だ。それを守るための力だと、純粋に信じているから。

 あれば、人を守るべき騎士なのに、ロアンの本質はやはり――。


 そしてその力を、グレイスは彼の破滅のために使わせる。


 だがそんなことはおくびにも出さず、グレイスは駆け寄ってきたロアンに惜しみない拍手を捧げた。



 大会後、後片付けを手伝う二人は、使用した木剣を倉庫に戻しにやってきた。

 それ以外にも倉庫に運ぶ荷物を持って中に入り、グレイスは薄暗い中、順番に物をしまっていく。


「これってどこにあったんだっけか?」

「確かあそこの裏の籠の中……って、あらかた場所の説明聞いたじゃん! ロアン様、ちゃんと話聞いてた?」

「あー、聞いてはいたぞ? ちゃんと右耳から頭の中に入れて……」

「で、左耳から抜けていったんでしょう。どうせロアン様のことだから」

「グレイスお前なぁ、もう少し先輩様を敬うような発言をしてくれてもいいだろうー?」

「だったらたまには先輩らしいところ見せてよねっ!」


 二人きりなので、普段通り気兼ねなく会話をしていると。

 

 彼女とは少し離れたところにいたはずのロアンの声が、突如すぐ後ろから声が降ってきた。


「なあグレイス、さっき言ってたことなんだけどさー」

「さっき? ……なんだっけ?」


 グレイスがわざとロアンルートのヒロインらしく【とぼけたふりをする】。


 すると彼は拗ねたように頬を膨らませた。


「とぼけんなよ! 俺が勝ったら何でも一つ……って言っただろう!?」

「あ、言ってたねそういえば」


 グレイスはぽんっと手を叩くと、ロアンが言いそうなことを口にする。


「どうせ仕事手伝ってー、でしょう? まったく、そんなのにお願い事使わなくったって、ロアン様の頼み事はなんでも聞いてきた――」


 けれどグレイスが台詞を全て言い終わる前に、ロアンは腕を伸ばしてグレイスの肩を軽く引き寄せ、頬に素早く口づけを落とした。


 触れたのは一瞬。

 けれど、彼の唇から移った熱がじんと残った。


「ロ、ロアン様っ!? ちょ、何するのいきなり!」


 恥ずかしそうに彼の胸をぽかすかと叩くグレイスに、ロアンは悪びれもせずしれっと言う。


「何ってこれが俺が欲しかった褒美だから」


 ロアンはキスの余熱が残るように見せているグレイスの顔を、期待するように覗き込む。


「な、グレイス。俺、ちゃんと強ぇだろ? お前を守れるくらいにはさ」


 人を壊せる力を持つ男は、守れる自分をグレイスに見せつけ、押し付け、それがグレイスに自分ができることだと信じて。

 取り戻しかけた騎士としての信念を抱き、ロアンは迷いなく笑った。



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