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49.ルキア編:【光の保護】



 ここからは三人の攻略のために、一日ずつ一人を選択し、その人物と夜まで行動を共にする。


 学園祭一日目。

 その日、グレイスが共にいることを選択したのは、【ルキア】だった。



「慣れていないからかな。チケットの照合に時間がかかっているみたいなんだ。僕と一緒にそちらの手伝いに行ってくれるかな」

「勿論です!」


 グレイスはルキアと共に、受付へと向かう。

 

 持ち物検査を終えた招待客のチケットを確認し、問題なければエリアマップを渡すという受付業務を手伝う。

 照合方法をより効率的にする案をいくつか出し、配置を少し変えれば、列は驚くほど早く流れ始める。


「こちら、学園内エリアマップです。お好きなところからご覧になってくださいね」


 招待客が微笑み返す。

 その笑顔が、無事に案内できた証のようにも思えた。


 けれど――。


 少し離れた場所から、ルキアは来賓と挨拶を交わしながら、何気なく視線をグレイスの方へ向けていることにも気が付いていた。

 温度のある気遣いに見えて、どこか監視にも似ていると、そう感じながらも何も知らないふりをした。


 やがて列が落ち着いてきた頃、不意に人影が割り込んだ。


「そこの君。行きたい場所がある。さっさと受付を済ませてくれ」


 深紅と漆黒の制服。胸章には 他国アエストの名門学園 の徽章を掲げた二人の青年。

 高価な靴に、宝石の指輪を身に着け――生まれながらの特権が、態度にそのまま宿っている。


 グレイスは彼らの顔に見覚えがあった。

 

 彼らはグレイスの腕章――生徒会の証を見て、薄笑いを浮かべた。


「君は、生徒会役員か。だったらそこの庶民よりも優先すべきが誰なのか、分かるよな?」


 当然の権利のように言うその声音に、周囲の空気がわずかに重くなる。

 だがグレイスは、それを【毅然と断る】。 


「申し訳ありません。ご案内はチケット提示順となっています」


 丁寧に頭を下げながらも、淡々と返したその瞬間、青年の眉が吊り上がる。


「我々はルキア殿下と面識がある。そんな我々に平民の君が、逆らうのか?」


 その言葉には 従うのが当然という傲慢な前提がある。

 だが彼らの手には、肝心のチケットがなかった。


「チケットをお持ちでしたら、そちらをご準備して列の後ろへお並びください」

「はぁ? チケット?」

「そんなもの持っていなくとも問題はないだろう」

「どんな立場の方も条件は同じです。お持ちでないのなら残念ながら入場を認めるわけにはいきません」

「っ、我々に盾を突く気か! 平民のくせに生意気を言うな!」

「その言い方、気に喰わないな。生徒会に所属しているのならさぞ優秀かと思いきや、我々の立ち位置も分からぬほどに愚かとは。道理で愚鈍そうな顔をしているわけだ」

「私のことをどう言おうと、決まりですので。例外はありません。チケットが確認できない場合は、どなたであっても――」


 しかしゲーム通り、一向に引かない彼ら。

 それでもグレイスが言葉を続けようとした、その瞬間。


「何か問題かな?」


 梟のような静けさとともに、その声が降りてきた。

 振り返れば、美麗な顔に、不機嫌とも優雅とも取れる表情を浮かべている。


「ルキア殿下……! お久しぶりです!」

「聞いてください殿下。この者が我々の入場を拒むのです! おかしいではありませんか。我々は殿下の友人であるというのに」


 するとルキアはとても柔らかく、そして普段よりもとびきり美しく微笑んだ。


 その場にいたグレイス以外の人間の、思わず見惚れたような視線を受けながら、ルキアはその言葉を口にした。


「すまないけど……僕はね、君達のことを知らないんだ」


 しんと、騒ぎ立てていた二人の空気が重くなる。


「で、殿下? ご、冗談、です、よね……?」


 しかしルキアは笑みを崩さず返した。


「アエストの学園には礼節ある者が多い。無礼を押し通す人間が、僕の友人のはずがない」


 言い訳を探す二人に、ルキアは一歩だけ近づいた。

 逃げられない距離で、囁き声が落ちる。


「彼女は、君達が軽々しく触れていい存在じゃない。次に彼女を貶めるような言葉を吐いたら――アエスト国王陛下に、今回の件について直接抗議させてもらう……理解できるね?」


 変わらない微笑。

 けれど瞳だけが冷たい。

 その刃に気圧され、二人は顔色を失い退いていった。


 ルキアの言葉が聞こえていたグレイスは、そっと彼を見上げる。

 優雅な王子の仮面の下に、支配欲を秘めた刃が見え隠れする。


 やはり恐ろしい男だとグレイスの背中がわずかに粟立つ。

 けれどそれはおくびにも出さず、グレイスは【慌てて頭を下げる】。


「申し訳ありませんルキア様! 私一人で対処すべきだったのに、助けてもらってしまって」

「気にすることはないよ。それに、今度から困ったら、僕の名を使っていいからね。……あのような程度の低い輩に君の光を濁される必要はない」


 慈しむような視線を向け、ルキアはグレイスにとろけるような笑顔を浮かべた。


 ◆

 

 その後業務も落ち着き、次の場所へ向かおうと二人は、多くの人で賑わう中庭エリアを抜けていた。


「美術鑑賞のエリアで問題が発生していると先ほど報告がありました。ですので先にそちらを回ってから――」


 だがグレイスが皆まで言う前に。

 人波を抜けた瞬間、突如ルキアがグレイスの手を取って人気のない校舎の影へ引き寄せた。


「あ、あのっ、ルキア様!?」


 掴まれた手首は熱く、グレイスを見下ろすルキアの顔は、相変わらず穏やかなもので。

 けれど黄金に輝く瞳には、彼女を気遣うような色が込められていた。


「さっきは助けに入るのが遅れてしまってごめんね。あんなことを言われて、さぞ傷付いたんじゃないかな」

「いえ、【あのくらい大したことありません!】 それに、大きな騒ぎになれば、騎士団の方も駆けつけてくれたでしょうから」


 グレイスが答えれば、ルキアの顔に大きな笑みが広がった。

 その後彼はグレイスの髪を一房取り、そこへ愛おしそうに唇を寄せる。


 そして赤くなったまま硬直して動けないふりをするグレイスに、ルキアは甘く囁く。


「やはり君は僕の――僕だけの光だ」


 だが、ルキアの声は優しくありながらも、本人も無意識な影をわずかに帯びていた。



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