48.華々しい学園祭の始まり
迎えた学園祭当日。
いつもよりもまだ早い時間だが、グレイスは目を覚ます。
大きく伸びをしながらベッドから起き上がり、窓へ向かいカーテンを開けると、ゲームと同じく、見事に晴れ渡る空が広がっていた。
ルクシア王国、王立ルクシア学園。
この国の名を冠した学園で行われる学園祭は、単なる学生の遊びに留まらない。
招待客として、自国のみならず各国の要人も招かれる。
特に今年は王太子のルキアが生徒会長ということもあり、昨年に引き続き華々しいものとなるだろう。
入場を許されるのは、招待チケットを持つ者だけ。
たとえ高位貴族でも、チケットがなければ門の前で足止めされる。
騎士団が腕章を光らせ、荷物検査は丁寧に、しかし一切の甘さなく行われる。国王陛下も来賓席で観覧するのだ。当然と言える、
だが、それだけではない。
入場チケットには偽造防止のための高度な仕組みが施され、王国規模の祭典であることを強く印象づけていた。
今年から採用されたものだが、この方式の下地を作っていたのは、実は現在の生徒会のメンバーではない。
誰かがこのやり方を記載したノートが生徒会室の一角から発見され、今年運用に至った。
それを見つけた三人の反応は、わずかに目を細める、無言で文面を読み進める、思い切り目を逸らすとそれぞれ違っていた。
しかし皆、誰のものか分かっていたようだ。
そして発案者の名は出さず、生徒会が新しく考えた様式としてチケットは作られた。
グレイスは勿論それが誰が発案したのか知っていた。
書かれた字は見覚えのあるものだったのだから。
本来なら学園の栄誉として残るはずの功績。
それなのに――。
まるで最初からそんな人間の存在など影も形もなかったかのような扱いに、グレイスは思い出すだけで体中から黒い感情が吹き出しそうになる。
けれどグレイスはそれを顔に出さないよう、ぐっと堪え、朝の用意を整えると学園へと向かった。
◆
学園は、校舎も校庭も中庭も、あらゆるところが全て学園祭仕様に変わっていた。
どこもかしこも華やかな装飾が敷き詰められ、まるで小さな街が生まれたかのようだ。
例えば大階段前の舞台では、型破りなオペラ劇の準備が進んでいた。
重厚な歌劇と、剣戟と、恋模様までもが混ざり合う、奇妙で大胆な劇。
銀糸の衣装、火花散る模擬剣――観客の目を飽きさせない作りだ。
演劇部も美術部も互いに互いの良さを生かそうと、一切手を抜かず遂に作り上げた歌劇だ。
在校生に一度上映したが好評だったので、おそらく招待客にも満足してもらえるだろう。
グレイスが校舎に足を踏み入れると、いくつかの教室だけでなく、収まりきらなかった作品が廊下にまでずらりと並んでいる。
美術展示のテーマは、例年であれば『歴史』や『王政賛歌』などの固いものであるが、今年は『自由』。
そのテーマを表すように、彫刻、油絵、鉱石細工、刺繍、木版など、様々な手法で作られた作品が集まり、想定の三倍の参加者になった。
生き生きとした作品は、招待客の心もきっと自由に解き放つことだろう。
窓から見えた校庭には、市街地風の模擬店エリアが広がっている。
これも今回初の試みだ。
商家の子ども達が主導し、実際に生徒が調理・販売する本格的な屋台街を再現している。あの場所だけは唯一食べ歩きが可能エリアとなっている。
前日に一般生徒に向けて練習を兼ねて開放すると、お行儀が悪いと言いながらも肉の塊にかぶりつき、慌てて口元を拭う令嬢の姿があちこちで見受けられ、グレイスはその光景に思わず笑ってしまったものだ。
だが、勿論これまでの取り組みもきちんと残している。
中庭での季節の花のティーサロンや、一級菓子師がケーキ彫刻を披露するショー、音楽部の楽器演奏会、予選を勝ち残った強者の生徒達が参加する剣術大会など。
伝統ある気品はそのままに、自由な活気が混ざり合う――まさに、今年のテーマそのものだった。
◆
光のドームと呼ばれる円形型のコロッセオ。
その中心に立つのは、金銀の髪を陽光に揺らす青年。
この国の未来を背負って立つに、既にふさわしい風格を兼ね備えた生徒。
彼が現れると、観客席にいる生徒の歓声が波を打ち、人々の視線が一斉に吸い寄せられていく。
彼がそこに立つだけで、陽光がそこに集まったように見える。
だが、それは本物の光ではなく、人々の憧れが作り出した光。
「皆、今日まで本当にお疲れさま」
静かな声なのに、驚くほどよく通る。
誰もが彼の声を聞き逃すまいと耳を澄ます。
「今年の学園祭は、過去のどれとも違う。一人一人がこの手で考え、この声で選び、この心で形にした『自由の祭典』だ」
その言葉に、期待と誇りが広場に満ちていく。
続いて彼は、来賓が座る席へと顔を向けた。
「皆様にもご覧いただきたい。我らの手で紡ぎ、生まれた光を。与えられた形に従うのではなく……我ら自身が選び、築き上げてきた未来を」
最後に彼は全体を見渡すと、右手を胸に当て、深く一礼する。
「ここにいる全ての人に誓う。今日の学園祭が、誰かの夢となり、希望となり、そして――『光』となることを」
瞬間、歓声が爆発する。拍手が鳴り止まない。
来賓席では、国王と王妃がゆっくりと頷き、各国要人の瞳には満足げな光が宿っていた。
――こうして学園祭の幕が、王子の言葉と共に切って落とされた。




