42.【乙女の慈悲】
学園祭まであと十日。
その日、グレイスは依頼された模擬店の申請修正のため、とある二年生の教室を訪れた。
「失礼します、生徒会です! 申請について修正のご相談があるということで伺いました」
扉を開けば、花柄の布地やメニュー案が机いっぱいに広げられている。
その中心に立つのは、見覚えのある六人の女子生徒。
かつてグレイスの陰口をたたき、ルキア、セヴラン、ロアンによって痛烈な返答を受けた生徒達。
これもまたイベントの一つ。
ふと、彼女たちの視線がこちらに向く。
重く、刺すようで――けれどその中に、以前とは違う躊躇いがあった。
それを感じながらも、グレイスは距離を詰め、話しやすい空気感を纏って笑顔を作る。
「では、ご相談内容を拝見してもいいでしょうか?」
グレイスが柔らかく声をかけると、六人は静かに頷き、机の上の企画案を指差した。
「……その、配置と導線が混んでしまいそうなんですの。何度も直してみたのですけど、私達の考えでは上手にまとまらなくて、困っていましたのよ」
「承知しました! では、こちら……失礼します」
グレイスは資料を手に取る。
相談内容はゲームと全く同じ。
グレイスは慣れた手つきで迷いなく修正を進めていく。筆が躊躇なく走り、問題箇所を整理していく姿に、皆の目が驚きで揺れた。
「ざっと確認しましたが……まずはここ、客席を少し削る代わりに、動線を広げてみてはいかがでしょうか。回転率の方が優先されます」
「でも、予想よりも多く来たらどうすればいいの?」
「来賓が多い日――これまでの客数を参考にするに、特に学園祭最終日は、この動線を更に大きく広げる代わりに座席をこうして、こう……とこんな感じのレイアウトはどうですか?」
「……ふぅん、悪くないじゃない」
「よかったです! お客様が立ち止まりにくいレイアウトも重要になりますから」
要点をしっかりと抑えて丁寧に説明を終え、満足が行った様子の六人に、グレイスは胸を撫で下ろし小さく微笑んだ。
すると、彼女達は互いに視線を交わし、提案を終えて次の場所へ向かおうとするグレイスを呼び止めた。
「グレイスさん」
「はい、なんでしょう。他に質問がありましたら聞きます……え!? あの、皆さん!?」
グレイスが驚きの声を上げるのも無理はない。
彼女達はグレイスに向かって、深く、真剣に、頭を下げていたのだから。
当然グレイス以外、六人と同じクラスの面々も皆、一様に目を丸くしている。
状況から考えればグレイスに対する感謝の礼だろうが、それにしてはあまりにも丁寧すぎる。
その理由は、彼女達自身の口から語られた。
「グレイスさん……私達はあなたに謝らなければなりませんの。私とこちらのリディアーヌは、あなたのことを知りもせず、浅ましい言葉をあなたに向けましたわ」
「私とミレイユも、あなたのこと、悪く言っていたの。無能とか無知とか。ごめんなさい」
「……無理やり腕掴んで、しかも結構口汚く罵って、ごめん。私もミリナも反省してる」
「皆さん……」
周囲の目がある中で非を認め、謝罪する。
それは彼女達の罪悪感を軽くする、またはグレイスがそれを受け入れざるを得ない状況に仕立て上げた、と言えなくもない。
けれど、それで構わない。
グレイスも彼女達を好感度上昇に使い、今回も再度同じことをしようとしている。
ならばお互い様である。
グレイスは迷いなく、【笑顔で許す】を選び取った。
その選択肢通り、彼女はゆっくり微笑んで首を振った。
「……気にしていません。きっと私の力不足もありましたから。皆さんのお気持ちも分かります。私は間違ったり、至らない点もこれからたくさん出てくるかと思います。その時は遠慮なく指摘してください! これからもよろしくお願いします」
そう答えれば、彼女達は息をのむように喜び首を縦に振った。
「ありがとう……グレイスさん」
「あなたみたいな方だからこそ、ルキア様達に選ばれたのですのね」
「納得。努力って、ちゃんと届くんだね」
その言葉は、教室で静かに響いた。
◆
彼女達との会話を終え、グレイスが廊下の角を曲がったところで、どうやら先のやり取りを見ていたらしいルキア達と遭遇した。
「えっと……」
ゲーム通りではあるが、三人同時にくるとは思わなかった。
けれど動揺を隠して軽やかに笑えば、三人がそれぞれグレイスを評価する言葉を口にする。
ルキアが目を細めて微笑む。
「さすがは僕が選んだ光だよ。言葉だけでなく、あの空気ごと掌握してしまうなんて……君は本当に美しい」
セヴランは腕を組み、短く息を吐く。
「不要な衝突を避け、最適解を選んだ。判断力まで備えているとは……実に優秀だ」
ロアンはぽりぽりと頬をかきながら笑う。
「やっぱすげぇな! ああいうの普通はビビるっつーのに。でも……困ったら俺にも頼れよ?」
グレイスは差し出された賛辞を静かに受け取るように頭を下げた。
「ありがとうございます、ルキア様、セヴラン様、ロアン様」
彼らは褒めているのではない。
自分たちの思い描いたグレイスに安心しているだけ。
それでも脳裏には、現実には存在しない好感度上昇の音が響いていた。




