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40.ロアン編:【守護の手】

 


 セヴランとのイベントを終えた翌日の放課後。


 グレイスが向かった先は、夕暮れの倉庫。

 そこは乾いた木材の匂いと、陽が沈む前の涼しい風が入り込んでいた。

 

 現在この中では、学園の門の前に設置する巨大なアーチを組み立てる作業が行われている。


 ちなみに倉庫右側の入り口付近では美術部が作業しており、演劇用の装飾品作りが佳境を迎えていた。

 またその近くには積み上げられた木箱が塔のように並び、少しでも人がぶつかれば崩れそうなほどに不安定に見えた。


 しかしグレイスはそれを一瞥しただけであえて直すことをせず、中へと進む。


 実行担当の生徒達がアーチ作成用の材料を運び込む中、人気のない倉庫の奥で、ガシガシと癖のある赤茶色の髪をかきむしる生徒が工具箱を床に置き、大きな木枠を見下ろしている姿を見つけた。

 

 そう、これから始まるのは、ロアンのイベントだ。

 グレイスがそっと近づくと、ぼそりと彼が呟く声が聞こえる。


「うわ、これ絶対面倒なやつだわ……。こんなことなら誰かに丸投げしときゃよかった。けど人足りてねぇし、俺一人でやるってかっこつけちまったし」


 そこへ進捗確認という名目でやってきたグレイスが、ようやく声をかけた。


「ロアン様ーっ、作業の様子を……って、あれ?」

「あー、グレイス。ちょうどよかった!」


 すると天の助けとばかりに満面の笑みで、ロアンが大きく手を振った。


「どうしたのロアン様、何かお困りごとー?」

「そうそう! これさ、上のアーチ部分作るやつなんだけどよ」

「うんうん。ロアン様ならできるって! お得意の力仕事だよ?」

「いやそうなんだけど、作り方が分かんねぇっていうか」

「? 説明書、そこにあるじゃん」

「あー、やー、読めばいいんだろうけど。正直面倒ってか……」

「あはは、ロアン様らしい!」


 そしてグレイスは、早速ロアンの好感度の上がる選択肢をとる。


「なあ、忙しいってのは分かってんだけど、ちょっとばかし手伝ってくんねえ?」

【「いいよ! ロアン様が困ってるなら、私の出番だよ!」】


 胸をドンと叩けば、彼は明らかにほっとしたように眉を下げた。


「さすがだなグレイスは。やっぱ頼りになるわ!」


 頼っているのではない。ただ、その方が自分が楽だから。

 悪意はない。

 けれど、自分で考える気もない。

 この男は――何も変わらない。


 グレイスは小さく息を整え、説明書に軽く目を通すと、黒い気持ちごと明るい笑顔で吹き飛ばした。


「よし! じゃあまずは、固定位置を決めるね」

「言われた通りには動けるから指示よろしく!」


 その言葉通り、ロアンは木材を軽々と担ぎ、楽しそうに動き始めた。

 頭脳担当のグレイスと肉体労働担当のロアンで行う作業は驚くほどスムーズで、二人が組めば無駄がない。


「やっぱりなぁ。グレイスがいると、何でも早いわ」

「ロアン様が動いてくれてるからだよ」

「いやいや。俺、力しかないし。だからさ……またこういうことがあったら、グレイスが指示してくれよ。楽なんだよなぁ、おまえといると。それに楽しいし」

「何よその楽って……言い方!」

「ちょ、悪かったって、冗談だよ冗談!」


 グレイスが【頬をわざと膨らませながらロアンをぽかすか叩く】と、彼はそれを腕で軽く防ぎつつ謝る。  

 けれど二人の顔には笑顔が浮かび、仲のいいじゃれ合いに見えることだろう。


 しばらくそうしていた二人だが、不意にロアンはグレイスの手を取って叩くのをやめさせると、彼女の頭を大きく撫で回した。


「何するのよロアン様ー」

「いや、別に。ただ……お前といるのは楽なのは事実だけどよ。……守りたいってのも本当だから。だからマジで、この前みたいなことがあった時には、俺が絶対に助けに行って守るからな」


 そう言ってロアンは、彼を象徴する太陽の笑顔を浮かべてみせる。

 グレイスは返事に詰まり、言葉を探すように視線を落とすと、


【「ロアン様ってそういうとこずるい……」】

 

 と小さく呟いた。


 と、持ち場の作業を終えたらしい生徒達が二人の元へくる気配を感じ、自然とグレイスは距離をとる。


 それを寂しそうに見つめたロアンだったが、すぐに切り替えると、


「ロアン先輩! 何か手伝いましょうか?」


 という声に反応し、彼らを呼び寄せるように手招きした。


「おー、なら頼むわ」


 あっという間にロアンの周りには人だかりができ、それを確認したグレイスは踵を返すと、倉庫の外へと向かって歩き出す。


 だが、ロアンのイベントはまだ終わりではない。

 今回のイベントにおいて必要なのは、『グレイスへの依存度と庇護欲の上昇』。


 依存度上昇は既に終わった。

 後は庇護欲の方。


 騎士であり続けたい彼の、グレイスを守りたいという庇護欲を上げる小さな事件がこれから起きる。


「グレイスさん! ちょっと相談いいですか? ここの背景の色味なんですけど――」


 きっかけは、そう言ってグレイスに走って寄ってくる一人の生徒。

 

 しかしその生徒は、木箱の端に足を引っかけ大きく転倒。グレイスが入ってくる時に確認した、あの不安定に積まれていた木箱だ。

 

 その瞬間、木箱がぐらりと揺れる。

 

 グレイスの上に落ちる、影。

 それがゆっくりと大きく伸びたかと思うと、いくつかの木箱がグレイスの頭めがけて落下する。


「きゃっ――」

 

 逃げようと思えば逃げられた。

 けれどグレイスはあえて、僅かな恐怖を押し殺し、【動けずその場に踏みとどまる】。

 しかし念のための衝撃に備え反射的に目を瞑り頭を手で覆う。


「グレイスさん!?」

「危ないっ!」


 倉庫にいた生徒達の声が響く。

 その刹那。


「グレイス!」


 真っ先に動いたのはロアンだった。

 彼は自分の危険など考えず飛び込み、彼女の腰を抱き寄せて覆い込むように守った。


 木箱が床を叩き、どん、という空気を揺らす重い衝撃音が倉庫全体に響き渡った。


 衝撃音が止み、ゆっくりとグレイスは目を開ける。


 彼女を床に押し倒した状態でグレイスを見つめるロアンの姿があった。

 彼は手を伸ばし、グレイスの頬を撫でる。


「グレイス、怪我は!?」


 その手はわずかに震えている。

 ロアンの瞳も真剣で、だがグレイスに怪我がないと分かると、その瞳から恐怖の色が抜けた。


「っ、良かった。お前が怪我してたらどうしようって、俺……!」


 今にも泣き出しそうなロアン。

 そんな彼にグレイスは戸惑うふりをしつつ声をかける。


「ロ、ロアン様……? えっと、大丈夫……ってロアン様の方こそ怪我は!?」

「箱がちょっとばかし背中には当たったけど、俺は鍛えてるから平気だ。それに中身入ってなかったしな」


 ロアンはグレイスの体を起こすと、変わらない笑顔をグレイスに向けた。


「言ったろ? 俺がお前を守るって」


 ここでグレイスもそれに応えるように、満面の――けれどどこか甘さを含んだ顔で笑い返した。

 

 しかし、ロアンは知らないだろう。

 彼女の心は冷たく、何一つ動いていないことを。


 そしてこの攻略は――ロアンの破滅へ続く鎖のはじまりなのだ。



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