3.声にならないただいま
アレクが王都へ発ったのは、それから二週間後のことだった。
孤児院の皆が玄関先で見送る中、グレイスは笑顔で手を振った。
「体に気をつけてねー! ちゃんと食べるんだよー!」
「お母さんみたいなこと言うなって!」
「じゃあお姉さん、でもいいよ?」
「それもなんか違う!」
最後まで、二人はいつもの調子だった。
――本当に、あの時までは。
◆
アレクが学園に通い始めてから半年後。
その日の朝。
院長に呼ばれて玄関へ行ったグレイスは、扉の前に立ち尽くす少年を見た瞬間、息を呑んだ。
そこに立っていたのは、彼女の知るアレクと同じ顔をしているのに、どこか見知らぬ誰かのようだった。
「アレク……兄さん?」
やつれた頬に目の下に濃い隈。
姿勢も悪い。
肩にかけた鞄は中身がぺちゃんこなのに、それすらも支えられないと言わんばかりに肩が傾いている。
「……グレ、イス」
彼は笑おうとして、ひきつったような表情しか作れない。
その声に、かすかな震えが混じっているのをグレイスは聞き逃さなかった。
「どうして、もう……? だって、学園は――」
「グレイス」
院長が首を振る。
その表情は、何度も絶望を見てきた大人のそれだった。
「今は、問い詰めるのはやめてあげましょう。……アレクには、しばらく休息が必要です」
「……はい」
グレイスはそれ以上言えなかった。
ただ、アレクの横に並び、その手から荷物を取り上げる。
ここを旅立つ前は、希望と共にたくさん入っていたのに。
今アレクの鞄は、それらを全て失ったと錯覚するほどに、軽い。
「部屋、使えるところ、空けておきましたよ。――さあ、入りなさい」
院長の判断で、アレクには孤児院の二階の端の一人部屋が宛がわれた。
彼は窓辺に置かれたベッドに倒れ込むように横たわると、二、三の短い言葉を交わしたのち、
「ごめん」
とだけ呟いて、まるで糸が切れた人形のように眠り込んでしまう。
……その日から、アレクはほとんどベッドから起き上がれなくなった。




