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3.声にならないただいま



 アレクが王都へ発ったのは、それから二週間後のことだった。

 孤児院の皆が玄関先で見送る中、グレイスは笑顔で手を振った。


「体に気をつけてねー! ちゃんと食べるんだよー!」

「お母さんみたいなこと言うなって!」

「じゃあお姉さん、でもいいよ?」

「それもなんか違う!」


 最後まで、二人はいつもの調子だった。

 

 ――本当に、あの時までは。

 


 アレクが学園に通い始めてから半年後。


 その日の朝。

 院長に呼ばれて玄関へ行ったグレイスは、扉の前に立ち尽くす少年を見た瞬間、息を呑んだ。


 そこに立っていたのは、彼女の知るアレクと同じ顔をしているのに、どこか見知らぬ誰かのようだった。


「アレク……兄さん?」


 やつれた頬に目の下に濃い隈。

 姿勢も悪い。

 肩にかけた鞄は中身がぺちゃんこなのに、それすらも支えられないと言わんばかりに肩が傾いている。


「……グレ、イス」

 

 彼は笑おうとして、ひきつったような表情しか作れない。

 その声に、かすかな震えが混じっているのをグレイスは聞き逃さなかった。


「どうして、もう……? だって、学園は――」

「グレイス」


 院長が首を振る。

 その表情は、何度も絶望を見てきた大人のそれだった。


「今は、問い詰めるのはやめてあげましょう。……アレクには、しばらく休息が必要です」

「……はい」


 グレイスはそれ以上言えなかった。

 ただ、アレクの横に並び、その手から荷物を取り上げる。

  

 ここを旅立つ前は、希望と共にたくさん入っていたのに。

 今アレクの鞄は、それらを全て失ったと錯覚するほどに、軽い。


「部屋、使えるところ、空けておきましたよ。――さあ、入りなさい」


 院長の判断で、アレクには孤児院の二階の端の一人部屋が宛がわれた。


 彼は窓辺に置かれたベッドに倒れ込むように横たわると、二、三の短い言葉を交わしたのち、


「ごめん」


 とだけ呟いて、まるで糸が切れた人形のように眠り込んでしまう。


 ……その日から、アレクはほとんどベッドから起き上がれなくなった。

 


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