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38.ルキア編:【理想の光】



 無事に第二段階へと進んだグレイスは、これまでと変わらず、少し甘さを含み始めた三人との小さなイベントを起こしていく。


 積み上がる好感度。

 ゲームのようにパラメーターなどなくとも、彼らの声や表情を見れば、それが積み重なっているのが分かる。

 ましてグレイスは正しい選択肢を知っているのだから。



 学園祭まで残り三週間となり、忙しさはますます加速していく。


 この週から授業は半日に短縮され、それぞれが本番に向けて準備の最終段階へと入っていく。

  

 攻略についても同じこと。

 次に目指すのは学園祭当日にある、次のステップへ進むための攻略。


 グレイスは三人の期待通り、通常業務をこなしながら学園祭準備にも奔走していた。

 

 そんな、学園祭準備週間の二日目。


 グレイスが選択肢を選ぶまでもなく、既定の好感度を満たしていれば強制的に発動する、ルキアの【理想の光】。


 昼休憩を終えたばかりの校舎は、やはりいつもより賑やかだった。


 その中をグレイスは、ルキアと共に文化系の部員達が合同で作品を展示するための教室棟の一角を訪れる。

 辺りには教室を飾り付けるための紙と木、塗料の匂いが入り混じる。


 グレイスはルキアと並んで展示物の列をゆっくり歩いていた。

 来賓も訪れるため、展示内容に問題がないか、生徒会が事前に点検しているのだ。

 

 ルキアは作品ごとに立ち止まり、穏やかに評価していく。


「伝統工芸部らしいね。色も美しい。……ただ、説明文の文字は少し小さいかな。来賓は年配の方も多いだろう。読みやすさは大事だ」


 柔らかい声。

 だが、その指摘は美ではなく外交を見据えていた。

 彼が見ているのは、作品ではなく――この国の印象。


 次の展示へ向かう途中、ルキアがふと立ち止まった。


「概ね問題はなさそうだね。……ところで、一つ聞いてもいいかな?」

「はい。なんでしょうか」


 ルキアは展示棚に並ぶ作品を指先で辿りながら、静かに言った。


「君は、どれが一番いいと思う? 来賓に見せたいこの学園らしい作品はどれだろう。君の感性を知りたいんだ」


 ――感性。

 それは気になる異性に向けられる問いではなく、自分の価値観にふさわしいかどうかを確かめる、選別の問いだ。


 グレイスは頭の中に選択肢を思い浮かべながら、作品を丁寧に眺めた。


 技術。意匠。歴史。未来性。

 彼の掲げるそして光の理念と、この国の目指す姿。


 間違えるとルキアから失望――すなわち大幅な好感度ダウンとなる。

 ただし、段階が進んだ今の状況では、これまでのようにただ彼の望む通りの答えを選んでも次へは進めない。

 

 今回グレイスがすべきなのは、『ルキアの範囲内に収まらないグレイス』になることである。

 向上心を持つヒロイン像を好むルキアらしい。


 やがて記憶を頼りに、グレイスはまず一つの作品を選択した。


「こちらが最も、この学園とルキア様が掲げる光の理念を映していると思います。ですが……」


 ここでグレイスはその【隣の作品を選ぶ】。


「確かに【技術という点だけで見ればまだまだ荒削りで劣っている】、と断言できます。けれど、【伝統を継承しながら新しい意志が見える】……その点で、他国から見ても魅力的に映るのではと私は考えます」


 言うべき言葉を間違えないように、慎重に。

 理想を理解した上で、計算された新たなグレイスとして応えた。


 そう返されるとは思っていなかったらしいルキアは、微かに黄金の瞳を見開く。

 けれどより正しい答えを選び取ったグレイスに、ルキアは満足そうに微笑んだ。


「ふふっ……やっぱり君は、僕が望む通りの……それ以上の感性を持っているんだね。まさか満点を超えた答えを出されるなんて」


 生徒達が別の展示スペース周辺の飾り付けのために移動し、一瞬だけ二人きりになる。


 その途端、ごく自然な様子でルキアが距離を詰め、声を落とした。


「……ああ、どこを取っても、君は僕の理想通りだ」

 

 甘さを含んだ微笑と顔の近さにグレイスの頬が自然と熱くなる、という彼の好む反応を見せる。


「ル、キア様、その、近いです……。誰かに見られて」

「今は大丈夫。誰もこちらを見ていないよ」


 ルキアの手がそっと額に触れ、そのまま下りてグレイスの頬を包み込む。

 グレイスがたまらず【耳まで真っ赤にさせて口をパクパクと動かす】。

 そこでルキアは、春の陽だまりを彷彿とさせる顔で笑った。


「そして、その紅潮した頬も、見上げる潤んだ薄紫の瞳もいい。他者の前では多くを導く完璧な光でありながら、僕の前でだけは変わらず恥じらう。――それすらも君は完璧な僕の求める姿だ」


 顔も、声も、気品に溢れた完璧な王子そのもの。

 けれどほんのわずかにそこに滲むのは、仄暗さを含んだルキアの独占欲――彼の抱える、影。


 その欲が滲んだままのルキアの小さな声が、グレイスの耳に落ちた。


「君は強く、正しい光だ。いつも僕の理想を証明してくれてありがとう」

 

 ――証明。

 それは恋する少女への言葉ではない。

 自分の理想の正しさを保証してくれる存在への感謝。


 続けて彼は言う。


「このまま光であり続けてくれるのなら、僕は何だってするよ。けれど、光はどこまでも澄んでいなくてはいけない。僕が手助けする必要がないくらいに強くなければ。……曇ればそれは光とは呼べないからね」  


 光として輝けるのなら庇護を与える。

 けれど庇護されなければならないほど弱い光は認めない。

 あまりにも矛盾した言葉だ。


 それでもグレイスは彼への餌付けの微笑みを崩さず、胸の内だけで毒を垂らす。


 ルキアの王子としての姿勢は確かに素晴らしい。

 けれど彼はそれ故に、なのか。

 グレイスを見ているようで、見ていない。


 彼が欲しいのは何があっても消えない光。

 そして、それを所有物として持っておきたいのだ。      

 自身の手元に。


 その後人の気配が戻ったためか、ルキアは何事もなかったかのようにすっと距離を取る。


 だから顔色を整えたグレイスは、


「光だなんて畏れ多いですが……【少しでも近づけるように努力します】、ルキア様」


 その答えに、ルキアは幸福を宿した顔で頷いた。


「では次の教室も確認しようか。君の意見はとても参考になるよ」

「微力ながらでも、お役に立てるなら」


 再び王子の完璧な微笑みが、準備をしている周囲へ向けられる。

 グレイスはその横で、穏やかな顔のまま歩きながら思う。


 ――彼の求めているグレイスというこの光は、誰も救わない。

 ただ、近い将来焼き尽くすだけだ。


 ルキアという一人の罪人を。



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