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37.【生徒会合同会議】



 乙女ゲーム【光の学園と救済の乙女】。

 

 第二段階――その信頼が、恋の芽として膨らむ。


 前回グレイスが起こした【嫉妬と陰口】から繋がった一連のイベントは、この第二段階に上がるために必要な出来事だった。


 そして第三段階――恋人未満のまま想いを深め、卒業式の告白へと至る。


 ここに至るために必要なのが、学園祭最後に起こるイベント、花火の中での過去の告白イベント。

 グレイスが次に目指しているのは、そのイベントを起こすことである。


 その前に――ここからは少しだけ時間を巻き戻す。


 三人の恋愛段階がまだ第一段階だった頃に起こったあるイベント【生徒会合同会議】。

 

 学園祭という大舞台の準備が始まったばかりの時期の話である。

 


 放課後、その部屋は夕方の陽光に満たされていた。

 大きな窓から差し込む橙色の光が長い机の表面に淡く反射し、どこか舞台の幕開けを思わせる。

 

 年に一度の大祭――学園祭。

 今日が、その準備の第一回合同会議の日だった。

 

 が、ここはいつもの生徒会室ではない。


 今の生徒会メンバーは四人だ。

 しかし学園祭はかなりの規模になるため、毎年クラスごとに何名か補佐役として生徒が選出されている。

 それ故に、皆が集まれるこの講堂が合同会議の場として使われているのだ。


 前方の生徒会役員の席には、いつもの顔ぶれが揃っている。

 

 神々しいほどに輝く金銀の色を散らした髪をかき上げ、穏やかに微笑む生徒会長、ルキア・アウレリアン。

 しんとした夜闇の色を纏った髪色。冷ややかな瞳で資料を見下ろす副会長、セヴラン・ヴァルデン。

 椅子に浅く腰掛け、赤茶の髪を指でくるっと弄びながら目の前の生徒達ににこやかに手を振る庶務、ロアン・グラディス。

 そしてその列の端に静かに資料を整えて座る、メンバーに新たに加わった一年生。

 

 名はグレイス。

 どこにでもいる、努力家の優等生――そう思われているのなら、それは正しくて、間違っている。


 皆の前に立ったルキアが、軽やかに声を響かせた。


「これまでの学園祭は、格式を重んじることに重きを置いていた。けれど、学生の今だからこそできることがあるんじゃないか――昨年の学園祭の際、僕はその考えに至った。そこで今年の学園祭は、『皆のやりたいをできるだけ形にする』をテーマにしようと思うんだ」

 

 その言葉に、ざわりと講堂が揺れた。

 それは生徒会長である以前に、この国を背負って立つ王太子であるルキアが言うからこそ、意味があることだった。


 生徒達の視線がルキアへ吸い寄せられ、期待と憧れが混ざった色が溢れる。


「僕は誰もが舞台に立てる祭りにしたい。主役はこの学園の生徒全員だ。僕らの未来を担うのは、皆だから」


  その言葉には、王族としての責任と期待が滲む。

 まるで祝福の音楽のように歓声が上がる。

 未来にある光を語る時、彼はいつも美しい。

 

 ルキアは振り返り、手にしていた資料を一冊、そっと差し出した。


「とはいえ、多くの企画をまとめる調整役が必要だ。……それをできれば君に頼みたい」


 差し向けられた先は、まだ一年生のグレイス。

 資料を受け取る指先がほんの少し緊張で震え、それでも彼女は【丁寧に頭を下げる】。


「……微力ですが、精いっぱい務めさせていただきます。皆さんと力を合わせて」


 その言い方は、自分一人が中心にならないよう配慮されたもの。

 ただ、支え合う一員でいたいと願う優等生。


 ――群衆の好感は、こうして静かに積み上がっていくのだ。その姿勢を崩さぬまま、グレイスは微笑んだ。


 続いて、低い声が響く。


「適任だ。全体の調整、時間配分、予算管理。彼女なら遂行できる」

 

 セヴランが補足した。

 書類の端を指で叩きながら、事実だけを淡々と述べる。


「現状の業務に加えても、時間は足りる。私の判断に誤りはない」


 生徒たちがどよめく。


「あのセヴラン様の太鼓判?」

「すごい、一年生なのに!」


 グレイスは胸を張りもせず、その【事実をありのままに受け入れる】。


「努力します」


 それだけ。

 誠実で、ひどく地味で、刺さらない答え。

 だからこそ――恨みを買わない。


 その空気をあっけなく崩したのが、ロアンだった。


「だよなー! 真面目だし、俺よりちゃんとしてくれるし!」


 周囲が笑い、肩をすくめる生徒もいる。

 ロアンは照れ笑いしながら、自分の後頭部を掻いた。


「俺がやるより安心って感じ? ……ま、なんかあったら俺が力仕事全部やるから!」


 また笑いが起きる。

 馬鹿にする笑いではなく、明るい受け止め方だ。


 グレイスも緊張がわずかに溶けたような素振りで、【にっこりと笑う】。


「その時が来たらよろしくお願いします、ロアン様。……皆さんも、ご協力いただけると嬉しいです」

 

 柔らかい声音。

 その姿に「感じが良い」「頼りになる」と小さく囁く声が生まれる。

 

 学園の誰もが、彼女を愛される中心として受け入れる準備を始めていた。

 その空気は、グレイスがこの学園に入学した日から少しずつ積み上げてきたものだ。下地はもうできている。


 けれど、それでも生徒会の三人のグレイスへの対応は、特別扱いではない。

 会議の状況をよく見ていれば、ただ便利で好ましい人材という位置づけ。


 その証拠に、会議が終わった直後、廊下を歩く女子生徒達の声がグレイスの耳に風に乗って届く。


「グレイスさんって、入ったばかりなのに仕事結構抱えてない?」

「でも断らないし……すごいよね。私なら羨ましいっていうより無理かも」


 その言葉には、嫉妬より尊敬の比重がずっと大きい。つまり――反感に結びつかない。


 だが反感、ではなく、あの場にいた生徒達にはきっと無意識にでも刷り込ませることができたはずだ。グレイスの今の状況を。


 グレイスはすれ違いざま、微笑みを崩さない。

 心の奥でただ一つだけ思う。


 ……種は、撒けた。


 今はそれでいい。

 芽吹くにはまだ早い。

 この温度では、まだ何も腐らない。

 

 だが、静かに寝かせておけば熟す時が来る。それはきっとグレイスの復讐と、そして別の目的の後押しになる。


 その瞬間、背後から声がした。


「問題があれば遠慮なく言ってね。僕らは君を支えるためにいる」


 振り返ればルキア。

 王子の声色で、優しさだけを纏って。


 続いてセヴランが、無駄のない足取りで近づき、いくつかの資料を差し出す。


「このリストがあれば無駄が出ない。使用すべきだ」


 そして、ロアンが工具箱を肩に担ぎ、元気に笑う。


「重いもんは任せろ! 考えるのも苦手だし!」


 ――支えると言いながら、誰も彼女の荷物を減らす気はない。


 ただ、彼女ならできると 信じているだけ。

 信じたいだけ。


 その信頼は、薄氷に似ている。

 重ねられ続ければ、いずれ音を立てて割れる。

 

 だが、今はまだ優しい景色でいい。

 この光景のまま、全員に笑ってもらう。 

 グレイスを中心に、光と期待に満ちた景色の中で。


 この祭は、祝福でも、贖罪でもない。

 ただ、観客がまだ気づかないまま、静かに始まる復讐劇の前奏曲なのだ。


 ――それから数か月後、第二段階へと進んだグレイスと三人の物語を中心に、華やかな学園祭に向けてゆっくりと幕が上がっていく。



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― 新着の感想 ―
またグレイスにこんな大変そうな仕事を押し付けていたんですね、この3人。復讐も上手く行けば良いと思いますが私はグレイスやアレク達に幸せになって欲しいですね。
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