33.セヴラン編:【静寂に潜む最適解】
生徒会室の午後は、時計の針の音すら吸い込むような静寂に包まれていた。
ルキアとの図書館でのイベントを終えた翌日の放課後。
グレイスが選び取った選択肢は、【生徒会室にセヴランと残る】だった。
どちらも何も喋らず、規則正しく書類をめくる音と、たまにどちらかが何かを記入するペンの音だけが響く。
その時セヴランが、一枚の書類の前で動きを止めた。
ほんの一拍。
その理由にグレイスは心当たりがあった。
セヴランが迷う時は、必ず先順位が同値の時だ。
案の定、二枚の書類を見比べたまま、彼の指が微かに止まっている。
彼が導こうとしている正しい順序。
その計算が、わずかに滞っている。
グレイスは静かに、彼の机に一枚の付箋を置いた。
「セヴラン様。こちらは、先に外部との調整が必要な分です。これを基準に後回し分が決まるかと」
セヴランの指が止まったまま、わずかに震えた。
「……そうか。外部要素。盲点だった」
彼はその付箋を拾い上げ、迷いなく書類の順番を組み替える。
だが、彼の表情はわずかにだけ緩んでいた。
それだけで、グレイスには分かる。
彼は本気で気に入り始めている。自分の行動を補完できる道具を。
そのまま無言で作業を続ける二人だったが、セヴランがふと手を止めた。
「……君は、興味深い。私の思考を理解している。いや……理解するだけではない。補う動きができる」
彼の言葉は淡々としている。
それに褒めているのか、評価しているのか、それすら曖昧。台詞の中に空白が入るのも彼にしては珍しい。
だが、その曖昧さこそがセヴランの感情の動きだった。
「セヴラン様のお仕事の流れを学んだだけです。効率化を図るために」
「……効率は美徳だ。君の判断は正しい」
その言葉。
『正しい』。
セヴランという男の世界を支配する、絶対基準。
しかしこれまで、彼のその基準を完璧に満たせる部品は一人も現れなかった。
けれど今回はじめて、まさに彼の正しさを寸分違わず体現できる、完璧な道具が現れたのだ。
自分の価値観と完全に同調できるほどの存在。
セヴランは書類を整理し直しながら、横目でグレイスを見る。
「……君がいると、作業が円滑に進む。これは、単なる補助以上の価値がある」
その評価は、彼にとって最大級の好意だ。
恋と知らぬまま、価値観に取り込んでいく――そんな第一歩。
グレイスは【控えめに微笑み深く頭を下げる】。
「ありがとうございます、セヴラン様。これからも、お役に立てるよう努めます」
「……ああ。期待している」
機械のような声音。
それでも彼の視線は、ほんの一瞬だけグレイスに長く留まっていた。
それを受けながら彼女の心には、冷たい炎が静かに燃え上がっていた。
それでいい。
そのまま、グレイスを正しさの象徴として見続け、存分に安心していれば。




