29.生徒会会計・特待生グレイス
グレイスはルキア達に復讐するにあたり、綿密な計画を立てていた。
そのうちの一つが、完璧な特待生グレイスとしての姿を周囲に見せておくこと。
それは彼女が手を下した後、決してグレイスの関与が疑われないようにするためにも必須のことだった。
しかしそれだけではない。
復讐を終え、もう一つの『ある目的』のために学園に残るつもりであるグレイスにとっても大事な布石だ。
それに、特待生として好かれ、信頼されればされるほど、三人に近づく時の障壁が減る。
いざという時の味方役も簡単に作れる。
ただでさえ人気のある生徒会メンバーに囲まれているグレイスは、受ける嫉妬も羨望も、彼女が女子生徒であるが故にアレクの比ではないはずだ。
だからこそ、決してボロを出すわけにはいかない。
そして今日も彼女は、孤児院出身の健気で頑張り屋の特待生グレイスの仮面をつけ、学園へと足を踏み入れる。
その努力が報われたのか、少しずつ、ルキアたちとは別の意味で、グレイスは他の生徒から評価され始めていた。
「グレイスさん、この書類助かったよ」
「ありがとう、説明すごく分かりやすかった!」
「あの……! 相談してもいいですか?」
クラスでも、生徒会でも。
最近、グレイスに声をかけてくる生徒は確実に増えた。
きっかけは単純だ。
仕事が早く、丁寧で、穏やかで、誰に対しても優しい。けれどどこか気を許してしまいそうな空気感を持っている。
そんな特待生らしい振る舞いと、穏やかで親しみやすい顔を見せ続けていたから。
もちろん、全部意図的だ。
「あ、いえ、そんな。私にできることであれば、いつでも」
人当たりのいい笑顔を浮かべて、恥ずかしそうにそう言うだけでいいのだ。
たったそれだけで、周りは勝手に良い子だと思ってくれる。
そのうちに、以前はただ期待の新人だったはずのグレイスに、特にグレイスと同じ一年生の多くが、明確な憧れを向け始めた。
「ねえ、見た? グレイスさんまた生徒会の資料まとめてたよ……! あの人、どれだけ努力してるんだろう」
「孤児院出身でも、ここまでできるんだね……私、ちょっと勇気もらっちゃった」
「分かる! なんか、見てると頑張ろうって思えるよね」
廊下を歩くだけで、そんな声がひそひそと耳に届いてくる。
図書室で参考書を抱えただけで、
「勉強熱心だなあ……! 私も見習わなきゃ」
と目を輝かせられ。
生徒会室から重い書類を持ち出せば、
「手伝いましょうか!? いえ、その……どうしても力になりたくて!」
と、ぎこちない善意が差し伸べられる。
そんな彼らと話をすると、皆決まって、
「グレイスさんって、本当にすごいよね。孤児院の出身でも、努力すればここまで来られるだ……」
と言ってくれた。
まっすぐな言葉を受け止めながらグレイスの心は、アレクのことを思いふと一瞬だけ無表情に凍る。
けれどすぐにグレイスは柔らかい笑顔を浮かべて答えた。
「ありがとうございます! だけど、誰だって、努力すれば少しずつ前に進めると思うんです。私だってまだまだできないことばかりですし……。だから、一緒に頑張りましょう!」
その瞬間、瞳に灯る、小さな光。
期待。
尊敬。
希望。
その全てを、グレイスは受け止める。
特待生としての顔で。
けれど、胸の奥では全く別の感情が渦を巻いていた。
努力すれば届く。
孤児院の子でも夢を掴める。
人に頼られ、認められる価値がある。
――その証明になれたのは、本来アレクだったはずなのだ。
けれどアレクが積み重ねた努力は、誰にも気づかれず、称賛されることもない。
アレクの本当の姿を知るのは、学園で今、グレイスだけ。
復讐のためとはいえ、アレクの背中を追ってここまで来たのに、こんな言葉が向けられるのは皮肉以外の何物でもない。
心がじり、と焼けるように痛む。
だが、顔に出すわけにはいかない。
グレイスはたはだ、微笑む。祝福される希望の象徴として。
そして、グレイスがつかみ取りたい未来のために。




