26.セヴラン編:【理性の静かな揺らぎ】
夕方の生徒会室。
西日が差し込み、机上の資料の影が規則的に伸びていた。
グレイスは黙々と書類を束ね、必要箇所に赤い付箋を貼り、整理し終えたものからセヴランの机へ積んでいく。
余計な会話はしない。
判断の根拠も簡潔。
誤差も曖昧さもない。
――実に、理にかなっている。
【「終わりました。こちらが最新版です」】
事実だけを述べる無駄のない短い言葉と共に、差し出された書類を受け取る。
内容に目を通す。
やはり余分がない。判断の根が揺らいでいない。採用すべき案が論理的に最短で導かれている。
セヴランが求める基準に、限りなく近い整合性。
「合理的だ。無駄がない。優秀だ」
事実を述べた。
ただそれだけだ。
だが言葉にした途端、セヴランは胸の奥では小さな反応が生まれたことに気づいた。
しかしそれが何かは分からない。
ただ、分からないという事実がノイズのようにセヴランを襲い、彼は微かに眉をひそめる。
その時――ふと、アレクのことが頭をよぎる。
初めは優秀な歯車だと思っていた男。
だが、彼の時には感じなかったことだ。
と、ロアンが脇から無神経に口を挟む。
「グレイス、なんか怖ぇくらい仕事早いな! ってかセヴランも、褒めるんならもっと優しく言ってやれよー」
浅薄な言葉だ。
だからこそ、セヴランは淡々と返す。
「事実を述べただけだ。グレイス嬢の判断は正しい。私が求める基準に、最も近い」
基準。
セヴランが何かを評価するとき、そこにしか根拠はない。
努力でも、性質でもない。
まして感情など、評価に入る余地はない。
――正しいかどうか。その一点だけ。
グレイスには、それがある。
いや、それだけがあると言ってよかった。
そしてセヴランには、それで十分だった。
余計な感情を挟まない。
求めた通りの解答を返す。
優秀で判断が速く、ブレない。
指示の意図を正確に読み取る。
まるで、過不足なく組み上げられた歯車のようだった。
本来、それは人に向ける評価ではない。
だがセヴランにとって、人を測る尺度は最初からそこしかなかった。
けれど。
書類を閉じたセヴランの瞳は、自然とグレイスに向かう。
彼女は笑わない。媚びない。惑わない。
ただ静かに、【次の指示を待つ】。
その姿が妙に心地よい。
彼女はただ――彼の正しさを裏打ちしてくれる存在。
合理を補強してくれる、都合の良い構造。
けれど、それを手放したくない――そんな、まったく合理的ではない微弱な衝動が胸に生まれる。
しかしセヴランは即座に否定した。
……くだらない。
そう冷笑しながらも、意識は否応なくグレイスへ向いてしまう。
これほど扱いやすい存在を、セヴランは他に知らないのだから。




