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24.復讐の幕開け

現実の時間軸。

グレイス視点に戻ります。



 グレイスが入学して数カ月が過ぎた。


 寮の門限が迫る頃。

 その日の仕事を全て終わらせ生徒会室を出て、中庭を横切りながら、グレイスはふっと足を止めた。

 

 夕刻の空気は、昼間の喧噪が嘘のように静かだ。

 それも当然だ。

 もう間もなく最終下校時刻。こんな時間まで残っている生徒など、ほとんどいない。

 

 すでに東からは月が昇り始めようとしており、空に白く浮かんでいるのを眺めながら、誰もいないベンチにグレイスは腰を下ろした。

 

 まだ、心臓はほんの少し早く打っている。

 疲れではない。

 高揚でもない。


 もっと、冷たく、重たい何か。


 ――アレク兄さん。

 

 月を見上げながら、心の中で名前を呼ぶ。


 ――私は、ちゃんとここまで来たよ


 あの日、ボロボロで帰ってきた大切な人。

 痩せた頬。

 怯えた瞳。

 何度も繰り返された「ごめん」の言葉。

 

 その全てが、胸の奥で生々しく蘇る。


 ――あなたをあんな目に遭わせた人たちのそばで、私は笑ってる。

 

 グレイスはこの学園に来て、実際に彼らと会って話をして、攻略を進めてきた。

 そして今、彼らの仕事を手伝い、感謝され、頼られ、褒められて。

 アレクがかつて立っていた場所に、グレイスが立っている。


 だからこそ分かる。


 ゲームで見せていた表面的な彼らではない。

 ゲームでのシーン以外で垣間見える彼らの言動から、グレイスは三人の中の悪意なき悪意に気づいた。


 三人はみんな、アレクが壊れたと思っている。


 その上で、彼らは、『アレクを壊したこと』を後悔なんてしていない。


 『アレクが壊れたこと』に、後悔をしている。


 理想を体現する模範的な生徒が壊れたことを。

 合理的な動きのできる歯車が壊れたことを。

 依存に耐えられないほどに弱くて壊れたことを。


 そして頭の中に響く、壊れそうになりながらも、必死で紡ぎ出したアレクの言葉。


『全部、僕が未熟だっただけだ』

 

「……許さないよ」


 小さく、誰にも聞こえない声でグレイスは呟く。

 夜風が、その言葉をさらっていく。


 グレイスは両手を膝の上で組み、ぎゅっと握りしめた。

 彼らに、アレクを己の手で穢した過去を乗り超えさせることは、絶対にしない。


 彼らが大切に抱えている理想を。

 彼らが信じている正しさを。

 彼らが誇りにしている騎士道を。

 その根元から、へし折る。


 生徒会室で会ったあの日の誓いを、グレイスは再度胸に刻む。


 グレイスの存在を救いだと信じ込ませ、その上で――。


「落とす」


 口の中だけで、そっとその言葉を繰り返した。


 彼ら自身の手で、自分の信じてきたものを否定させ、壊させる。


 アレクの痛みが、誰かの成長の踏み台になど決してならないように。

 アレクの苦しみが、美談に変換されてしまわないように。


「……さあ」


 立ち上がり、制服の裾を軽く払う。

 寮の明かりが、遠くで揺れている。


「ゲーム通りの出会いの序章は、ここまで」


 グレイスは、夜空をもう一度だけ見上げた。

 月は、美しく、冷たい。

 まるでグレイスの心を表すように。


「ここから先は、私の物語だよ」


 誰にも聞こえない宣告を、空に向かって放つ。

 誰もグレイスの関与を知らないまま、三人の好感度だけが、静かに、確実に、上がっていく。

 

 彼らが忘れてしまっても、アレクの中にはずっと残るだろう傷。

 そして、アレクの話を聞いたグレイスの中にも。


 だから、その罪を刻み込ませる。

 

 ――そのために、グレイスはここにいる。

 


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