18.ルキア編:『過剰』な期待
アレクが生徒会に加わってから、四カ月。
その働きぶりは、驚くほど安定していた。
生徒会室の長卓で、今日も彼は静かに羽ペンを走らせている。
文章の構成は無駄がなく、報告書のまとめも丁寧で、記録の保存形式まで常に整っていた。
セヴランはペンを置きながら、珍しく口元を嬉しそうに緩ませ、褒めるような発言をする。
「……やはり優秀だ。細かい指示をしなくても、自分で最適な形に整えている」
ロアンも机に頬杖をつきながら、にかっと笑った。
「だよな! アレクってほんとすげぇよな! セヴラン、いい奴拾ったな!」
「貴様はもっとアレクを見習え。先程作った報告書、あれはなんだ。くだらないものを読ませて私の時間を無駄に使わせないでくれ」
「うーわ、今日はいつにもまして辛辣ー」
「セ、セヴラン様、あんまりロアン様を怒らないであげてください。それに僕はこういうのが得意だからできるだけですので」
「やっぱアレクいい奴! 俺マジでお前のこと大好きだわ!」
「まったく、君がそんな事を言うからこの駄犬はつけあがるんだ」
最近の生徒会室は、こんな感じだ。
アレクは癖の強いセヴランにも対応できている。優秀な男だ。
それにアレクがいることで、この部屋の空気も少しずつ明るくなってきたように思える。
彼のような男が、やはり自分と共に輝ける未来を作るべきだ。
そんな思いを胸に、ルキアは満足げに頷いた。
「君が来てくれて、本当に助かっているよ。……アレク」
呼びかけると、アレクが顔を上げる。
「はい、ルキア様」
「君の実力は、王族も貴族も関係ないこの場所で今輝いている。その才こそが、この学園の、そして未来の国の力になるんだ」
アレクの目がわずかに揺れた。
「……身に余るお言葉です」
「謙遜しないでほしいな。僕は本当にそう思っているんだ。だからこそ、君はもっと仕事を任されるべきだ」
ルキアは自然と、机の端に積み上げていた書類を一束持ち上げた。
「これも頼めるかな? 議会との連携案件だ。清書だけでなく、要点をまとめ直してくれれば助かる」
アレクは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、ためらったように見えた。
だがすぐに、いつもの穏やかな笑顔を取り戻す。
「……もちろんです。お任せください」
書類を受け取り、深く頷く。
その姿に、ルキアは胸が熱くなるのを感じた。
やはり彼は特別だ。……この国に必要な人材なのだと。
◆
翌日。
アレクは生徒会室だけでなく、図書室にも顔を出していた。
資料の整理の途中で、必要な文献を調べに来たらしい。
ルキアが偶然通りかかると、彼は黙々と本を広げ、難しい議会資料と照らし合わせていた。
「熱心だね、アレク」
声をかけると、アレクが驚いたように立ち上がった。
「ええと、その……昨日の案件について、追加で確認が必要かと思いまして」
「そこまでしてくれたの? そうか、すごく助かるよ」
「いえ……僕にできることですから」
アレクは笑った。
その笑顔に、少しだけ影があったことを、ルキアはあえて見逃した。
◆
さらに数日後、生徒会会議の準備室。
「……これで、明日の議題は全部揃いました」
アレクが書類を揃えて差し出す。
その指先はわずかに震えていた。目元には薄い隈のような影が浮かんでいる。
本来なら、誰にでも一目で気づける変化だった。
だがルキアは、その疲労の色よりも、整然と並べられた書類の理想的な形に目を奪われ、先に見つけた異変を見なかったことにした。
「……素晴らしい」
書類をめくりながら、思わず純粋な称賛が漏れる。
「君のような子がいるから、この国は大丈夫だね。僕はアレクがこの国に生まれてきてくれて、そして君と出会えて本当に良かったと思っているよ」
アレクが、ふっと俯いた。
それが安堵なのか、疲労なのか、悲鳴なのか――
ルキアはそれを、アレクが賞賛され照れ隠しに下を向いたのだろうと考える。
ルキアが思うアレクは、そうあるべきだから。
なんて頼りになるのだろう。これならもっと任せてもいいはずだ。
そう信じることが、ごく自然に思えた。
「今日も助かったよ。……期待している」
アレクの肩が僅かに震えたように見えたが、彼は顔を上げ、笑って頷いた。
「はい。ルキア様の期待に……応えられるよう、これからも努力します」
ルキアの欲しい答えを口にするアレクに、ルキアは未来に彼を重用する偉大なる国王としての笑顔を向けた。
アレクの歪な笑顔が、無理をしているように上ずった声が、違和感とも悲鳴ともつかない何かを含んでいたことを、ルキアは分かっていた。
それでも彼が見ていたのは――見たかったのは、アレクという青年ではなく、自分の理想の未来を照らす象徴だった。
だからその象徴が崩れ落ちようとしていることにも、ルキアは己の理想のためにそっと目を瞑った。




