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17.ロアン編:『依存の対象』との出会い



「一年の特待生、アレクをこの度生徒会に迎え入れることになったよ」


 いつも通りロアンが遅れて生徒会室にやってくると、書類とにらめっこしていたルキアが顔を上げ、開口一番そう告げる。 


「へぇー、アレクってあの例の孤児院出身の特待生君だよな? ってことは、セヴランが認めたってことか。なかなかやるじゃんあいつ!」


 ロアンは、思わずひゅーっと口笛を鳴らす。

 途端にルキアの隣から、神経質な声が飛んできた。


「静かにしろ」

「なんだよ口笛くらいいいだろう? まったく、セヴランは口を開けばうるさいだの仕事しろだの効率を重視しろだの」

「事実だ」

「ほんっと面白みのないつまんねぇ男」


 しかしロアンは意外にもセヴランのことは嫌っていない。

 自分の代わりに仕事をしてくれる頼もしい幼馴染だからだ。多少の小言くらいは我慢もする。


「あっ。てかそのアレクっていつから来んの?」

「今日からだよ。先生に用事を頼まれてて到着が遅れてるけどね。もうすぐ来ると思うんだけど……」

「なら俺が先輩として迎えに行ってくるわ!」

「ロアン、いい加減にしろ。貴様にはやらないといけないことがそこにあるだろう」


 しかしそう言ったセヴランとは対照的に、ルキアは優しくロアンの背中を押してくれた。


「行っておいでロアン。彼も初日に三人揃ったこの部屋に一人で入るのは、緊張するだろうから」

「やった、さすが優しい未来の国王様! 早速行ってくるな!」

「頼んだよ」


 生徒会長様から許可が下りたのだ。

 ため込んだ仕事をしなくてもいい大義名分を得たロアンは、意気揚々と生徒会室を出た。

 


 アレクがいると聞いた職員室へ向かうと、ちょうどその本人が部屋から出てくるところだった。


「失礼しました」

「おーい、アレク! この前の入学式ぶりだな。迎えに来たぞー!」

 

 ロアンが大声を張り上げ手を振ると、すぐに彼に気づいたアレクがそちらへ顔を向けた。


 未来の騎士として鍛錬を怠らないロアンの体と違い細身で、一見すると風で吹かれただけでどこかへ飛んでいきそうな儚さがある。


 けれど、制服の下にはそれなりに筋肉がついていることは、ロアンだからこそ分かる。孤児院では力仕事もこなしていたのだろう。 

 

 彼の予想は正しく、生徒会室へと向かいながらアレクから話を聞いたロアンは、アレクのストイックさに思わず目を丸くする。


「それマジなのか!?」

「本当です」


 アレクが言うには、男手の少なかった孤児院では、彼が率先して力仕事を担っていた。 

 またシスターの手伝いや子どもたちの世話係も引き受け、毎日忙しく過ごす中で更に勉強にも力を入れて、見事特待生の枠を勝ち取った。


 ロアンはじっとアレクを見つめる。

 いかにも真面目そうな眼差し。だが、その奥には芯の強さが見える。


 ロアンの胸に、素直な感動が湧いた。その感動は、包み隠すことなく笑顔となって表に出る。


「孤児院出身ってのは知ってたけど……なのにこんなとこまで登ってくるとか、すげぇよお前!」


 そしてバンッと、ためらいもなくアレクの肩を叩いた。

 するとその頬がわずかに赤くなるのが見えた。


 賛辞の言葉とロアンの行動に、素直に喜んでいるようだ。


 それが嬉しくて、ロアンは屈託なく笑って続ける。


「いいなお前。めっちゃ素直だし、しかも努力家で頭も良くて……そりゃあルキアもセヴランも気に入るわけだ! 勿論俺もな? これから同じ生徒会役員として……いや違うな、友達として仲良くしていこうぜ!」

「と、友達ですか!? ロアン様とだなんてそんな恐れ多い……」

「何水くさいこと言ってんだよ! 俺とアレクの仲だろう?」


 真っ直ぐな好意を向けると、アレクは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑った。


「あ、そうだ。俺書類仕事とかめっちゃ苦手でさ。もしよかったら手伝ってくれよ。セヴランが、俺の作る書類は見にくいしまとまってないし非合理的だってうるさくてさぁ」


 ロアンの明るい声は、拒否の言葉すら飲み込んでしまう強さがある。

 しかしアレクは本心から告げた。


「僕でよかったら手伝います」

「おっ、サンキューな!」


 見た目に反して意外と体力も根性もあることは分かっている。

 なら、多少は頼ったって問題ないだろう。


「その代わりってのもなんだけど、何かあればいつでも言えよ。俺将来は親父みたいに、弱い人や困ってる人を助けられる、そんな立派な騎士団長になるつもりだからさ」


 ――こういうのなんだっけ。前にセヴランが言ってたよな。適材適所って言うんだっけ?

 

 そんなことを思いながら、ロアンは困りごとは任せておけとばかりに、太陽のように明るく頼もしい笑顔を向けた。


 けれど、彼の笑顔につられて笑ったアレクは知らなかっただろう。 

 

 その無邪気な笑顔は、好意であり、しかし同時に、アレクが断れなくなる強い圧でもあった。

 しかもアレクの異変に気づくのに、助けると言いながら何も変えられない。

 

 その曖昧な優しさが、これから先、アレクを追い詰めていく。



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